6話
「それで、君はどこの誰なんだ?」
冷たい視線のまま、リーフは尋ねてくる。
(中身が俺だってことも気づいてないし、この娘もパーティーの一員とかじゃないのに、何でそんな目で見てくるんだよ!)
オリバーは背中がゾクゾクとする。
「まあ、まずはこちらの自己紹介が先でしょう」
赤い髪の女性が話しかける。
「私は、カメリアですわ」
カメリアは赤い髪を、令嬢らしく縦ロールに巻いたスラリとした美女であった。
「私は、セレスト!よろしくね」
元気に答えるセレストは青い髪をポニーテールにしたはつらつとした可愛らしい美少女であった。
「カナリーっていうんだ」
他二人より頭ひとつ分低い背丈の小柄で、茶髪のショートカットの、同じように美少女である。
「…」
みんなリーフに視線を向けるが、何も言う様子がない。
「あなたも話しなさい」
カメリアが肘で小突く。
「リーフ」
それだけを言った。
「あなたのその他人に無関心な態度いい加減に直しなさい」
オリバーは内心激しくうなずく。
オリバー以外のパーティーメンバーが加わったときも、リーフが関わろうとしないので、オリバーが必死に取り持とうとしていたのだった。
(村にいたときは気づかなかったけど、けっこうな人見知りなんだよな。数年経った今もまだ直っていなかったとは)
そんなリーフと関わっている今の彼女たちパーティーメンバーに、根気よく親しくなってくれたと感心していた。
「僕らは名乗ったよ。それで君は?」
声色から突き放されている感じがする。
鈍感でもなければ、その声色に怯えを感じ、何も言えなくなりそうだ。
しかし、別の意味でオリバーは何も言えなかった。
「…分からない」
そうぼそりとつぶやく。
(結局この娘の知り合いは、誰もこの場にいないんだろ。それなら、この娘の名前や出生とか分かんねえよ。この娘の頭を読むことができる訳でもないし。そもそも、何で俺がこの娘に取り憑いているのかも謎なままだし)
口には出せない分、頭の中では饒舌に話している。
「分からない?名前が分からないってこと?」
カナリーの問いにオリバーはうなずく。
「記憶喪失ってことかしら」
「初めて見た。本当にあるんだね」
オリバーとしての記憶はあるが、この謎の金髪美女としての記憶はないので、記憶喪失という言葉に乗っかるしかなかった。
「え、面倒」
「ちょっと、リーフ」
リーフの正直な言葉に、カメリアがたしなめる。
「だって、目が覚めて、この娘の所在が分かったら、もうお役御免だと思ったから」
「彼女の前で言うことかしら?」
リーフがオリバー以外に、彼のことを思って、叱っているところを見て、感動を覚えた。
『オリーフロード』のメンバーは、嫌みを言ったりするだけで、大事に思ってくれるような人はいなかったから。
「ごめんね。うちのリーダーが嫌な態度とって」
「記憶が無くて、不安なのは君の方なのにね」
セレストとカナリーもリーフをにらみつける。
(しかし、何でこんな敵対心を向けてくるんだろうな。オリバーなら、分かるけど)
「まあ、ギルドの職員に調べてもらっているし。ダンジョンにいたなら、冒険者の誰かだろ」
一筋の光が見えたような気がした。
確かに、ダンジョンは危険だから、冒険者以外は入れないようになっている。
冒険者は必ずギルドに所属しているから、顔や名前を把握しているはず。
「それじゃ、ギルドにでも預かってもらうか」
「まだ、あなたはそう見捨てようとするのかしら」
部屋を立ち去ろうとするリーフをカメリアは止める。
「あの日はたまたまギルドに空きがないから、僕たちの家で預かっただけだろ。今なら部屋も空いているし、問題ない」
「まだ、彼女は起きたばかりでまともに立てないのよ。そんな彼女を放り出す気?」
「でも、起きたら食事とかもしないといけないんだろ。そこまで世話する義理ないよね」
「さんざん稼いでいるのに、何を気にしているのよ。あなた、節約は上手いけど、そこまで守銭奴でもないでしょう」
自分のせいで言い争いが始まってしまい、申し訳なくて止めようとする。
「なあ…」
「気にしないでいいよ、あなたが悪い訳じゃないし」
「リーダーいろいろあって、ピリピリしているんだよね」
「はあ」
二人が静観しているのに合わせて、見守るしかできなかった。
「僕は何もしないよ。君たちで勝手にやればいい」
「そうさせていただきますわ」
結局、リーフたちのパーティーに預かってもらうことになった。
リーフの言う通り、ギルドに行った方がわだかまりがないと思ったが、オリバーは取り憑いてしまったこの身体を守る義務がある。
今評判の高いリーフたちの強いパーティーに守ってもらう方が安全だと思ったのだ。
「じゃあ、あなたのこと何て呼ぼうか」
セレストに問われる。
「ペットに付ける訳にはいかないから。責任重大だね」
女性陣3人はうんうん悩んでいる。
「…オリビア」
「え?」
「その目の色、あいつと同じオリーブ色。それで、女の子だから、オリビアでいいだろ」
内心、こいつマジかと思った。
(それ、俺が女装で仕事したときの名前じゃん)
かつて、あくどい娼館に誘拐された娘を探してほしいという依頼があった。
紅一点のジェイは潜入するのに猛反対。
同じく反対したアンバーと、どうやっても女に見えないボルドーを除いて、潜入したのはリーフとオリバーだった。
顔だけ見たら、化粧で化けられた。
しかし、着痩せはしていたが、筋肉がチラ見えしているのに、終盤まで隠し通せたのは、見事としか言いようがない。
ちなみに、リーフはリーファと名乗っていた。
「ちょっとリーダー、それ…」
「まあ、私たちも他に名前は浮かびませんし」
とがめるカナリーはカメリアは止める。
3人は沈んだ顔をしていた。
リーフは部屋を出ようとする。
「あの!」
その前に、ずっと聞きたかったことを聞くことにする。
「お、私のそばにいた男の人はどうなった、んですか?」
その言葉に、リーフは立ち止まる。
「オリバーは死んだよ。あの日に」
そう言って、部屋を去る。
「オリビア、オリバーさんのこと知ってたの?」
「あの日から意識なかったよね」
「…微かに誰かいたことは覚えていて」
それが自分だと言えないから、そうごまかす。
「そうか、死んだんだ」
その様子にただならぬものは感じていた。
「今日いろいろありましたものね。しばらく、ゆっくり休んでください」
3人も部屋を出た。
「そうか。やっぱり、俺死んじゃったんだな」
他人の体に取り憑いて、自分の体はどうなっていたのか、疑問だった。
一度、あの日は死ぬ覚悟はしていた。
でも、今こうやって意識は残っている。
「分かってはいたけど、つらいな」
涙が溢れて、止まらなくなる。
もう、オリバーはこの世にはいない。
「今の俺、悪霊じゃねえか」
死んだ自分の魂が、生きている女性の体に取り憑いた。
こんなの許される訳がない。
故郷にいる家族にももう会えない。
「あいつらがどうなったかも聞けばよかった」
逃がした『オリーフロード』のパーティーメンバーの無事を祈るしかできない。
「本当リーフに合わせる顔ねえな」
手で顔を覆う。
小顔でもあるが、小さくなって隠せなくなった手に、今の自分はかつてとは違う小さな存在になったと思い知らされる。
「俺がオリバーだってことは隠さないと」
リーフにひどいことを言って、パーティーを追い出した。
どれだけ恨んでいただろう。
どれだけ復讐を望んでいただろう。
でも、肝心のオリバーはもう死んでしまった。
その怒りの矛先がなくなって、今のリーフはあんなにいらついていたんだ。
「俺はどうなってもいい」
自分の体なら、リーフのどんな怒りも受け止めていた。
でも、今の体は借り物だ。
自分が抜け出す方法を見つけるまで、無傷でいなくてはいけない。
リーフも無関係の人物を傷つけたりしないとは思うが、オリビアの態度は今まで見たことがなく、傷ついたリーフがどんな行動をするか、オリバーは想像がつかない。
「今から私はオリビア」
これからは、オリビアとしてリーフを支えよう。
いつか、オリバーへの怒りを忘れて、また笑顔でいられるように。
自分がいなくなるその時まで。