3.転生?
「知らないてんじょ・・・いや、知ってるな。てか、天井ですらないし。」
目を覚ますと、目の前に天井というか、二段ベッドの裏がうっすらと見える。
目覚めの悪い夢だった・・・夢?
薄い掛け布団から左手を出す。小さな子供の手だ。ズキズキと痛む頬を左手で摩る。どうやら殴られた事は夢ではなさそうだ。という事は、この体も夢では無いのだろう。
「転生した?」
思わず口に出してみたが、声も聞き慣れた大人の低い自分の声では無く、声変わりしていない子供の声だ。
何故俺が?何がキッカケだろうか?昨日の夜は確実にベッドで寝た。持病なども持っていない。突然の心臓発作?寝ている間に災害が起きて死んだ?
分からない。寝て起きたらあの光景だった。
そしてさっきまでの夢だ。恐らくこの体の持ち主の記憶だろう。まだ、7〜8歳位の子供だった。不思議なのは、この子の記憶なのに、恰も自分が体験したような感覚がある事だ。
起きている間、考えていた事は、食べ物の事ばかりだった。こんな小さな子が夢も希望も抱けず、ただ生きていく為に食べる事だけを求める世界ってなんなんだ。
胸糞悪すぎる。
不思議な事はまだある。記憶の中でこの子は、大男に殴る蹴るの暴行を何発も喰らっていた。
今思い出すだけでも、身震いのする苛烈な暴力だったが、外傷が何処にも見つからない。
いや最後に気を失った頬への一発は、頬が腫れているから怪我が無いわけでは無いが、頭や腹を殴られた痛みの記憶はあるのに、外傷は愚か痛みすら無い。
また、空腹もそれ程無い。勿論、昼から何も食べていないので空腹感はあるのだが、常に付き纏っていた飢餓感が無い。なんなら気力が溢れているくらいだ。
分からない事だらけだが、今は状況を把握する事を優先しよう。
この子はリノと言うらしい。物心ついた頃から孤児院にいるようだ。今いる場所は孤児院のリノに割り当てられた部屋だ。6帖ほどの部屋の両脇に2段ベッドが配置されており、同年代の男の子4人で生活している。リノは入口から向かって右のベッドの下の段が自分のベッドだ。さっき起きた時に見えたのは上の段のベッドの裏側だったわけだ。
孤児院の経営状況はとても良いとは言えない状況だ。食べる物にも困っているようだし、養われている子供が働かなければいけない状況から考えても、相当厳しいのだろう。
リノは土木作業中に失敗をして、現場監督に殴る蹴るの暴力を受けている途中で記憶がなくなり、その後に俺が覚醒している事を考えると、この子はもう・・・
湧き上がる負の感情を抑え込み、心を落ち着かせようとする。
どんな形であれ、必ず敵は取るからな。
覚悟を決めると、スゥっと心が落ち着いた。
気持ちを切り替えて、状況把握の続きをする。ここが地球のどこなのか、現代なのか過去なのか或いは未来なのか、答えはリノの記憶にあった。
ここは地球ではない。なぜならリノの記憶の中に魔法があるからだ。
生活魔法という、薪に着火する時に指先に火をおこしたり、コップ1杯分の水を作り出したり、風を送りだしたりという現象を、魔法呪文と呼ばれる呪文を唱えるだけで使える便利魔法のようだ。
リノもシンシアに最近教わり、使えるようになったようだ。今は夜中で、周りで子供達が寝ているので試すことは出来ないが、自分自身で魔法を体験するのは今度にしよう。少し楽しみだ。
ここが地球とは違う異世界だとするならば、ゲームとかであるステータスやレベルがあるのかと言えば否である。リノの記憶にはその様なものはない・・・
・・・はずなのだが、
目の前に、半透明のウィンドウのようなものが現れたのだった。
お読みいただきありがとうございます。