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司廻

作者: TAKESHI

 血が溢れ出て止まらない。蛇口から捻り出したように血が流れる。体を流れる血液は体重の約8%と聞いたことがある。初めて聞いたとき、思っていたより少ないと感じたことを思い出す。このまま、体中の血が全て出ていってしまうのではないか?と不安が募る。


 体が震えだす。意識が薄れているのか、空間が歪んでいるのか、わからない。

 ワタシの世界はこれで終わるのか?ワタシの世界が終わっても、ワタシ以外の世界は続いていく。たった1人の死で世界は終わらない。世界が終わるのは、世界が無くなるときだ。ワタシが死んでも、当たり前のように日常は進んでいく。


 今日も、何も変わらない1日だった。

 朝、目覚ましが鳴る。仕事の日は何故か目覚ましで起きることができる。人の脳の面白いところだ。

大した用事もないのに携帯電話を確認する。SNSの情報に流されるな、と自分に言い聞かせながらニュースを確認した。

 マスクを付けて、家を出た。ラジオを聴きながら会社に向かう。マスクを付けるのは、ついつい笑ってしまうのを隠すためで、感染対策ではない。目で笑っているのがバレないか、周囲の人から気持ち悪がられないか、ビクビクしながら会社に着く。

 会社では、愛想良く、周りから嫌われないように一定の業務をこなす。

 会社からは、ラジオではなく音楽を聴きながら帰宅する。仕事後にテンションを上げるためだ。


 そんな毎日のルーティーンに加わった一つの出来事・・・帰宅後に殺される。


 帰宅して玄関を開けた瞬間、背中に焼けるような痛みがあった。一度ではなく、何度も。

 何が起こったか分からなかった。気付いたときには足元に血が広がっていた。現実感は全くない。意識が失われていく・・・


 どれくらい時間が経ったのか。数秒かもしれない、数分かもしれない。

 気付けば自分を見下ろしていた。

 呆然としていると、横から抑揚のない声が聞こえた。


「あなたはお亡くなりになられました。」


 突然聞こえた声に驚きを隠せなかった。

「えっ?」

 声が聞こえた方を振り向くと、ヤセ気味で黒いシルクハット、黒いスーツを着て、メガネをかけた全身黒づくめの真面目そうな男がこちらを見ていた。 

 男はこちらが戸惑っていることを気にも留めず、感情もなく話し続ける。

「ワタシはあなたにチャンスを与えるために地獄からやって来ました。まだ亡くなられる予定ではなかった方が亡くなられた場合に人生を再度味わってもらう仕事をしている『司廻しかい』と申します。」

 こいつは一体なんだ?警戒すべきだと警告音が頭に鳴りつつも、質問してしまう。

「司廻?」

 男が初めて感情を表に出しニヤリと口の片側だけを上げて笑う。男の表情が変わるところを初めて見たと場違いのことを考えてしまう。

「地獄におられる閻魔様に仕えるモノが3人います。『司録しろく』『司命しみょう』『司廻しかい』です。死後の世界に行った者は閻魔様の裁きを受けます。司命が罪状を読み上げ、司録は判決を記録します。この2人は閻魔様の書記官みたいなものです。

 ワタシは死後の世界に行く予定でない者を生き返らせているのです。あなたは、突然の事故で亡くなられ、予定寿命に達していません。ワタシは、あなたを生き返らせるために参りました。」


 現実のこととは受け取れず訳が分からなかったが、最後の言葉だけが頭に残っていた。

「生き返る?」

 男は、また口の片側だけ上げてニヤリと笑い、ワタシの話を聴きもせずに淀みなく話し続ける。

「一度お亡くなりになられてから生き返るということは、これまでとは『少し違うあなた』になります。生き返ったことも認識したままです。一番の違いが『相手の心の声』が聞こえるようになります。それでは。。」


 ワタシには何も理解できなかったが、気付くと、いつもの朝だった。

 

 生きている・・・夢だったのか・・・


 そして、いつもどおりの準備をして家をでる。ラジオを聴きながら会社に向かう。

 会社への道中、会社の同僚小林に声をかけられた。小林は誰とでも気軽に話をする明るい奴だ。

 

 ワタシは早速、昨日の夢の話をする。

「昨日、仕事から家に帰ったら、後ろから誰かに刺されて死ぬ夢を見たんだ。背中を刺されたんだけど、本当に痛く感じて、現実のようだったんだ。」

 司廻の話は、話が複雑になるため、話さなかった。


 小林は軽いノリでクスリとしながら答える。

「死ぬ夢?俺もたまに見るよ。生々しい夢ってあるよなぁ。まぁ、昼には夢のことなんて忘れてるんじゃない?」

 ワタシも小林にあわせて答える。

「何の話してたっけ?」

 小林が笑いながら言う。

「ほら、もう忘れてる。」


 その後も、くだらない会話を繰り返しているうちに、気付けば会社にたどり着いていた。

 

 会社に着いて、仕事が始まる。

 仕事中に気になる出来事が起こった。

 有名大学を卒業しており頭は良いが遊びがない、そんな神経質な村上がミスをしてしまい、磯崎課長に怒鳴られているときのことだった。


 ワタシは「村上は大変だなぁ」と思いながら、同情する気持ちで村上を眺めていた。


 村上が頭を下げながら、すまなそうに言った。

「すみません。今後は気を付けます」


 その直後、キーンという耳鳴り、頭痛が起きた。

 あまりの頭痛に頭を抱えていると、村上の怒鳴り声が聞こえた。

「なめんな!クソがっ!」


 ワタシは驚いて、村上と磯崎課長を確認する。

 磯崎課長は、村上のことにはもう興味がなくなったかのうように、村上に「席に戻れ」と言った。

 

 ワタシは、焦ってフロアを見渡したが誰も気にしている様子がなかった。となりの席のくだらない話でいつも盛り上がる蔵元さんに確認する。

「今、村上の怒鳴り声、聞こえた?」

 蔵元さんは不思議そうに答えた。

「え?村上くんは謝ってたけど?」

 ワタシは、動揺しながらも平然を装って答える。

「そうだよね。。」


 そこから落ち着かない時間が続いた。

『ワタシがおかしいのか?疲れているのか?』

 昨日の夢か現実か分からない出来事がなければ、さほど気にしなかっただろう。


 昼休憩、村上の席まで確認しに行く。

「さっき、磯崎課長に叱られたとき、むかついた?」

 村上はイラっとした顔で答える。

「そりゃ、ムカつきますよ。口では謝りましたけど、心の中では相当起こっていましたよ。」

 ワタシは、少し興奮しながらたずねる。

「心の中?実際に声には出してないの?」

 村上はバカにしたように笑いながら答える。

「言うわけないでしょ。」


ワタシの頭の中を、戸惑いが駆け巡る。

『昨日の晩の出来事は夢じゃなかったのか・・・?』

動揺のあまり、仕事も手につかず、気付いたら退社時間になっていた。


会社の帰り道、ふと思い付いた。

もし、人の心の中が読めるなら、この街中を歩いている人の心も読めるのではないか。


そう考えたワタシは、歩いている一人の男に注目した。

しかし、耳鳴りも頭痛も起きず、何も聞こえなかった。


ただの思い過ごしか・・・

神経質になり過ぎていただけか・・・


と自分に言い聞かせ、帰り道を電車にも乗らず、頭を冷やすためにひたすら歩いて帰った。


帰り道、ふと一人のフードを目深に被った男の姿が目に入った。

すると、キーンという耳鳴り、頭痛が起きた。そして、声が聞こえてきた。


「おれがうまくいかないのは、全部こいつらが悪い。人間は生まれながら平等じゃない。こんな世の中を終わりにしてやる。」


これは、アイツの心の声なのか。

いや、心の声なんて聞こえるはずがない。

もし、万が一、あいつの心の声だとしても、何も起こらないだろう。

考えることは自由だ。村上のときも何も起きなかった。


ワタシは、自分を納得させ自宅に向かった。


帰宅してテレビをつけると、通り魔が発生した、というニュース速報が流れていた。

物騒な世の中になったものだ。

昨日の夢か現実か分からないワタシが刺されたことも通り魔みたいなものだ。


いつから、こんな世の中になったのか、いや、これまでも同じだったが、ニュースとして取り上げられるようになっただけかもしれない。


そんなことを考えながら、テレビを眺めていると、動きが止まった。

そこには見覚えのある景色が映っていた。

まさか・・・、いや、そんなはずはない。

と自分に言い聞かせたが、通り魔をして逮捕された男の顔を見た瞬間驚愕した。


帰り道で見たアイツだ。。。


目の前がくらくらする。

やはり、あれは心の声だったのか?

もし、俺が心の声からアイツを止めるために動いていたら、こんな悲惨なことは起きなかったのではないか?

自責の念に駆られる。


やはり、昨日の出来事は夢じゃなく現実だと認識した。


俺は一度死んでいる。。。


そして、通り魔の心の声が聞こえたが何もしなかった。ただ、心の声が聞こえたからといって一体何ができたのだろう?

頭の中をさまざまな考えが駆け巡る中、ドッと疲れが波のように襲ってきた。


気付くと、目覚ましの音で目が覚めた。ソファで眠ってしまい、一度も起きずに朝を迎えたようだ。


さすがに今日は会社に行くのに気が進まない。

体が重く、頭が痛い。気持ちもどんよりしている。


いつもより少し遅く家を出る。

今日は何事もなく1日が終わってほしいと願う。


朝の願いが通じたのか、今日は何事もなく退社時刻になった。

帰宅の途中、昨日と同じように、一人の男の姿が目に入り眺めていると、キーンという耳鳴り、頭痛が起き、声が聞こえてきた。


「このままではダメだ。このままではダメだ。」


男は前を見ていなかったため、ワタシとぶつかった。

「すいません」

お互いに謝りあったところ、見たことのある顔だった。


「杉山?」

「あっ、、、遠藤、、、」

杉山は中学時代の友人で優秀だった。


久々に会えて、うれしいが気になることがある。杉山はいったい何に悩んでいたのか。晩御飯をまだ食べていなかったので、晩御飯に誘って話を聴くことにした。

「杉山、今から時間ある?ご飯食べに行かない?」

「ご飯?」

「久々だし。ゆっくり話さない?」

「わかった。」


食事に二人で食事に行くことになった。

ワタシは、杉山の悩みを聞きたかった。そして、杉山の力になりたい、と考えていた。


ゆっくり話したいということもあり、近くの居酒屋に2人で向かった。

居酒屋は盛況しており、机席は満席だったので、カウンター席に座った。


杉山は中学時代から順調に人生を進めて、現在は医者をしているということだ。


それとなく何か悩んでいないか、聞いてみる。

「医者は大変だろ。悩んでいることとか、色々あるんじゃない?」


杉山は少し戸惑いを見せながら、

「何も・・・」

と答え、考え込み無言の時間が経過していく。


そして、口を開いた。

「医者は完璧か、完璧でないか、、、どっちだと思う?」 

「オレたち人間は完璧じゃないけど、誰もが完璧を望む。自分が医者と関わるときも完璧を望むが、医者が完璧じゃないことも分かってる。」


杉山は、前を見たまま、こちらを向かずに答えた。

「そう言ってくれると安心する。」


それから、杉山は何かを考えるように黙り込んでしまった。空白の時間が続いた。


ワタシは確認した。

「何か悩んでるのか?」

「いや、別に。。」

そして、また何かを考えるように黙り込んでしまった。


これ以上は聞くべきではないと判断し、ほかの他愛もない話に終始し、2人で居酒屋をあとにし、また会おう、と杉山と別れた。


風が心地良かったので、酔いを醒ますため、帰りは歩いて帰った。


帰り道、心の声のことを考えていた。

心の声が聞こえることはあまりない。では、どういうときに聞こえるのか。そして、聞こえたときにワタシは状況を変えることができるのか。


考えがまとまらないまま、自宅に到着した。


帰宅し風呂に入ったあと、ネットニュースに目を通すと、医療事故により患者が死亡したというニュースに目が留まった。


担当医は杉山だった。


気が動転して、杉山に何度も電話をしたが留守電につながるのみで、不安がつのる。

心の声、考え込むような態度が思い出され、何も手につかない。


翌日は休暇。

テレビをつけると、ニュース番組で医療事故により死亡した被害者の夫が生放送で会見を行っていた。

「杉山の、、、」

と思い、テレビを見ていると、またキーンという耳鳴り、頭痛が起こり、心の声が聞こえた。


「莫大な慰謝料を巻き上げてやろう。嫁が邪魔だったから、今回の医療事故はちょうど良かった。そのうえ、金までも手に入る。」


これは、どちらが悪なのか。

医療ミスは医者が悪い、しかし、それに付け込んで被害者の夫は莫大な慰謝料を巻き上げようとしている。


ワタシは、杉山と話した内容を思い出していた。


「医者は完璧か、完璧でないか、、、どっちだと思う?」 

「オレたち人間は完璧じゃないけど、誰もが完璧を望む。自分が医者と関わるときも完璧を望むが、医者が完璧じゃないことも分かってる。」


ワタシに出来ることはあるのか。いや、杉山を助けねばならない。


すぐに杉山に連絡をした。しかし、また留守番電話に繋がった。話したいことがあるので連絡が欲しい、と留守電に吹き込んだ。


何か方法はないか・・・と必死に考えた。


被害者の夫婦生活を調べれば、夫婦仲が悪かったことが確認でき、少しは医療事故に対する世間の風当たりが軽くなるのではないかと思い、ネットで被害者の名前を調べた。

すると、被害者の会が発足しており、被害者の会から被害者の名前・住所が確認できた。被害者は井上という名前だった。


ワタシは被害者の会の集会があることを確認し参加した。

その集会は椅子が並べられた小さなホールで行われた。ホールに入ると、最初にパンフレットを渡され、どこの席に座ってもいいと言われた。


ワタシは一番前の端の席に座った。


集会は、ホールが半分ほど埋まっており、開始時間になると、井上が登壇し話し始めた。


「ワタシは妻を医療事故で先日亡くしました。

妻は懸命に生きようとしていました。妻にはもう明日がないのです。」


井上の語り方、話し方に聞き惚れてしまった。彼の言葉の一つ一つに集会では共感と感動が広がっていく。

ワタシもその一人となり、

「昨日の心の声は間違えだったのではないか」

と気付けば考えていた。


井上は話し終えたあと、頭を5秒ほど下げ顔を上げた。その顔を見たとき、キーンという耳鳴りと頭痛が起こり、心の声が聞こえた。

「このまま世間を味方につけ、できる限り慰謝料をぶんどってやろう。」


集会終了後、井上が会場の出口であいさつをしていた。ワタシは井上目掛けて話しかけた。

「今日はありがとうございました。

 テレビで会見を見ました。大変でしたね。何と声をかければいいか、、、わかりません。」


すると、井上は頭を下げた。

「ありがとうございます。その気持ちだけが励みになります。」

ワタシも頭を下げて会場を出た。

井上が会場から出てきたら尾行するために、近くの喫茶店から様子を見守った。


しばらくすると、井上が出てきた。ワタシは10メートルほど距離を取りながら尾行した。

会場から出ると、井上はすぐに電車に乗り、2駅離れた駅で降り改札を出て立ち止まった。

携帯電話を触っている。そこに、1人の女性が現れ、その女性と楽しく話しながら街に消えていく。


ワタシはその姿を携帯で撮影した。


帰り道、歩きながら考えを整理していた。

医療事故を起こしたのは事実だ。

しかし、井上はもともと嫁と離婚する予定だったが、そのことは表に出さずに、医療事故を利用して莫大な慰謝料を得ようとしている。


帰宅後、杉山に再度電話をした。すると、今回は留守電にならず電話に出た。


ワタシは、井上が女性といたことを説明した。

そして、ワタシの想像という前置きをしたうえで、井上は元々嫁と別れる予定であったが、被害者の夫として、莫大な慰謝料を巻き上げようとしていることを説明した。


すると、杉山は静かに話し出した。

「被害者と被害者の夫の関係性は、薄々勘付いていた。医療事故はワタシの責任だ。

裁判の中で金額は確定される。その金額を支払い、オレは医者をやめる」


ワタシは説得した。

「今まで、たくさんの命を救って感謝されてきたのに辞める必要はない。

 少し時間を置いて、反省してからやり直すことはできないのか?」


しかし、杉山は頑なだった。

「無理だ。おまえは一体何だ?ワタシの何がわかる?」


ワタシは何も言い返せなかった。

心の声が聞こえて、真実が分かっても、世の中は変わらないし。変えることができない。


では、この力は何に使えばいいのか。


数日後、杉山の医療事故の続報が報道された。

その報道に耳を疑った。


杉山は医療事故を複数回起こしており、その度に表には出さないように金を払い示談に持ち込んでいた。医療事故ではなく故意性を疑った警察は家宅捜索を行なった。

すると、新たな事実が発覚した。

家の中には、複数のナイフがあり、新たに何度も通り魔を行なったことが日記に書かれており、さらに余罪がありそうだ、ということだ。


ワタシは戸惑った。

心の声がすべて聞こえるわけではない。ワタシが聞こえた心の声のみで動いた場合、間違った方向に動いてしまうことがある。


では、この力は何かに使うことが出来るのか?


呆然としていると、自宅の呼び鈴が鳴った。カメラを見ると、玄関前に2人の警察が立っていた。

玄関を開けると、警察手帳を見せられ、話をされた。

「杉山をご存知ですか?」


ワタシが無言でうなづくと、警察が続ける。

「実は、杉山の自宅にあった日記に遠藤さんの名前と住所が記載されていたんですが、何か被害は受けていないですか?」

「いや、被害も何も・・杉山はワタシの友人です。この前も一緒に食事に行きましたし。。。」

「そうですか。杉山の日記に遠藤さんを偶然見かけ、後をつけ御住まいを確認したことが書かれていましたので。。。

いや、何もなかったなら問題ありません。ご協力ありがとうございました。」


警察が頭を下げたので、ワタシもつられて頭を下げ玄関を閉めたが、頭の中には背中を刺されたシーンが駆け巡っていた。


この力を使うことをワタシは辞めた。

辞めたということは、心の声が聞こえてもそれにより動かずいつもの暮らしをするということだ。


しかし、ワタシの生活は心の声を聞く前とは変わってしまった。心の声を聞かないように、誰とも目を合わせないように生活する。もちろん、誰とも話さない。


そんな地獄のような生活をしながら、私は86歳まで生きて寿命を迎えた。

誰とも目を合わさないように、病院にも行かない。家での孤独死だった。


ワタシが死んだと認識したとき、いつかと同じ状況になり、自分を見下ろしていた。

自分を見下ろすことに、どことない懐かしさを感じていると、聞いたことのある抑揚のない声が横から聞こえた。


そう。司録の声だ。

「おひさしぶりです。」


声が聞こえた方を振り向くと、やはり司録が立っていた。

忘れもしない、中肉中背、黒いシルクハットにメガネをかけた黒いスーツを着た全身黒づくめの真面目そうな男だ。


ワタシは何年も誰とも話していないので、すぐに言葉が出てこず無言でいると、司録は続けた。

「あなたは人の心を読む力を手に入れたのに、誰一人として救いませんでしたね。」


ワタシはまだ言葉が出てこない。


司録は感情もなく続ける。

「あなたの命は一度終わっているんです。何のために生き返り、何のために能力が与えられたか、考えなかったのですか?」


司録は淡々と続ける。

「あなたは、この人生をまだまだ繰り返します。すでに何度も繰り返していますが。」


ワタシは薄々勘付いていた。

心の声が聞こえるということは「地獄」だ。

心の声が聞こえ始めてから、ワタシは生きていて楽しい、長く生きたい、と思ったことが一度もなかった。ただ、時間を消化するだけの苦しい人生だった。


頭の中に映像が流れた。何度も同じことを繰り返している映像だ。そして、気付いた。

「ああ、また繰り返されのか。この地獄が。。」


表情がない司録が、少し笑った気がした。

「それでは戻りましょう」


その言葉を聞いた瞬間、目の前が真っ白になった・・・


・・・会社から帰宅して、玄関を開けた瞬間、背中に焼けるような痛みがあった。一度ではなく、何度も。何が起こったか分からなかった。気付いたときには足元に血が広がっていた・・・

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