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沈黙の回想録

 ムビニア大皇国、皇都クエンティン。

 皇王家の成立以来およそ300年に渡る歴史を紡ぐ大帝都の中枢区画、皇宮よりほど近い宮廷裁判所にて、ステファニアは大逆人として判決を受けた。


「被告人、ステファニア・シーゲイル。汝のオスカー・ムビニア皇太子殿下との婚約関係の破棄と共に極刑を申し渡す」


 開廷するなり裁判長の冷厳なる一言に、傍聴に集った数百人の貴族達はどよめいた。


 一切の陳述なし、弁護なし、そして何なら主文すらなし──皇王家に次ぐ地位を持つ大貴族、シーゲイル大公の長女に対する理不尽極まる仕打ちにも関わらず、非難の声はひとつとしてない。


 それもその筈、今回の法廷で裁かれているのはかの皇王家のご嫡男、オスカー殿下暗殺未遂事件なのだった。


 ことの次第はこうである。殿下がお通いあそばされる聖ホーリーウッド学園での学園祭での催しに向け、共連れをつれて早朝、学園の門を潜ろうとした矢先、横合いから突撃してきた黒塗りの高級馬車が殿下とご学友を跳ね飛ばさんとしたのである。


 危うく不幸(ハードラック)とお踊り(ダンス)あそばされる所だった殿下は、近頃懇意と噂される一般令嬢、エミー・グラミー嬢の身体を張った救助により間一髪難を逃れるに至る。


 事件後に物証として押収された馬から馬車からその他諸々、その全てがシーゲイル家由来の物であることが次々と発覚。


 そして当日、ステファニア嬢にはアリバイがなく、またエミー嬢とは常日頃から一触即発の間柄であったと言うのは衆目の知るところでもある。


 積み上がった状況証拠が限りなくクロに近い灰色である事を示唆している……となれば、迂闊に弁護も擁護も行なうのは危険そのもの──もとより莫大な資産を背景に、半ば金で買う形で大公の地位と皇王家への接近を行っていたシーゲイル家の失墜を望む物は数多く、その一人娘を庇い立てる義理も何もあったものではないのである。


 しかし不可解なのはその動機である。

 そもそもステファニア嬢はオスカー殿下とは婚約者の間柄、国家予算の数倍もの輿入れ金を背景にしたこの約定は皇王家と言えどまず翻せるものではなく、たとえ殿下の御心が別の令嬢をお求めになられようとも立場がそれを許さない。


 犬猿の仲とされるエミー嬢とてその事はよく理解しており、あくまで殿下との関係は御学友としての範疇を出ていないのは関係者の証言でも明らかだった。


 つまりは何も手を下さずとも、地位も名誉も資産も何もかも、全てを生まれ持って生涯を全うできるはずだったのだ。


 なのに一体何が、ステファニアを大逆に走らせたのか──そして実際、本当に彼女が犯人なのか。


 その二項の真相こそ、この場に集ったお歴々の求めるものであった。


「被告人、何か言い残す事はあるかね」


 霜の降りたような裁判長の声音が、法廷内に殷々と響く。


 これに対してステファニアは、


「──わたくし、やりましたわァッ!!」


 あろうことかガッツポを決め、いわゆる「おコロンビア」のポーズで絶叫した。


 よもやまさかの衝撃の自白。だが当人にとってこれは快哉(・・)だ。


 ◆


 ステファニア・シーゲイルは大公の娘であると同時に、前世を持つ転生経験者である。

 前世はしがない場末のOL、趣味は漫画にアニメにゲームにネット。


 先の見えない現実生活の隙間を推し活で埋め続ける、まぁどこにでも居るn分の1にしか過ぎなかった彼女だが、当時最推しの漫画が唐突な打ち切りを喰らったことによって全身から血と汗と涙と諸々の汁を垂れ流して爆散して怪死。


 そして次に目覚めた時には、推しの漫画の悪役令嬢、ステファニアとして生まれ変わっていたのである。


 困惑したコンマ2秒後、彼女の歓喜は爆発した。


 ──それってつまり、推しと出会える!?


 いやさそればかりではなく、何ならめっちゃ濃厚に絡めてしまう。待って無理無理絶対しんどい……なんて奥ゆかしい感性を持っていたなら憤怒で怪死などしていない。


 ──わたくし、やってみせますわ!!


 かくして始まる令嬢としての生活──目眩く恍惚と悪徳の日々。


 全身全霊で彼女は「ステファニア」を全うし、そしてついに辿り着いたのだ──そう、この断罪(打ち切り)シーンまで。


 ◆


 ともあれそんなことは所詮彼女のごく個人的な都合、はたから見れば狂人のそれ。

 法廷にお集まりのお歴々は非難轟々、異口同音にステファニアを侮蔑と罵倒を投げつける。しかしステファニアは有象無象など意に介さず、法廷の右手、証人席に陣取る1組の男女にのみ意識を注いでいた。


 均整の取れた長身足長、プラチナに輝く金髪の生え際、生々しく残った包帯と彫りの深く整った白皙の美貌の殿方と、その隣に可憐に佇む栗色の柔らかな髪の美少女。誰あろうこの2人こそ、今回の事件の被害者であるオスカー殿下とエミー嬢である。


 2人は困惑と憐憫が入り混じった表情でステファニアを見下ろしている。


 しかし油断してはいけない。深淵を覗こうとする時、深淵(ステファニア)もまた推しカプを見ているのだ──どさくさ紛れに手を繋ぎ、しっかり指まで絡めあっているのを。


「──がは(好き)ッッ……!!」


 おおっといけない吐血吐血。尊みが過ぎると吐血してしまうのは前世からの悪癖だ。

 もっとも周囲にとっては突如発狂して吐血しゴンロゴンロと床面を悶え転がる令嬢らしき何かでしかなく、従って法廷の皆さんのドン引き&困惑ぶりは加速の一途を辿って行く。


「裁判長!! 宣告はもう終わったのだろう!? 早く閉廷させるのだ!!」

「し、しかし被告の吐血が……」

「放っておけ!! この者はいつもこう(・・)なのだ!! ペースと奇行に呑まれるな!! 心労で胃をやられるぞ!!」


 流石は殿下、ご幼少のみぎりより何度も振り回されているだけあってイヤに実感がこもってらっしゃる。


 殿下の叱咤に裁判長が弾かれたように木槌を打ち鳴らすと、衛兵が2名、左右より躍り出て心底嫌そうに紅に染まったステファニアの両腕を掴み引きずり出した。


 騒然とする法廷に呪わしい血の軌跡を描きつつ、稀代の悪女が遠ざかっていく。


「さらばだステファニア!! 刑の日取りは追って通達する!! それまで神妙に過ごしていろ!!」

がばごぼがばっ(お二人とも)!! あばばばばヴぁ(お幸せに)ーーーッ!!」


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