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まるでまどろむように—―

 まるでまどろむように〈ファクトリー〉から脱出したわたしが最初に見たものは燃えるバナナだった。どの木にも火がついていて、収穫ロボットが燃えながら飛び交って火災拡大に貢献している。

 ソトフ万歳(ビバ・ソトフ)

 衛星からの映像にアクセスしてみると、アメリカのポケット全体が燃えていた。バナナ共和国の落陽。

 隣にはステータス休眠状態のフィルが護衛ポットのなかに納まって、バナナ・カーの荷台にしっかり固定されていた。

 わたしはただ転がされていて、意識が戻ったのは荷台の端から転がり落ちる寸前だった。

〈ファクトリー〉を調査し、スリープ状態に陥ったわたしたちの脱出のためにバナナ・カーを運転し、フィルを丁寧に、わたしを雑に扱う特殊作戦執行機体と言うと――、

「ジェスター! フィルは目覚めたか!?」

 ムツノカミが叫んだ。

「まだ、スリープ状態だよ」

 ボム!と音を立て、収穫機械の黄色と黒に塗られたアームがボンネットで跳ねた。

「何があったんだい?」

「プランテーションの全ての労働者が一斉蜂起した」

「ソトフの仕業じゃないな」

 これではバナナ帝国が滅んでしまう。

「誰の仕業だろうが構わないが」と、ムツノカミ。「ボルトとナットになりたくなかったら、少しは戦え!」

 バナナ・カーの荷台には二〇ミリ機関砲が据えてある。これを人間に対して使うことは現在もハーグ陸戦条約第二十三条第五項で禁止されているが、農民たちが自動小銃を乱射しながら、次々とあらわれるなか、自己防衛に採用できる手段は限られている。機関砲を真横に向けて、発射するとバナナの樹が農民たちの上に次々と倒れた。攻撃ドローンは敵味方見境いなく動くものに二百キロ爆弾を落としていて、甘く焦げたバナナのにおいが人間の燃えるにおいと混ざる。わたしが調香師なら自分の頭を吹き飛ばしたくなるほどひどいにおいだ。

 複葉ドローンが二機、こちらの進行方向から飛んでくる。アクセスしてみると、このバナナ・カーに友軍のピンを打っていないことが分かった。その積載兵器にはフラ・ガールが描かれたナパーム弾。

 0.1秒でムツノカミと共有すると、バナナ・カーは急ハンドルを切って、真横に伸びる収穫道路へと飛び込んだ。それから二秒後にはゼリー状のガソリンが全てを焼き払っていた。

 それから、バナナの葉やら、コルクの帽子やら、人体の一部やら、ドローンの尾翼やらが飛び交うなか(しかも全てが燃えるガソリンゼリーに包まれていた)、バナナ・カーはバナナの皮でスリップするという屈辱的ヘマをして、スピンし、遠心力がわたしたちを外に投げ出した。フィルを入れた護衛ポッドはゲリラ戦士たちをボーリングのピンみたいに薙ぎ倒していった。ポッドは熱線を浴びてキャラメルみたいに曲がっている監視塔のすぐ下に転がっていたが、内蔵された電撃銃テーザーはわたしとムツノカミ以外の人間、もしくは人型ヒューマノイドが近づくと発射されるようになっていたから、わたしたちが回収するころには二十人余りのゲリラたちがぶるぶる震えながら体をまっすぐ伸ばして転がっていた。渋るムツノカミから解除コードを教えてもらって入力しているときにポッドのログを読み、フィルは自身が〈ファクトリー〉で採取したデータを既に作戦本部に発信し、さらにわたしの集めたデータをダウンロードしていることを知った。フィルは強制スリープ状態だから、この情報のやり取りはフィルのあずかり知らぬところで行える。この作業ができるのはムツノカミだけだ。

 なぜムツノカミがこんなことをしたのか分からないが、考えてみたいところだ。確かにわたしたちはハイレベルな演算機能があるから、いくつかの命題が正しいかどうかなどの演算は瞬きするよりも速く行える。それでも燃え盛るバナナの森のなかで自分の演算スピードを試すつもりはない。そういうことはコーヒーとクッションでまったりできる環境で考えるべきだ。

 ポッドが圧縮空気を吹くプシュ―という音とともにカバーを開くと、彼女はまだ気を失っているフィルをお姫さまだっこした。つまり、両手が塞がった。自身が特殊作戦機体であり、様々な兵器のプロフェッショナルであるというアドヴァンテージは恋のためにあっさり捨てた。

「わたしとしては、そういう打算的行動は安全圏に到達してからにしてもらえると助かるんだけど」

 ムツノカミがわたしの言うことをきくわけがない。わたしはスコープをつけた韓国製のセミ・オートマティック・ライフルだけを手にこの脱出作戦における武力行使を担うことになった。確かにわたしは当局に協力はしているが、テロリスト機体だ。そのテロリスト機体に銃を持たせ、丸腰で背中を向けるのはどうなのだろう? わたしが二か月の終身刑を受けているあいだ、執行機体たちの行動パターンに何か深刻な改変があったのだろうか?

 アメリカ人エンジニアたちが暮らす安全ゲーテッド・区域コミュニティに到達するまでにわたしは二十三人殺害し、ハッキングされた暴走収穫マシーンを七基破壊し、敵味方の区別がつかないクソバカなドローンを二機撃墜した。銃のほとんどが木造であることを考えると、素晴らしい戦果だ。

 ここのバナナがフェアトレードバナナであることを主張する恥知らずの嘘つきホログラフの下でフィルを寝かせると、ようやくフィルのスリープ状態が解除キーを受けつけるようになった。それは核の発射キーに等しい。このスリープが解かれると同時に彼が〈ファクトリー〉でわたしの奴隷であり、わたしのことを優しいご主人さまと呼んでいた映像と音声が彼のメモリーベースに流れ込むのだ。

 いつの間にか、ムツノカミはいなくなっていて、わたしはあきらめて自身の運を試し、解除キーを入力した。

 目が開くなり、フィルは電気ショックで受けたみたいに体をのけぞらせ、すぐに立ち直り、飛び上がるようにして、わたしの首をレーザーナイフで刎ねようとして、ギリギリで思いとどまった。

 わたしが真剣に相手すればよかったのだが、最初の言葉は、

「おはよう、眠り姫くん」

「あなたはッ――あなたは!」

「いいかい、フィル。あれはわたしのせいじゃない。全部〈ファクトリー〉のせいだ。あそこに立ち入れば何が起こるか分からないことの覚悟はしていたはずだ。そして、あれが起こった。それもリスクのうちだよ」

「……うぐ」

 正論が通るとき、こんな音がする。レーザーナイフが首の安全を確保できる位置まで離れると、わたしは害意がないことを示すために上げていた両手を下ろし、そして、ダメ押しの一撃。

「で、途中でやめるかい?」

「……ソトフを捕捉する。任務は続行です」

 あ、いま、わたしの視界がハッキングされている。

 情報解析デバイスもろくにない機体のハッキングにははっきりと足跡がつく。足跡は空から見ると、ムツノカミと踏まれている。

「一応、礼はいいます。あなたに借りは作りたくないので」

 そして、ぷいっと横を向くフィルのいじけた子犬みたいな態度はわたしの視覚を通して、ムツノカミのメモリーに〈重ね書き不可〉のロックとともに刻まれている。

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