――こいつ、バラしたら—―
――こいつ、バラしたらいくらで売れるかな。
――三十万ドルはかたい。〈第五〉の最新機体だ。
わたしの意識レベルが周囲のスキャンを可能になるまで回復したので、試しにやってみた。が、構造物に阻害された。探索機体のスキャンは機体単独と専用衛星とのリンクがある。今使ったのは衛星とのリンクだ。衛星からのスキャンが効かないということはつまり、ここは地下三十メートル以上の深さの迷路のなかということだ。カトマンズかその近郊で地下三十メートルの迷路を用意できる非友好的団体というと考えられるのはラナ宰相家だ。ネパールを三百年以上しゃぶりつくした専制君主たちにわたしは何をしただろう? 彼らのドラ息子をダルバール・マルグでリムジンごとバラバラにした? ダサラトゥ競技場のビール販売ロボットをハッキングして、ビールのかわりに詰め込んだガソリンで、彼らの支持者たちを焼いた? ……ああ、パシュパティナート寺院を〈ファクトリー〉にしたんだったね。
スーザンは〈ファクトリー〉の十年は現実の一秒と言っていたが、もう少し時間が経過していたようだ。二十五時間七分十三秒。
さて、ラナ宰相家が〈ファクトリー〉のどんなことを知りたがっているのか分からない。こういうときは意識が戻っていない状態を維持すべきだ。人間というのは眠っている人間よりも起きている人間を虐待したがる。この決まりは構築機体にも適用される。わたしだって家畜制御用のテーザー・ステッキでつつかれるのは面白くない。
――腕がなくなってなければなあ。もっと高く売れるのに。
恥ずかしいことにそこで気がついた。わたしの左腕がなくなっていることに。この部屋に設置されている監視カメラをハッキングして見てみると、わたしはエネルギー制御チェーンで壁に磔にされている。わたしの左肩の付け根から閉鎖済み循環系統のちぎれたコードが飛び出てミミズの精神病院みたいになっている。ちょっと思い出してみると、あの魚だ。フィルを助け出す直前に、あいつに左腕を食いちぎられた。どうして忘れていたのだろう?
フィルはこの部屋にはいない。いるのはふたりの拷問将校。ダブルブレストの悪役みたいな軍服にサングラス、時代遅れの金モールの肩章から考えて、彼らの所属は観光省親衛隊だ。ラナ宰相家の直属組織で秘密警察以上に秘密警察な連中だ。彼らふたりのうなじには多目的仕様の差込口がある。強化手術を受けた人間だ。これはありがたい。あの差込口からハッキングしてやれば、この迷路のマップとシステム・キーを引っこ抜ける。引っこ抜く場合、解除キーを使ってやらないと、人間側の精神が崩壊してしまう。だから? それでフィルがわたしを責めたりはしないだろう。問題はわたしを壁に磔にしている制御チェーンが割としっかりした代物で、意識フィールドが落ちているふりをしながら、解除させることができない。試しにハッキングを試みているが、何度も弾き返されている。いつかは成功するだろうが、あまり失敗が続くと、謎のデバイスからしょっちゅうハッキングされていることがバレて、拷問将校たちがわたしをいじめ始めるかもしれない。
ここでちょっと人間の意識について一家言。どこかで爆発が起こると、人間の意識はほぼ全部そちらに向けられる。強化人間も例外ではない。爆発がもたらす情報――被害、実害、損害が多すぎて、オツムのキャパがいっぱいになる。だから、地下迷路に轟く連続爆音がきこえたとき、百キロ先から見てもハッキング中と分かるくらい、大胆な手法をとっても、ふたりの悪役強化人間は気づかなかった。空手チョップでふたりの首を真横に曲げて軽く始末すると、わたしは彼らを殺したことをフィルにどう言い訳するか考えた。あいにく、やってきたのはフィルではなかった。
「ねえ、ムツノカミ。扉って何のためにあるんだと思う?」
不愛想なことはフィルにも負けない、少女型特殊作戦機体〈ムツノカミ〉は壁にぶち開けた穴から外の廊下に出て、扉を殴って開けた。蝶番がちぎれた。違法カジノ風の、覗き窓がついている鋼鉄のドアは拳の形にへこんでまっすぐ吹っ飛び、アンティークな電気椅子を押しつぶして、軽く十万ドルの損失をラナ宰相家に与えた。
見ようによっては彼女はわたしを助けに来てくれたのかもしれない。じゃあ、ポケットの最後の百ドル札で、これをなくしたらトラックに轢かれるしかないとして、ムツノカミがわたしを助けに来たに賭けるかと言われれば、賭ける。そういうお金をありえない大穴に賭けるのはゾクゾクする。だが、善良な一般市民としての考え方(わたしがそんな考え方をするなんて。まいったね)でいくなら、まあ、フィルを助けに来たに賭けるだろう。それで百二十ドルになって帰ってきて、そんなふうに固い賭け方をしたら、やっとのことで一万ドルになって、そうしたら、逃げた奥さんと子どもが帰ってきて、新しい仕事を見つけて、人生再出発するというそのときになって、ガス会社の安普請なパイプが爆発して、保険金が十万ドル降りてきて、奥さんと子どもは末永く幸せにくらしましたとさ。めでたしめでたし。
さて。そろそろ現実と向き合おう。
「久しぶりだね、ムツノカミ。ケープタウンからカサブランカまで銃弾、ミサイル、スローイング・ダガーとひと財産ものの金属をばらまきながらアフリカを縦断したことが昨日のことのようだよ」
「フィルはどこ?」
「思えば、モロッコに行ったのは正解だったね。だって、エジプトでスフィンクスを傷つけたら、〈第五〉にはとんでもない請求書が――」
わたしの足元へ弾が飛び込み、跳ね返り、死んだ悪者の体にぶすぶす突き刺さる。
「フィルは、どこ? こたえなさい」
「ここにはいない。この場所は非常用ビーコンで?」
「あなたには関係ない」
「どうやってここを突き止めたかくらい教えてくれてもいいじゃないか」
「ビーコンよ。〈ファクトリー〉へ侵入後、二十四時間後に連絡がなかったら、発射されるようにフィルがセットしていた。それが?」
「用意のよろしいことで。そうだ。わたしがフィルを探すのを手伝ってあげよう」
「あなたの手は借りない」
「さっき、そこの強化人間からマップを引っこ抜いた。結構、入り組んだ道で、しかもフィルが閉じ込められている部屋にはフィルを数十秒でボルトとナットに分解できる装置がある。あんまりあちこち吹っ飛ばすのに時間を費やしていたら、フィル救出作戦はボンベイのパーツ取りバザーでフィルを買い集めるところから始まって――」
「分かった。でも、妙な真似をしたら殺す」
「フィルも同じようなことを言うんだ。わたしってそんなに信用ないかな?」
鉛入りの緑のペンキを腰の高さに塗った廊下には発電装置を内蔵した重装備兵が二体倒れていた。外部刺激によって電気系統をやられ、スーツ内感電を起こしたらしい。この重装備がネパールでは現役なのに、イギリスや第二次帝政ロシアでは全く使われていないのはこの不安定さにある。ムツノカミはアサルトライフルを構えて、曲がり角をひとつひとつクリアしていく。わたしは悪役ネパール将校から奪い取った極めて単純な構造のサブマシンガンを奪い取り、予備のバナナ型弾倉もふたついただいた。イギリス製スターリング・サブマシンガンのリバイバルで射撃補助のためのちょっとしたアタッチメントがつけられている。何よりこれは連射速度がそこまで速くない。片方しか腕がない探索機体で、しかも〈ファクトリー〉の余韻でほろ酔いになっているときに、一分間に二千五百発連射できるサブマシンガンを使うのは危ない。反動をさばき損ねて天井を穴だらけにするくらいで済めばいいが、うっかりムツノカミを背中から撃ってしまったら、誰がわたしを助けてくれるだろう?
ムツノカミは三点連射とグレネードの組み合わせで曲がり角やドアの向こうを次々と吹き飛ばしていく。
「安全確認にドローンや空間認識スキャンを使わないのは何かの宗教的信条なのかい?」
「?」
「どうして、ドローンを使って様子を見る代わりにグレネードで吹っ飛ばしていくんだい?」
「グレネードはまだまだたくさんある」
「いや、そうじゃなくて」
「これが一番確実だ」
確かにグレネードを放ると、ときどきステルス機能に完璧に守られたと思っているネパール兵の叫び声がきこえる。その声はまもなくグレネードの破裂にかき消される。爆音と肉の飛び散り具合を分析をしてみて分かった。ムツノカミのグレネードは世界連邦軍の制式グレネードを改造して二倍近い炸薬を使っている。フィルやムツノカミは規律に生きているように見えるが、破りたい決まりはこんなふうに破る。そのズルさこそ、イリーガリズムが存在し、少なからぬ支持者を得た秘密なのだ。
盗み見させてもらっている監視カメラでは観光省親衛隊の隊員たちがテキパキ動いて、我々の退路を断とうとしていた。ここに永住するつもりはないが、今すぐ逃げるつもりもない。
ただ、ムツノカミのグレネードが刈り損ねた親衛隊員をわたしが刈るという二重構造もだんだんうまくいかなくなってきた。敵は監視カメラでわたしたちの位置を正確に知ることができるので、我々の硬直した作戦立案能力は行き詰まりを見せ始めてきた。
つまり、敵に後ろから撃たれ始めたわけだ。
わたしやムツノカミは構築機体だ。九ミリ・パラベラム弾が連続して当たったくらいで機能停止に陥ったりしない。撃たれたら「あ、当たったな」と思いながら弾が飛んできたほうを向き『銃弾が当たったものはこれ等しく斃れなければならない』という人間同士のルールを構築機体にも当てはめようとしたツケを命で払わせる。人間は本当にもろい。一発の弾丸で死んでしまう。車に轢かれたり、高いところから落ちたり、未消毒の水を飲んでコレラになったり。強化人間だって例外ではない。たいていは情報処理能力向上のためのインプラントを導入しているのであって、構築機体と変わらないほどの戦闘用インプラントを導入することはない。人間がそれをすると、約五十ヶ国の観光ビザが取れなくなる。だから、人間はもろいままだ。まいったね。
だが、そんな人間よりももろい存在があるとすれば、わたしがいま使っているサブマシンガンだろう。一発か二発撃って、空薬莢が排莢口にひっかかって射撃が止まる。そのたびにボルトを引いて、空薬莢を抜こうとするのだが、これがちっとも動かない。もちろん力ずくもできるが、そうなると、ボルトに致命的な出っ張りやへこみができて滑らなくなり、完全なポンコツと化す。だから、人間の握力くらいを想定した微妙な調整が必要だ。結局、弾は四十秒に一発しか撃てないが、この速度は熟練したマスケット銃兵の火縄銃発射速度より遅いと言うのだから泣かせられる。まいったね。
こんな弾詰まりが七回続いたところでわたしは銃を放り捨てた。やり直す機会は十分与えたつもりだ。だが、裏切られた。終身刑を食らっていたところを仮釈放されているテロリスト機体が機会を与えるなんて、ずいぶん高慢な話だ。でも、七回だ。七回。うんざりするのも分かるだろう。
ムツノカミは銃がないわたしを弾避けとして使った。エネルギー銃が仕込まれていたのは今は亡き左腕だし、ナイフはどこかに行ってしまった。一体三千万ドル、開発費は天文学的なわたしを弾避けに使うムツノカミの豪胆さは尊敬に値するが、弾が体に当たって潰れたり、表面の有機組織を削ったりされるのは痛くはないが、くすぐったい。よく戦闘機体は相手を撃つとき笑っていると誤解されるが、それは着弾時のくすぐったさが原因であり、愉快だからではない――わたしを除いては。
さて、弾に当たっても死なないとはいえ、戦闘用ではない探索機体には限界というものがある。わたしはさりげなく、その限界について仄めかしてみたのだが、知っててやっているのか、全部無視されている。
緊急エレベータを落として、そのシャフトで下まで行き、フィルが閉じ込められているフロアへ着くと、ムツノカミはわたしをシールドにするのをやめて、積極的に弾に当たりにいった。体じゅうを傷だらけにして、おまけに自動アーマー兵器のロケット弾を左腕にわざと食らってちぎれる寸前まで持っていった。満身創痍だが、まだ足りないと思ったのだろう、落ちている軍用ショットガンを拾って、それをわたしに押しつけ、左のふくらはぎの後ろとお尻を撃たせた。
思考モジュールが故障したように見えるが、彼女の思考は冴えに冴えてて絶好調だ。いまのムツノカミはフィルを助けるためにかなりの無茶をした健気な戦闘機体に見える。なるほど、ムツノカミは人間から与えられた白紙小切手(感情)をこういう形で振り出した。それは恋であり、わたしが手を貸したのはフィルの親密さを最上にまで引き上げるためのトリックだ。もちろん、彼女は愚かではない。全身傷だらけで左腕が取れかけているが、作戦遂行に必要な戦闘能力がそがれないよう気をつけて弾に当たっている。それに顔への被弾も避けた。わたしは何の見返りもなく詐欺瞞着的行為の片棒を担がされたのだが、これはわたしが犯した罪に比べれば軽いというのがムツノカミの主張だ。それは確かなのだが、狡猾さについては同等、もしくはそれ以上だ。
ただ、利害の一致があるので困ったところだ。フィルは恐らく〈ファクトリー〉の干渉から自分を守る緊急避難として、自分を休眠させている。目が覚めたときにいるのがわたしよりムツノカミのほうがいろいろ面倒ではないのは確かだ。
フィルが解体用ベッドに縛りつけられた手術室には五人もいた。その全員に胸に二発、頭に一発で片づけると、早速、ムツノカミは〈第五〉執行機体にだけ与えられている緊急起動キーを入力し、フィルを目覚めさせた。
「――ムツノカミ?」
「助けに来た。脱出する」
「その損傷は……」
「大したものじゃない」
本当に大したものじゃないよ。
「くっ……すみません。僕のせいで」
確かにフィルのせいではある。間接的にではあるが。




