11話
「お邪魔しまーす」
日が暮れる前、訓練場を訪れた。
「よかった。リーフいない」
オリビアは、ほっと一息つく。
日中は、他の冒険者がたくさんいるので、まだ立つのに覚束ない自分がいるのは迷惑がかかってしまうと、考えた。
レイチェルにあまり人がいない時間帯を聞いて、ギリギリギルドが開いている時間に来たのだ。
「今日のリーフが受けたクエストは時間がかかるだろうから、直帰して、明日報告でもいいって、レイチェルさんも言っていたしな。ここにいられるのも、1時間もないんだし、さっさとやろ」
常備されている木剣を持つ。
「重いな。今のこの娘じゃ、あんまり筋力ないのかもな。帰ったら、リハビリの他に筋トレもしないと。まあ、この娘の体型をキープできる範囲で」
オリバーにとって、オリビアの身体はあくまで借り物である。
オリビアを守るために、自衛できる力は必要だが、彼女の心が起きたときに、あまり支障はないようにしたかった。
「よし、いくぞ」
木剣を振り下ろす。
寸止めができず、床に打ちつけてしまった。
体もよろついている。
「一ヶ月以上も振ってこなかったからか?感覚つかむのに時間かかりそうだな」
寝ていたのは仕方ないが、目覚めてからの一週間、剣を振ってこなかった自分の怠惰さに、悔しくて、苦虫をかみつぶしたような顔になる。
「これじゃ、リーフとの差がますます広がっちまう」
ぎこちないながらも、振り続け、30分近く経つ。
久しぶりに動いたことと、まだ体が本調子ではないこと。
オリバーの気持ちにまだ、オリビアの体が着いていけてなかった。
そのため、倒れ込んでしまう。
木剣を持っているので、かばうことができない。
(やべえ、受け身がとれねえ)
とっさのことで目を閉じる。
彼は、オリビアの体を傷つけてしまうことだけが不安だった。
しかし、痛みは訪れなかった。
誰かの手に支えられているような気がする。
「一人で何やってんの?」
頭上から声が聞こえる。
目を開けると、呆れた顔のリーフがいる。
彼にオリビアの頭を支えられていた。
「リーフ、さん…」
「さっさと体勢直してくれない?」
「あ、はい」
オリビアはリーフの手から離れるが、疲れが体に一気に襲ってきて、ふらついて、座り込む。
「立っている僕に対して、座って話すの失礼じゃない?」
「す、すいません。でも、立てなくて」
ちっと、大きな舌打ちが響く。
(やっぱり、オリビアのこと嫌いすぎじゃねえ?追放したオリバーが憎まれているなら、分かるけど。何?実はこの娘のこと前から知ってんの?少なくとも、数ヶ月前に追放するまでリーフと一緒にいたけど、こんな美少女会ったことないけど)
すると、オリビアの前にリーフがしゃがみ込む。
「え?」
「さっさと乗ってよ」
「いや、しばらくしたら、自分で立ち上がれますし…」
「もうすぐギルドが閉まる時間なんだけど。レイチェルさんに迷惑かける気?」
「お、お願いします」
オリビアは、リーフの背中に負ぶさる。
「ったく、何で僕がこんなこと…」
声色から苛立ちが漏れ出ている。
訓練場から出て、受付を経由して、ギルドを出ようとする。
「ごめん、オリビアちゃん。今、リーフくんが来て…。え?」
リーフに嫌われていると怯えたオリビアを心配して声をかけようとした。
しかし、レイチェルが目にしたのは、オリビアをおんぶするリーフの姿だった。
「レイチェルさん、こいつ連れてこのまま帰るから」
「あ、はい、気をつけて」
リーフの背中が揺れる。
(こいつの背中大きいな)
いや、と気づく。
今の自分の体が女で小さいのだと。
改めて、男女の違いを思い知らされたのだった。