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すり鉢状の大きな穴—―

 すり鉢状の大きな穴。

 それが〈ファクトリー〉に存在する未知の解答だった。

 よく見れば、露天掘りの坂道が穴の表面を螺旋を描くように上っている。まるで資金が尽きたように蒸気仕掛けの起重機や土を運び出すベルトコンベアが坂のあちこちに放棄されていた。

 穴のまわりはジャングルで、緑の壁に閉ざされて、通り抜けられそうにない。

「やあ」

 声をかけられ、ふりむくと口ひげの男が立っていた。赤いニット帽に安物のジャケット。異常に出っ張った白い額。手にはオレンジを持っていて、分厚い皮を少しずつちぎって捨てている。後ろには小さな子ども。携帯ゲーム機に夢中。ジョッキマンのTシャツに膝より長い丈の脛が剥き出しのズボン。短く刈った頭をときどき男がオレンジ臭い手で撫でている。わたしは大量殺戮テロリストだから分かるが、この男は間違いなく、未成年を殺している。少なくとも五人。レイプしたかどうかまでは分からない。わたしは構築機体なのだ。セックスについての機能はないので、どうでもいい。

「こんばんは。いい夜だ」

 確かに空は黒い。星はひとつもかかっていない。だが、地面は白々としていて、昼のように何もかもがすっきり見える。しかし、ここは〈ファクトリー〉。そのくらいのことで驚いてはいけない。

「ここはどこなんだい?」

「分からないね」連続殺人鬼が言った。「ただ、この空間の存在する目的はそこの穴をどんどん掘ることなんだ」

「童顔の機体を見なかったかな?」

「見ての通り、ここはスチームパンクの世界さ。人類進化の別バージョン。幸い、水には困らないし、きみは人間じゃないから、マラリアの心配はしなくていい。なに、そう難しく考えないでくれ。きみはここでポイントを稼ぐんだ。手始めに蒸気苦力スチーム・クーリーを三体動かしてみよう」

 アヘンで痩せた苦力たちは何もかもがのろかった。機体は蒸気機関で動き、火のついた石炭をときどきこぼしている、針金でつくった辮髪がゆらゆら揺れるごとにツルハシが石を割った。だが、ツルハシの先端が黒ずんだら、ヤスリをかけるくらいの簡単なメンテナンスがインプットされていない。蒸気苦力は間違いなく、ここで使える採掘機械のなかでも最低ラインの代物だった。

「どうやったら戻れる?」

「ステージを終えることだ。第一のステージはきみの相棒を助けるところまでだ」

「相棒? フィルのことか? フィルはわたしとの関係は一種の主従関係だと思っているんだけどね」

「きみがボスかい?」

「まさか。それでフィルはわたしの助けが必要なトラブルに巻き込まれているのかな?」

「埋まっている」

「なるほど」

 しかし、わたしがフィルを助けるとは。フィルにとってはみじめこの上ない話だろう。わたしに助けられるフィルよりもみじめな存在というと、腐乱した水死体くらいしか思い浮かばない。ところで、苦力たちがツルハシをふるって土に突き刺すたびにその頭上を『2 point』とか『3 point』とか数字が出る。このポイントが稼ぎとして多いのか少ないのかは分からないが、例の連続殺人鬼が言うには、このポイントで鉱山の施設を制作できるとのことだ。なかなか興味深い。施設一覧を見せてもらうと、キリル文字の筆記体みたいな蔓草で四方を縁取られたメニュー表に様々な施設と一緒に、様々なバフ機能、様々なアップグレードがやはり筆記体で書かれていた。蒸気苦力一体追加が300 point。発掘速度の上昇バフは1200 point。わたしは蒸気苦力を見た。のろのろと動き、のろのろと2 pointを稼ぐ。

「ここでの経過時間と外の世界の経過時間は? えーと」

「スーザンと呼んでくれ」連続殺人鬼は言った。

「スーザン。ここで十年過ごしたら、外でも十年経過していると、ちょっと厄介なことに巻き込まれるんだ」

「そのことなら心配はない。ここでの十年が外での一秒だ」

「まあ、十年もいる予定はないんだが」

 スーザンは子どもの手を握って、そのまままわりのジャングルに消えていった。ソトフはわたしが思っていた以上にビョーキだったのかもしれないと思いながら、我がスチーム奴隷たちが2 point稼ぐ姿を眺めていた。空中には真鍮のパイプに艶消しセルロースの数字板を吊るした計測ウィンドウが浮いていて、これまで稼いだポイントが表示されている。桁数は三十近くある。現在のポイントは1348 point。わたしは少し貯めることにした。そして、3000 pointが貯まったところで、竹製のアヘン小屋を作った。何か文句でも? どうせわたしはテロリストの愉快犯だ。世界連邦はわたしをあそこから出すべきではなかったということだ。

 竹製のアヘン小屋はベッドが五つある。四方の壁に四つ、ぴったりくっついていて、真ん中の邪魔な位置にひとつ。ベッドはどれも安物の竹製で竹を結んで板にしたつもりの代物がたこ糸で結んだ足の上にかろうじて乗っている。ぼろきれが敷いてあるだけなので、寝心地は最悪だろうが、そもそもアヘン中毒者たちは雲の上に飛んでいくので、関係ないだろう。壁には色あせたポスターが一枚――1930年代上海の若い娘が赤いヴァージニア煙草の箱を手に笑っている。結んだ竹板をつっかえ棒で開いた窓だけが灯りなので、薄暗い。アヘンは入り口のそばの小さな壺に入っていて、喫煙パイプや針、青い陶器の豆ランプと一緒にセットで置かれている。金属が軋む不愉快な音がしたので振り向いてみると、蒸気苦力たちが足をひきずって、アヘン小屋にやってくるとこだった。わたしは様々な悪事をしてきたが、アヘンの吸引の手伝いはしたことがない。映画で何度か見たことがあるが、それが正解なのかどうか自信がない。と、思ったが、苦力たちは慣れたもので、ベッドに寝そべると、横を向き、パイプの火口に針を近づけた。針の先にくっついているごく小さなアヘンの玉を豆ランプであぶって、チュウチュウ吸いだした。夏の雲のように濃密な煙を吐き出しながら、苦力たちは金属の体を置いて舞い上がって、宇宙士官候補生(スペース・カデット)になり、ビッグバンを見物しながらはじけ飛んでいった。

 おやおや、と言われて、振り向くと、スーザンが血塗れのタイヤレバーをタオルで拭きながら、わたしのアヘン小屋を覗きに来た。もちろん、子どもはいない。

「アヘン小屋はあまり役に立たないんだ。一時的に発掘できるポイントが高くなるだけで、そのうち中毒の反動でもがき苦しみ、発掘ポイントが半分になってしまう」

「それをきいて、ますます作ってよかったと思ったよ。もっとグレードアップはできるのかな?」

「できるけど、次のグレードは20000 pointだ」

「気の遠くなる話だ」

「蒸気苦力を増やしたほうがいい。今なら二機増やせる」

 しかし、2 point算出が二機増えたくらいでは稼ぎ方はたかが知れている。すると、スーザンは手動での発掘もできると言い出した。つまり、わたしにツルハシを握れというわけだ。そんなことするくらいなら、ガレー船に戻って、パシャの首の完成度を上げているほうがマシだ。

 地道に苦力を増やし、アヘン小屋はローテーションで使わせることにした。そのうち安物のベルトコンベアーを800 pointで購入すると、これが7 pointくらい稼いだ。表面がカサカサになったマレーシア産ゴムのベルトの上を青く光る鉱石が登っていく。そして、それが鉱石箱に落ちる瞬間にポイントが加算された。経営者の観点から言えば、ベルトコンベアーはアヘンも吸わないし、単価が大きいので好ましい。だが、わたしみたいな悪いロボットからすると、少々退屈だ。

 そこで改造してみることにした。ただ、作りはスチームパンクであり、ハッキングなどはできないから、アナログ手法で改造するしかない。ただ、ネジを外してなかを見てみると、意外にハイテクだった。ロジックブロックがいくつか、専用スペースに組み込まれていて、その組み方を変えると、ユニットのスペックが夢のように跳ね上がる――別のスペックを犠牲にすることにはなるが。もちろん、ロジックのせいでベルトコンベアーに殺人衝動が生まれてしまい、マーダー・コンベアーになってしまう可能性もある。しかし、〈ファクトリー〉での殺人が罪に問われるかは微妙だし、ここで生身の人間なのはスキャンした限り、スーザンだけだ。スーザンは殺せば、表彰してもらえる。とにかく、わたしは機械の寿命は激減してもいいから、発掘スピードを殺人的なレベルにカチ上げてみた。すると、最初は15 pointくらい稼ぎだしたが、750 point稼いだところで、安物のゴムが負荷に耐え切れず、はじけ飛び、苦力の辮髪に絡みついた。苦力はそのままベルトコンベアーに引きずり込まれてバラバラになった。ベルトコンベアーが800 point、蒸気苦力一体が300 point。面白い絵だが、これでは採算がとれない。

「仕方がない。蒸気苦力を購入しよう」

 テロリストが経営シミュレーションなどするものではない。改心してしまいそうだ。たとえばアヘン小屋だが、潰してしまおうか、本気で考えている。苦力たちの歩みは非常にのろいので、採掘場と小屋を往復する時間だけでも30 pointは稼げるはずだ。それに苦力たちはアヘン小屋がなければないで、働き続ける。アヘン小屋など百害あって一利なしだ。そのことはスーザンからも教えられている。だが、これを潰すのはわたしのこれまで積み上げてきた考え方にそぐわない。そぐわないのだが、チュウチュウ音を立ててパイプを吸って横になっている苦力たちを見ていると、もどかしいのだ。なんとか、安物のベルトコンベアーを買うところまで戻ってきたが、機関部のロジックをいじる気にはなれない。いや、いじらなければいけない。いじって、人間を襲うマーダー・コンベアーにしなければいけない。それがたとえ苦力たちを襲うことになっても。だが、どうしてもできない。やっと採掘作業が軌道に乗ってきたのに、それを自分でぶち壊すなんて。ああ、どうもいけない。わたしは完璧に経営者サイドに立っている。もし、ここでテロリストがあらわれて、わたしのかわいい苦力や高価なコンベアーを破壊したら、間違いなく殺すだろう。

 テロを憎むなんて。これはひょっとすると、〈ファクトリー〉のハッキングの手法なのだろうか? 

 わたしのかわいい苦力たちが何か騒いでいる。見れば、水脈に掘削道具を入れたのだろう、穴の底に大きな水たまりができて、採掘場が水没していた。これではポイントがたまらない。揚水ポンプはいくらかな?とメニュー表を手に取ったとき、苦力が汽笛を鳴らした。見れば、わたしのかわいい苦力が一体、水に引きずり込まれている。水たまりに化け物が棲んでいるのだ。

 このとき、わたしは滅多にないことだが、本気で頭に来た――ポイント加算を停止させ、わたしのかわいい一体300 poinntの苦力を飲み込んだこの怪物に、わたしは我を忘れて飛びかかった。我は忘れたが、小さなエネルギー銃とサバイバルナイフ一本しか持っていないことは覚えていた。これで自分よりはるかに大きな化け物を倒すには原始の人類がクジラを倒す方法をなぞるしかない。ナイフを頭に突き刺して、脳みそを潰す。幸い水はグレートバリアリーフみたいに澄み渡っているので、敵を捕捉するのはそう苦労はしない。大きな醜い顔の魚、その分厚い唇からはわたしのかわいい苦力の足がはみ出ている。苦力たちはスチームパンク・レベルの造形、つまり、機械部品が剥き出しの機械人間だ。それがいいという人間もいるだろうが、この魚は肉が食べたかったらしい。わたしのパーツのうち、非有機部分はスーツで隠れているので、魚からしたら、わたしは人間そのもの。哀れな話だ。ここで人間なのはスーザンと彼の犠牲者たちだ。そして、スーザンは獲物を魚と分かち合うつもりはない。そんな哀れな水畜生に三十分の格闘の後、頭にナイフを突き立て、切り開き、中身を引きずり出した。

 それはフィルだった。

 その瞬間、わたしはプラグを引っこ抜かれるように〈ファクトリー〉から脱出させられた。

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