沈黙の脱獄
と言うことがあってかれこれ半年。何故だか刑は執行されず、外部はおろか看守との応答すら禁じられた状態で生かされてきた。
恐らくこの強制的なステータス異常、言わば沈黙状態が恒常化したせいで肉体にまで変化が及んだと言うことだろう、多分。
荒れた部屋の中、ひび割れてずり落ちかけた壁時計を見る。
時刻は5時22分。あと7分とほどで礼拝(と言う名の点呼)のために看守が来る──と。
またしても殺気を感じ、ステファニアは咄嗟に跳躍し天井へと張り付いた。と同時、幾つもの軍靴が鳴り響いて部屋の扉を蹴り開けた。手に手にサブマシンガンを掲げた武装修道士が6人。
「クリア」
「クリア」
修道士達は無駄のない動きで部屋の周囲を眺め渡し、ひとまず脅威がないことを悟ると、銃口を降ろして中へと踏み入った。
早朝、神聖なる修道院内での突然の銃声。
それを聞きつけ迅速に殺到したにもかかわらず、あるのは無惨に荒れ果てた部屋と無惨に朽ちた遺体のみ。
修道士達が怪訝に顔を見合わせていると、廊下から更に1人、上等な司祭服を着た頑健そうな老人が現れた。
この修道院を管理する、傭兵崩れの修道院長だ。
院長は部屋の中へと進みいると、刺客の遺体へとかがみ込む。
銃創を親指と人差し指の先で検め、ふんと一つ鼻を鳴らした。
「……傷口が温かい。あの売女はまだそう遠くに行っとらん」
うっそりと呟くなり、修道士のうち4人までもが速やかに踵を返した。
院長もまた残る2人を引き連れ、部屋の外へと引き返す。その途中振り返り、先走った部下へと冷たい視線を投げかけた。
「……功を焦りおって、愚か者めが」
「いえ、愚か者は貴方もですわ」
転瞬、巨影が音もなく振り来る。
ステファニアは地面に降り立つや、まず護衛の片割れ、向かって左手に立つ修道士におビンタを放った。
不意打ちの殴打に修道士の頚骨が捩じ切れ、そのまま身体が一回転──男の身体を抱き止めるなり、手放したサブマシンガンを鮮やかにキャッチ、フルオート一斉射。
──BLALALALALAAAAM!!
けたたましい銃声と共にもう一人の護衛が打ち倒される。院長は咄嗟に伏せた。右肩に激痛と灼熱。呻きながら半身を起こすと、いかつい体躯のシスターが銃口を向けていた。
「バカな……何者だ、貴様ッ……!!」
「貴方の言うところの『売女』ですわよ。お探しになっていたのではなくて?」
「ステファニアの影武者か? それにしては、あまりに…………」
──漢らしい。
震える唇で口走ろうとした矢先、額に銃口がねじ込まれた。
「何故、今更暗殺を? そんなにわたくしが邪魔でしたのなら、とっとと死刑にすればよろしかったのではなくて?」
「お偉方の考えることなど知らん! 我々は命令に従ったまでの事!」
「ではその命令を下したお方は?」
「……金払いのいい貴族という事しか分からん!!儂はただ、匿名の手紙と小切手を受け取っただけだ!! 牝豚一匹を殺せば7億フィルだぞ!? 乗らないバカが何処にいる!?」
「なるほど。ではわたくしからも赦しと祈りを」
──BLAM!!
恩寵たる銃弾をブチ込み沈黙させると、ステファニアは十字を切ってから院長の懐を目当てのものがないかを探った。
「──おゲットですわ」
はたして手に入れたのはこの施設に通じる院長専用のカードキーと、件の依頼者が送ってよこした手紙と7億の小切手だった。ド庶民が生涯見ることのない額だけに、肌身離さず持ち歩いていたようだ。
「尤もコレ、贋作みたいですけれど」
どれだけ精巧に作ろうと令嬢の目は欺けない。ステファニアは院長の夢の切れ端を真っ二つに引き裂き、手紙の方に目を通した。
消印は昨日、封蝋も印象もなし。だが驚くべき事に肉筆だった。インクも紙質も上等な物で、実に流麗な筆跡で「一カ月以内に大逆人を殺せ」という味気ない指令が書いてある。どうもこの筆跡から貴族のものと判断したようだ。こちらは懐にしまっておく。
「さて──」
奪るべきものは奪り、待ち望んだ日が訪れた事も知った。すなわちついに訪れたのだ──打ち切りの先にある、まだ見ぬ物語の続きの日が。
もはやここに止まるべきではないと、令嬢の勘が告げている。
ステファニアは傍に転がる骸から更にもう一つのサブマシンガンと弾倉を奪うと、颯爽と優雅に己の獄を後にした。
廊下をしばし進み続けるうち、けたたましいサイレンが鳴り始める。
それは設立以来静謐であったこの島の、最初にして最後の狂騒と合図となった。
「──征きますわよ、打ち切りの向こう側へ!!」
◆
1時間後──聖アサイラム修道院全防衛システム、沈黙。
難攻不落のかの施設の陥落が皇国中に広まるのは、これより一週間後のことになる。