第19話 数多のボケを相手に1人だけでツッコミをこなせるのは一流のメガネだけだ
「その軽快そうな話し方は俺を嵌めるためだったのか」
「あー、それは素だよ。生まれてから今この時まで変わらず、ずっとこの喋り方なんだよね。だから貴族仲間から少しだけ変な者を見るような目で見られるんだよね。いやー残念、残念」
ルーメイル辺境伯は一切悲しそうな顔を見せていないから、全く思っていないんだろうな。
逆にこの天性の軽快な喋り方が、政治屋としてのルーメイル辺境伯を強くしているのかもな。俺もそんな彼に嵌められた被害者の一人って訳か。
「……それで、弟子にって具体的に何をすればいいんだ?」
「私の相談を聞いてくれてよかったよ」
聞いてくれてって、ほぼ脅迫みたいなものだろ。貴族相手にあの話し方をしていたのがバレたら、今でも最底辺である好感度がマイナスを突き抜けちまうからな。
「ルナの戦闘センスはルーメイル一族の中でも飛び抜けていてね。我が一族が代々発現させてきた火属性、それも上級魔法が使えるから、下級魔法しか使えない私に代わって戦場に出ているんだ」
「私は上級魔法が使えるんだ!!」
「わ、私だって魔法は使えるっすよ!!」
ルナさんは大きすぎる胸をさらに強調しながら、サイカに自慢していた。
サイカも無い胸を張って対抗していたが、魔法も胸も負けて項垂れている。こいつも魔法は使えたんだな。だが具体的なことを言わないってことは、下級しか使えないってことか?
「女として負けたっす……いや、マサさんとの関係値は負けてないっすよ!!」
「おい、何を言い出すつもりだ!」
「ふっ、そんな貧相な胸で関係値って」
サイカよ、完全に舐められているぞ。鼻で笑ってヘラヘラしながらサイカのことを見下している。
そして俺とお前の関係など雇用主と従業員と言うだけであって、それ以上でもそれ以下でもないだろ。
「マサさんは夜中にガサゴソと一人でヤっむご――ぷはっ、なにか目覚めそうになるんで、急に口を塞がないで欲しいっす!」
「人前でなんてことをバラしてくれてるんだ!」
「私は事実を述べただけっすよ」
「事実陳列罪だ」
「グリグリは嫌っす……いやァァ!!」
制裁として頭をグリグリしてやった。だが、やってから思い出したが、ここは公舎であり、目の前にルーメイル辺境伯とその娘のルナが居た。
「君らは仲がとてもいいみたいだね。でも人前でやっては、バカップルと呼ばれてしまうぞ」
「カップルじゃねぇ」
「……じゃないっす」
「なに含みがあるような間を空けてんだも!」
「こっちの方がガチっぽいかなと思って……っす」
こいつ登場から15話程度なのに、もう語尾が危うくなってるじゃねぇか。そんなんじゃあ長期連載に着いていけないぞ。
「うわぁ、幼女趣味だ。やっぱりこいつ勇者じゃないだろ」
「誰が幼女っすか!? 私はお姉さんボデェの社会人っすよ!!」
「ヘェッ」
「鼻で笑いやがったっすね!!」
女性にしては大きめのルナさんと小さめなサイカが、子供のようにポコポコと殴り合いの喧嘩をしている姿は、滅茶苦茶歪で笑えてくるな。
「娘が喧嘩しているが、止めなくていいのか?」
「あはは、負けることは無いし、喧嘩で本気を出すほど子供でもないから、気にする事はないよ」
ルーメイル辺境伯はそう言っているが、サイカたちの方を見てみると、顔がかなりガチなんだが?
「話が色々脱線しちゃったけど、君に頼みたいのは、ウチの娘を打ち負かして欲しいんだ」
「……戦場で活躍するあまり伸び切ってしまった鼻を折って欲しいってことか」
「流石勇者だね。理解が早いよ」
「誰だってあれを見たら調子に乗っているって分かるだろ」
ルナさんの方を見たが、サイカにヘッドロックを決めている。だがサイカも負けずに腕に噛み付いて抵抗している。
「サイカ、話し合いは終わったから戻ってこい」
「っす!」
なんか返事が犬みたいだな。そう思いながらサイカの行動を見ていた。
サイカは自分の首を絞めている腕を一気に握り締めていた。思わぬ握力に驚いたルナさんはヘッドロックを外してしまい、サイカを逃していた。俺の隣に戻ってきたサイカは存在しない尻尾をぶん回しながら、犬のようにパンティングをしていた。
「ルナも戻ってきなさい」
痛みからか、腕を擦っていたルナさんも同じように素早くルーメイル辺境伯の隣に戻ると、見えない尻尾をぶん回しながら、パンティングをしている。
「なんだこの茶番」
「みんな分かっててノってるんすから、水を差すようなマネはやめたほうがいいっすよ」
サイカのツッコミはごもっともであったが、貴族相手にやるノリではないだろ。
「うちの娘も君の家に馴染めそうでよかった。じゃあうちの娘をよろしく」
「はっ?」
ルーメイル辺境伯が何言っているか分からなかった。
俺が唖然としている間に彼は部屋を後にしていた。そしてルナはこちらを見ていた。
「よろしくな。せいぜい私を養ってくれや」
心からの叫びが自然と口から出ていた。
「メガネツッコミのしん〇ち! お前さえ来てくれれば、俺の仕事が減るんだァァ!!!」
ツッコミの需要に対して俺一人の供給では足りていないんだ。俺の目の前に現れるやつは全員ボケ体質なのがイケナインダ。
「目が死んでるっすよ」
「半分はお前が原因だァァァ!!」




