【短編】ソフトな彼女とハードな私
日常を書きたい欲が沸き上がってしまい、短編ができました。
楽しんでもらえればと思います。
『あっ!やっと起きた!』
耳にユズの元気な声が聞こえた。
寝起きには元気すぎるくらい。
「……おはよう」
『おはよう!コーヒーできてるよ。飲むでしょ?』
「ん、飲む。ありがと」
勇気を出してベッドからでる。
キッチンへ向かい、コーヒーメーカーからカップへコーヒーを注ぐ。
いい匂い。
ソファに座り、コーヒーを一口すする。
『こぼさないように気を付けてよー』
「大丈夫」
ユズは心配性だなぁ。
外を見ると、雲一つない青空。もう、逆に外に出づらい。
『今日ってお休みだよね!図書館行こう!』
「いいけど……もう読んだの?」
『だってー、楽しかったんだもん』
確か、限度まで借りてなかったっけ?
一週間もたたずに十冊も読んだんだ。元々読むのは早かったけど、さらに早くなってない?
図書館が開くのは10時。今は後少しで9時。歩いて10分で着くから、あと1時間弱はだらけられるな。
『今のうちに洗濯しよう!』
「えぇー」
『せっかく天気がいいんだから!洗濯物は回したから!あとは干すだけだから!』
「……わかったよ」
回してくれてるなら仕方ない。
ソファーに沈んでいた腰をあげ、洗濯機から洗濯物取り出す。
カーディガンを羽織り、掃き出し窓を開け、ベランダに出る。
冷たくて乾いた空気が、体にぶつかる。
寒い。
暦の上では、まだ秋なのに。
早く干して、部屋に戻ろう。
5分もかからず干して終わり、家の中へ戻る。
暖かい。快適すぎる。
コーヒーが体に染み渡る。
『ミツキ、ありがとう!』
「んー」
ソファーに沈みなおし、ぼんやりと今日の予定を立てる。
まずは図書館に行くでしょ?ゆっくり本を見るはずだから、出るころにはお昼時になるかも。だったら、カフェでランチするのもいいなぁ。帰りにスーパーで買い物して帰ろう。夕飯は何にしようかな。カレーでも作ろうかな。ピザ用チーズをかけよう。最高の組み合わせ。
『ミツキ!もう行こう!』
時計を見るともう10時になろうとしていた。
「そうだね。準備してくるから少し待ってて」
『わかったー』
部屋へ戻り、パジャマを着替える。
化粧?誰も私を見ないから、パッと終わらせる。
「おまたせ。行こうか」
『……いつも思うけど、もう少し時間かけたら?』
「時間かけても変わらないから、いいんだよ」
『えー、変わるよー』という言葉を聞きながら、玄関を出る。
※
図書館を出たのは、予想通りお昼頃だった。
『ゆっくり見ちゃった!』
「楽しそうなのあった?」
『あったよ!今日も限度まで借りちゃった』
ユズは小説や自己啓発、数学や歴史、写真集と幅広いジャンルを読んでいる。雑食の読書家だ。
本を読むとぐっすり眠れる私からすれば、読むだけでもすごいのに、ジャンルに囚われないなんて、尊敬の念しかない。
『お昼はカフェ行く?』
「そのつもり」
買い物する予定だから、スーパーの近くにあるカフェに入る。
ランチセットを頼む。
メインはチキン南蛮だった。自分で作るのはめんどくさいから、こういうものはお店で食べると決めている。
デザートのプリンも美味しかった。
「ごちそうさまでした」
『チキン南蛮美味しかったね!』
「うん」
カフェを出て、スーパーへ向かう。
『買うものはー、牛乳と食パンとー』
「カレーの材料とピザ用チーズ」
『コーヒー豆も買った方がいいかも』
「わかった」
※
「ただいま」
『おかえりー』
ユズがふざけた口調で返す。
買ったものを冷蔵庫にしまう。
特売日だったから、予定より買いすぎてしまった。
……卵使い切れるかな。
『洗濯物取り込むの忘れないでよー』
「大丈夫」
ベランダに出て、洗濯物を触る。快晴だったから、もう乾いていた。
部屋へ取り込み、すぐに畳んでタンスへしまう。
面倒くさがりの私は、流れに任せてやった方がいい。
ユズは、早速借りた本を読んでいるようで、静かにしている。
カレーは煮込めば煮込むほど美味しくなると信じている私は、カレーを作り始める。
豚肉を厚めに切り、表面を焼いていく。
鍋に、ジャガイモ、ニンジン、焼いた豚肉、レトルトのチャツネを入れて、じっくり煮込む。
灰汁を取り、野菜に火が通ったら、中辛のカレールーを入れて、コトコト煮込んでいく。
底が焦げないように、時々かき混ぜる。
大きく切ったジャガイモが溶けて、カレーのドロリ感が増している。
……よし、出来た。
時計の針は、6時を指していた。
『お!たくさん作ったねー』
鍋の中を見たユズが驚く。
「アレンジできるから」
そう。カレーは優秀なのだ。二日目のカレーは美味しいし、カレーうどんにカレードリア、カレーコロッケにもできちゃう。飽きることなく食べられる。こんな料理は他にはないだろう。
『わかったから、早く食べようよ』
私のカレー愛は受け止めきれなかったのか。
ユズの言うことももっともなので、お皿にカレーと白米をよそう。
コップには牛乳を注ぐ。
カレーには牛乳。これがベスト。
「いただきます」
カレーと白米を1対1の割合ですくい、口に運ぶ。
うん。美味しい。
このピリッとくる辛さの中に旨みを感じられる中辛。いい。
次に牛乳を飲む。
口の中にまろやかさが広がる。
はー。美味しい。
その後も、黙々と食べ続ける。
気づけば、お皿は空になっていた。
「ごちそうさまでした」
『集中して食べてたねー』
「美味しかったから」
ここでソファーに向かうと横になってしまい、そのまま、起き上がれなくなっちゃう。
「お風呂いってくる」
『おー、えらいぞー!いってらっしゃい!』
今日もシャワーだけにする。
湯船で温まるのは、もう少し寒くなったらにしよう。
10分もかからず終わった。
烏の行水。
本当はきれい好きだから、長いらしい。
髪も乾かし、ソファーに沈み込む。
今日を振り返る。
寒い中、外出できた。えらい。
買い物できた。えらい。
自分でご飯を作れた。えらい。
お風呂に入れた。えらい。
ユズと一緒にいれた。
今日もいい一日だった。
『――ツキ!ミツキ!寝るならベッドで!』
ユズの声で、いつの間にか寝てたことに気づいた。
体を引きずるように寝室へ向かい、ベッドに倒れこむ。
「おやすみ」
最後の力を振り絞った。
『おやすみなさい』
※
今朝はユズに起こされる前に起きれた。
早く寝たおかげだ。
キッチンへ向かい、コーヒーメーカーのスイッチを入れる。
トースターで食パンを焼く。
窓の外は、太陽が上がり始めたところだった。
『おはよう!今日は早いね!』
「おはよう」
コーヒーをカップに淹れ、トーストにバターと蜂蜜を塗る。
食べながら、今日の予定を考える。
大学で講義をする。
研究を進める。
ご飯を食べ忘れないようにする。
あとは――
「今日、病院行くから」
『はーい』
スマホのアラームを設定しておく。
研究室にいると時間の感覚が消えちゃうから。
※
ピピピ、ピピピ。
アラームを止める。
作業は途中だけど、まあ、明日やっても大丈夫なところまではできた。
パソコンをシャットダウンして、荷物をカバンに詰める。
「帰ります」
「はーい」「またねー」「おつかれー」と研究室のメンバーに見送られ、病院へ向かう。
バスで15分。大学病院なのに、敷地が離れている。あるある。
正面ではなく、関係者用の出入り口へ向かう。
警備員さんに軽く会釈し、関係者と書かれた名札を首にかける。
エレベーターに乗り、3階へあがる。
そして、第一治験室と呼ばれる部屋へ入る。
壁際には、治験者の状態を確認するモニターが並んでいる。
部屋の中心には、ベッドが一台。
ベッドには、ヘッドセットを付けている少女が横になっている。
『いらっしゃーい!』
ユズの元気な声が部屋のスピーカーから響く。
※
ユズは、3年前、体を動かせなくなってしまった。
原因不明。治療法もない。
延命治療しかできない。
ユズの両親が、どうにかできないかと、私のところに相談に来た。
私の研究テーマをざっくり言うと、“脳の性能のネットワーク上への移行”なのだが、それを見つけたとのことだった。
私の方も治験へ進む段階だったから、タイミングが良かった。
それでも、時間はかかった。
申請期間もそうだが、機材や安全性の確認に時間がかかった。
それはそうだ。ユズの負担は大きいものになるし、失敗はできない。
ユズとの第一声は、『この体をくれてありがとうございます』というものだった。
治験の最初の山を越えれたことを喜ぶと同時に、ユズの“この体”という言葉に興味を覚えた。
最初は、第一治験室内で過ごし、不具合が起きていないかをモニタリングしていた。
外部との接続をする段階になり、週に3日、私と一緒に生活することにした。
ユズには、外出専用のデバイスと私の家のネットワークに接続する許可を出した。
するとどうだろう。ユズの反応が、第一治験室内と私の家の両方に存在しているという結果が、モニタリングできたのだ。
ユズに聞くと、『なんか出来ちゃう』という曖昧なものだった。
私はその時、ユズとの第一声を思い出した。
そして、ユズにとっては当たり前のことになったのだと、妙に納得してしまった。
今では、家族同然に思っている。
ユズも週3日以上、一緒にいることが多くなった。
周りから見れば奇妙な関係性と思えるが、これが私たちの日常になっているのだ。
そのことをユズに話すと、『嬉しいけど、改めて言われると恥ずかしいよ!』と言われた。
次の段階では、一度ネットワーク上へ入って戻ってきたときの影響の計測を計画している。
それでやっと、今のユズと会うことができるのだろう。
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