9.残業
定時近くになり、今日の業務もそろそろ終わりかと、伸びをしている所に、一本のメールが飛んできた。
中身は、俺が担当している物件の施工者からで、図面上で内装が収まらない所があるらしい。送られた図面を確認してみると確かに10mm程収まっていない。
たかが10mmと思われるかもしれないが、こういった細かい収まりを蔑ろにすると、後で手痛いしっぺ返しを喰らう。
なので、よく収まりを検証する事にする。明日に回してもいいが、明日以降もスケジュールが詰まっており、後回しにすると週末の有給休暇に影響する。
残業で検討するしかないかと苦笑する。
定時になりチョロチョロと帰り始める同僚達を横目に検討を続ける。やはり、適当に収めていたら他も収まらなくなる所だった。CADを使って収まり検討図を作成していく。
暫く集中して検討図を作成していると、後ろに人の気配がしたので、モニターから顔を上げる。
「ごめん、邪魔したかしら。凄く集中してたから思わず立ち止まっちゃった。」
「いえ、丁度区切りのいい所でしたし、僕も休憩しようと思ってたので。」
振り返りながら、話し掛ける。
この人は、同僚の立花 茜さんだ。一つ上の先輩である。スレンダーで身長が高くクールビューティーという言葉が似合う人だ。
「コーヒー飲む?丁度淹れよう思ってたところなの。」
「あ、僕淹れますよ。」
「いいわよ。それくらい。ちょっと待ってて。」
そう言って、立花さんはドリッパーに向かった。背伸びをして凝り固まった体をほぐしていて気付いた。既に20:00を過ぎていて、同僚達は既に皆帰宅していた。結構熱中していたようだ。
「天野君が残業なんて珍しいわね。足立主任に無茶振りでもされた?あ、はいコーヒー。」
「ありがとうございます。いえ、現場から収まりの不具合が出てきてて、今日やっておかないと週末の有給に影響出ちゃうので。」
「あぁ、昼間のあれね。珍しいわよね、課長があんな風に周知するなんて。普段ならメールで返事するのに。絶対、主任への当てつけよね。」
「課長も、主任の好き放題な態度に相当腹に据えかねてるんでしょうね。」
「まさか、あの温厚な課長が怒鳴るとは思わなかったわ。事務所が一瞬止まったわよ。」
「そう言えば、立花さんはなんで残業を?珍しいですよね。」
「私はとばっちり。主任と今一緒にやっている案件の屋上の鉄骨の収まり全投げされたわ。元々主任の担当なのに、間に合わないからって。なのにアイツ定時に帰りやがって。最悪。」
「・・・立花さんも、そんな風に怒るんですね。」
「そりゃあ、怒るでしょ!私をどんな風に見てるのよ。」
「結構クールなのかと思ってました。」
「無愛想で申し訳ありませんね。良く言われるわ。ロボットとか、人形みたいとか。私だってお笑い番組見て腹抱えて笑うし、映画観て泣いたりするのよ。」
「す、すいません。仕事を淡々とこなしているので、格好良いなって思って見てました。」
「あ、あら、ありがとう。仕事は真面目にがモットーだからね。報酬貰っているんだから当然でしょ。」
「素晴らしいですね。誰かさんに爪の垢を煎じて飲んでもらいたいです。」
「そう言う天野君だって、淡々と仕事してるじゃない。主任にも毅然とした対応するし。若い子達、結構苦手みたいよ。直ぐに大声出すから萎縮しちゃうみたい。」
「淡々なんてしてませんよ。ただただ熟すのに必死なだけです。主任は、んー、あの人って自信がない時に大声になりますよね。それが分かってると対応しやすいですよ。あと、武道をやってたので少しくらいの威圧じゃ怯みませんよ。」
「あら、頼もしい。私は別の意味で苦手。直ぐ飲みに行こうって誘ってくるし、理由を付けて触ってこようとするし。女子社員、皆嫌がってるわ。」
「うわ、それセクハラじゃないですか。会社には訴えないんですか?」
「何度も訴えてるわよ。だけど毎回調査中でお茶を濁されるのよ。絶対アイツの身内の専務が握り潰しているのよ。」
「うわっ、あり得そう。でも今のご時世、SNSかマスコミにリークすれば直ぐにバズりそうですけどね。」
「それも何回も考えたけど、アイツが嫌いなだけで会社は別に嫌いじゃ無いのよね。待遇も良いし。もし、リークしたら少なからず会社にも影響あるでしょう。それを考えると躊躇しちゃうわ。」
「他者からすれば、アイツを放置している時点で会社も同罪だってなるんでしょうけどね。」
「こっちにも生活があるんだっつーの。ネットで叩くだけのヤツは当事者になってみろって言いたいわ。」
立花さん、相当鬱憤が溜まってますね。
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