第17話 界隈に蔓延る隠語は新規参入を拒む一番の原因である
俺とサイカは、自称ルーメイル辺境伯の騎士だという男のあとをついて行っている。街の奴らはこっちを見て、「ついに」だの「やっと」だのコソコソと話してやがる。俺は勇者だぞ。耳も良いに決まっているだろ!
「何度も言っているが、私は正真正銘、ルーメイル辺境伯に仕えている騎士だ!」
「声出てたっすよ」
「もう少し早く言えなかったのか?」
「教えてあげたのは私の優しさっすよ? 人に優しさを強要するのはクズのやることっす……あっ、マサさんは自他ともに認めるクズだったっすね!」
事実には違いないんだが、言い方がめちゃくちゃ腹が立ったな。
「そうだな。俺はクズだったな」
「そうっすよ」
サイカは得意げに俺の前を歩いているから、俺が拳を握っているところが見えていないんだろうな。
「急に黙ってどうs――痛ったァァァァ!! なんで拳でグリグリするんすかァァ!!! 私は事実を言っただけっすよ!!」
「時に事実は人を苛立たせるんだ。だから社会人は空気を読んで地雷を避ける力が要求されるんだよ」
「でも社会人は頭をグリグリなんてしないっすよォォ!!!」
「……お前を雇っている俺は、いわば社長だ。社会人とは勝手が違うんだよ」
「社長が社員に暴力を振るっていいんすかァァ!!」
……またもや正論で返してきやがった。こいつに構っていたら疲れるだけだな。
俺の拳から解放されたサイカは、拳が当たっていた場所を撫でながら、こっちを見てブーブー文句を垂れているな。
これ以上サイカに構っていても面倒なだけだ。騎士の方に話を振って、話題を変えるか。
「お前の雇い主が居る場所はまだなのかよ?」
「……本当にお前は、俺が辺境伯に仕えていることを信じていないな」
「信じてる。信じてる。君はガーメイル辺境伯に仕えているんだろ」
「誰がガーメイル辺境伯だ!! 私が仕えているのはルーメイル辺境伯だ!! 断じてミノガポ〇モンではない」
「あー、冗談だ。お前はルーメイル辺境伯に仕えているんだったな」
俺からしたらガーメイルだろうが、ルーメイルだろうが、どっちでもいいが、こいつからしたら大事なことなんだろうな。
「私の前でならまだしも、ルーメイル辺境伯を前にして生意気な真似をするのではないぞ。お前らの首を保証できないからな」
「善処する」
「それはする気のない奴が使う言葉だろ!! はぁ、忠告はしたからな。ここがルーメイル辺境伯がいる公舎だ」
「思っていたよりもぼろっちいな。貴族が住んでいるんだから必要ない豪邸に住んでいるのかと思ったぞ」
「ここはルーメイル辺境伯に仕える文官が住んでいる場所であって、ルーメイル辺境伯が住んでいるわけではないからな」
「じゃあなんでここに連れてきたんだよ」
貴族に仕えているのに、こんなぼろっちいところにしか住めないなんて夢がないな。
「っっ全部口から洩れているぞ」
騎士が青筋を立てながら言ってきた。感情を押し込められないなんて未熟なやつだ。
「だから洩れてるって……はあ、お前かなり社不だな」
「言われてるぞサイカ」
「絶対にマサさんが言われてるっすよ!」
「だってよマサさん」
「誰だよマサさん! 私はクロムだ!! ……そもそもマサさんって勇者マサヨシ、お前のことだろ!!」
誰も名前を聞いてねえのに言ってくるなんてかまってちゃんかよ。
「お前らと関わるのはこれで最後だし我慢するか……」
「人に言っておいてお前も声に出てるぞ」
「たぶんっすけど、マサさんがウザすぎてわざと声に出したんだと思うっすよ」
「そんなことないよな」
賛同を求めるように騎士の方に顔をやったが、あからさまに逸らしやがった。俺ウザかったのかよ。俺はクズだけであることが売りだったのに……。ショックで膝から崩れ落ちてしまった。
「なんでそんなショックを受けたような反応をしているんっすか? マサさんがウザいのなんて、クズであるのと同レベルで分かりやすいっすよ」
「こうやってショックを受けたフリをすれば、みんな同情してくれると思って」
「言葉に出したら台無しっすよ」
「――お前ら、そろそろルーメイル辺境伯が待つ部屋に着く。だから静かにしていろ」
「あれ? もしかして俺たちが騒いでいたら、お前が処分を受けたりするのか?」
「……処分を受けるのはお前らだ」
一瞬言葉に詰まっていたし、確定だな。よし滅茶苦茶騒いでこいつをクビにしてやるか。
「確かにうるさいな」
「そうだろ。うるさすぎて処分されろと思うくらいだ」
「ほう、主人が招いた客に対して処分されろと言うとは、ずいぶん偉くなったものだな」
「まあ、第2師団隊長になったかr――ル、ルーメイル辺境伯様……」
「このことは団長に伝えておくよ」
こいつがルーメイル辺境伯か。身体の線は細くて、足の運び方も素人……根っからの政治屋ってことか。だが隊長だというクロムが顔を真っ青にしているから、武力に対する鎖はしっかり掛けているのか。
「勇者マサヨシ君だね。私がこの街を治めるルーメイル辺境伯だ。よろしく」
ルーメイル辺境伯が手を差し出してきた。これは握手をしようってことだろうが、貴族の握手に変な意味があったら嫌だな。
「大丈夫っす。貴族の握手に深い意味はないっすよ」
こっちの雰囲気を察してか、サイカがコソコソと教えてくれた。流石国に仕えていただけあるな。貴族文化に対する知識は俺以上にある。
「ああ、マサヨシだ。よろしく」
俺がルーメイル辺境伯の手を握ろうとした瞬間――
「とりゃあぁぁぁ!!」
急に現れた女の跳び蹴りを顔面に喰らって、俺は壁際まで蹴り飛ばされてしまった。
「何すんだこのアマ!!」
「こいつ本当に勇者か?」
俺に飛び蹴りを喰らわせた女は俺を指差しながら、ルーメイル辺境伯相手にタメ口で話しかけていた。
【第2章 おてんば娘編】が始まりました。
おてんば娘とは誰のことでしょうかねヒューヒュー
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また次回の話で会いましょう




