沈黙の潜伏
一週間後、首都クエンティン郊外。
皇王家や有力諸侯が住まう山の手からはかけ離れた、繁華街とスラムとの境目にある隠れ家にて、ステファニアは首都帰還から5日目の朝を迎えた。
令嬢たるもの、革命と断罪に備えてこう言った不動産はいくつも用意しておくのが嗜みであるが、こうしていざ実際に使う事になってみると、何やらワクワクする物がある。
住み心地は概ね上々、何ならもうしばらくここで食っちゃ寝したくもあるが、それでは領海2400キロを遠泳した意味がない。
ステファニアはベッドのサイドボードの上、修道院から持ち帰った例の手紙を改めて手に取った。
──1ヶ月以内に大逆人を殺せ。
ステファニアはこの3日間、これを書いた何者かを求め、このシェルターで解析と情報収集に明け暮れていた。が、今のところ成果はない。
宮廷や諸侯の周辺に仕掛けた盗聴器や監視カメラも、これと言って──宮廷内で行われる、実に不適切でおポルノなネタこそあるが──肝心の犯人に繋がる物はなし。
どうやらお相手はそれなりに用心の出来る、久しぶりに骨のある人物らしい。
「なかなか楽しませてもらえますわね」
本心からニッコリ微笑み、まるで恋人からの文を愛おしむようにその筆跡を指先でなぞると、ステファニアは朝のシャワーと着替えを済ませた。
ガチムチのサービスシーンを誰にともなく披露し終えてバスローブに着替えると、昨日近所の店で調達しておいたベーグルで朝食を摂った。
庶民にしては上出来の味に舌鼓を打ち、仕上げに同じ店で買ったお紅茶を淹れる。
店主曰く、近頃貴族の子弟で流行している限定品と言うだけあって、その香りは中々に格調高い──が。
ステファニアのいかめしいリップと傾けたカップの中身が物理的に熱いKISSを果たさんとした刹那、彼女の中のセ◯ールが違和感を覚えた。カップを元のソーサーに戻し、何事も無かったように一人嘯く。
「……お紅茶はまた今度にしましょう」
代わりにミネラルウォーターを片手に、リビングのテレビを点ける。
下々のものに人気の朝のニュース──その視聴率を支える見事なパツキンの女性キャスターが、淡々と原稿を読み上げる。
「聖アサイラム修道院壊滅から5日が経ちました。収監されていた大逆人、ステファニア・シーゲイル嬢の身柄は現在もまだ確認が取れておらず、当局は脱走したものと見て現在もその身柄を追っています」
「今回我々はシーゲイル家の次期御当主にしてステファニア嬢の弟君であられるジョージ・M・シーゲイル氏に、姉君の消息について独占インタビューを敢行いたしました。そちらの映像をご覧ください」
画面が切り替わり、えらくみすぼらしい古い邸宅の玄関にて、野良着を着た老け顔の青年が映し出される。
「せやから、脱走の件は当家とはなんの関係もあらしまへん! もう何べん言わさせるんですかほんまに!」
──ですが現在のところ、ステファニア嬢の無実を主張しているのはジョージ卿お一人です。協力を求めるとしたら卿以外にないのでは?
「それはそう! せやけども! ウチらの領地から資産から一切合切、『慰謝料』言うて陛下と他の家の連中に没収されてんねんで!? んで見てみいこの残った領地、ほぼ廃村と未開の森やでコレ! どこに姉上匿う余裕あんねん、耕すのしんどくて敵わんわホンマ!!」
──その割には充実した生活を送られているとの噂もございますが。
「元からDIYが趣味やったし、何ならユンボも動かせるで? 家守る為ならフル活用せんでどないすんねん。ともかくそろそろ開拓の時間やさかい、そろそろインタビューは堪忍してえな!!」
──最後に一つ。お家再興は成ると思いますか?
「やかましわ! 庶民は黙っとれ──」
シーゲイル家の者らしい尊大な雄叫びを残し、映像は再びスタジオへと戻った。何事もなかったようにニュースは続く。
「続いて皇王家のニュースです。三週間後に18歳のお誕生日を迎えるオスカー皇太子殿下の成人祝いに向けて、空位となった時期皇太子妃候補の選定が佳境を迎えています」
「現在、巷で最有力候補と呼び声が高いのは殿下を救った『聖女』ことエミー・グラム嬢ですが、有力諸侯からは家格の低さを理由に待ったの声がかかり、それぞれの推す令嬢を宛てがう動きが試みられているようです」
「皇王家広報からは殿下の誕生日にパーティーを行い、その席上で時期皇太子妃を発表するとの声明を発表。当日まで迂闊な憶測は控えるようにと繰り返し伝えています」
画面にはオスカーとエミー、それぞれの写真に割り込むように、ステファニアもよく知る名門貴族の令嬢達の顔写真が取り澄ました顔で写っている。
ステファニアはそこでテレビを消し、やれやれと肩をすくめてため息をついた。
「……ンもう、殿下ったら。せっかくわたくしが退場して差し上げたと言うのに、相変わらずとことん奥手でいらっしゃるのね」
あれから半年経ったのだから、今ごろ熱いおチッスやおファックの一つ二つブチかましててもおかしくはないと言うのに、まったく実に健全なことだ。
「ま、そう言うヘタレなところが可愛らしくはあるんですけど♪」
したり顔で頷きつつ、ステファニアは再度例の手紙を手に取った。
──1ヶ月以内に大逆人を殺せ。
この手紙が持つ幾つかの謎、そのうちの一つが今、解き明かされた。
「……指令の期限は殿下の誕生パーティー当日。となると、犯人は時期皇太子妃候補の誰か……?」
あるいはその背後にいる諸侯、もしくは彼らが結託でもしたのか──推測出来るのはここまでだが、次に為すべき事は見えて来た。
「うん、決めましたわ。久々に二人のお顔を拝見しましょう♪」