金銀リボン
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
リボン、か。いまどき、少し珍しくなっているような気がするな。
一時期は色合いや大きさもド派手なものが多かったけれど、ここらへんじゃおしゃれグッズとしては、ちょいと下火になっている感はあるかもね。
リボンそのものは、古今東西で重宝されている歴史がある。祭事にもファッションにも、実用的な面でも出番は多いからね。
いわば、人の生活に密着し続けた相棒のひとつといえるだろう。遺伝子レベルでともにあり続けたからこそ、引き出せるポテンシャルもありかもしれない。
それこそ、ごく限られた人しか触れられないような、特別なものがね。
幸か不幸か、私もそれを知る機会に、かつて恵まれてことがあるんだ。そのときの話、耳に入れてみないか?
小さいころ、友達の家へ遊びにいったときのことだ。
それなりに広い一軒家なんだけど、家の中でかくれんぼのたぐいをするのは禁止されていてね。遊ぶときに通されるのは玄関と廊下、トイレをのぞけば居間のみが許されていた。
彼には姉がひとりいて、家を空けがちな彼の両親に代わって、お菓子とか飲み物とか用意してくれるものだから、非常に恐縮していた。
容姿に関しては、まあさすがに姉弟というか、弟である友達の髪を長くして、若干女らしくしたような顔立ちをしている。好みかどうかは人によるだろうから、ここでは詳しく触れない。
特徴的なのが、目にするときにいつも髪の毛をポニーテールに結っていること。
もっというなれば、それを巻いているリボンに関してだ。
文字通りの蝶結びはゆったりとした大きめのもので、おはちから双方がはみ出すほどだから、初見ではアクセサリーか何かを髪につけているのかと思ったくらいだ。
友達の家には年がら年中遊びに行っていたが、そのたびにほぼ顔を合わせるものだから気になったのだけど、それはそれで他に気になることもある。
小学生の自分だから、午後の2時や3時くらいに、家へお邪魔することだってしばしばだ。そこへほぼ毎回、顔を合わせるお姉さんと来ている。
見るからに歳が10かそこらは離れている人。少なくとも高校生以上と見ていいはずなのに、弟より早く家に帰っていて、それがほぼ毎日……?
いかんいかん、変な考えはよそうと子供ながらに思ったものだ。ヘタな憶測で相手の地雷を踏み、こっぱみじんになったあげく、生涯の奴隷になりかけている知り合いをすでによそで見ているのだ。
やぶ蛇なマネはよしておくに限る。しかし、まだまだアホな私は、「それもまたよし」など人の価値観を尊重するようなこともしない。
なかぬなら、なくまで待とう、ホトトギスの精神だった。
私は夜――とはいえ、午後9時ごろと、まだ本当に遅い時間とはいいがたいが――に、そっと家を抜け出して、友達の家の近くまで来る。
同じ学校に通うくらいだから、行き来だってものの数分程度。ちょこっと遠目に様子をうかがえれば、それでいい。
やや高さのある、近くの月極駐車場。そこを囲うフェンスの上へよじのぼって、腰をおろす。
ここからなら友達の家の一階から二階まで、一様に見下ろせた。
幸いにして、視力がまだ衰えていない私は、この距離からでも見ようと思えば、ガラス越しに室内に誰がいるかくらいは分かった。
ただ明かりは漏れているのこそ悟れたけれど、薄いカーテンが引かれているようで、詳細はくらまされてしまう。
いつも通される居間には、家族で囲うテーブルも置かれていた。家族の誰かがいま、あそこで食事をとっているのかもしれない。
二階へ目を向ける。
以前に友達から聞いた話だと、こちらに面する二か所の窓は友達と、その姉の部屋のものだという。
友達側の部屋はすでに雨戸も閉め切って、取り付くしまもない。けれども、一方の姉の部屋の方は閉め切っていないばかりか、窓が開いている。
部屋の中は明かりをつけないまま。そのままであったなら、かろうじて輪郭を読み取る程度で終わっていたのが、目立つ色のリボンのおかげで分かった。
あの姉本人なのだ。
姉があしらうリボンの柄は複数種類あったけれど、これまで遊びにいった中でよく見たのが、金色に銀の粉がまぶされている派手なものだった。
正直、芸人さんが蝶ネクタイとかで着けるような、目立つのを重視するデザイン。少なくとも私は、テレビの中でしか目にしたことはなかった。
やっぱり変わった姉さんなんだなあ、とぼんや考えていたよ。
そのリボンがいま、窓の下へ突き出されている。
髪に結われていた、あの大きい蝶の姿のままで、うっすらと光を放っていたんだ。
今日、月は空に出ていない。代わりに星も出ていない。
天気予報によれば、夜から朝までぐずついた天気になるでしょう、とのことだったけれど、雨だってまだ降っていない。
ひやりとした空気が、その雨の空気をかもしている中途半端な空間の中で。
目を疑った。
ずっと観察していた、姉のリボンの蝶。その形がゆるりと崩れ、ほどけていく。
妙だ、うっすらと見える輪郭は腕を動かすようなしぐさをしていない。勝手にリボンがほどけていっているようにしか見えなかった。
でもリボンは本来あるべき、ぴんとした一本の帯となるや、持ち主であろう輪郭のそばを離れていく。
風に吹かれたにしてはゆらゆらと、左右へ頼りなく蛇行しながら、目指す先は上空。
家も、まわりのアパート、マンションたちも越えながら、あのまぶされた銀色の光は止むことがなく。私もつい、それを目で追い続けてしまった。
リボンはなお、奇妙な動きを続ける。
かろうじて光をとらえられるほどの上空で、今度は左右への動きを大きくしながらも、いっこうに落ちてはこない。
当初は疑問符を浮かべていた私の頭も、リボンのしばらくの動きを見ているうちに、また目を見開く動きを要求してしまう。
リボンの去った跡に、細かだが星々がまたたいていく。
リボンそのものを筆にして、大小の輝きが空へどんどん残されていくんだ。
星空をキャンバスにたとえる言葉があったが、私は今まさにそれを描いている瞬間に立ち会っている。
空のあちらこちらへ渡り、ぐんぐんと数を増していく星。それらが視界を満たすや、リボンは一瞬だけ制止。ぴゅっと、ピッチャーが投げるボールのごとき勢いで、一直線に飛んでいく。
あの飛び立った場所。友達の家の二階の窓。姉の部屋にたたずむ輪郭の主のところへと。
やはり、輪郭は動かずにリボンだけが動く。
先ほどの動きを巻き戻すように、帯から蝶結びへ。完全に形ができあがると、ほどなく輪郭の主も窓の奥へ引っ込んでしまったんだ。
家へ帰っても、次の日になっても、奇妙な感覚は抜けずにいたよ。
で、また友達の家へ遊びに行く約束を取り付ける。特に拒否されることもなく、受け入れられたよ。
そして再び出てきた友達の姉が、お菓子類の用意をしてくれる。
その頭にあしらったリボンは、よく見る金色のそれだったけれど、そこにまぶされている無数の銀色は、今回は姿がなかったんだ。
あの夜空に映える星たちそっくりの光を放つ、銀色たちがね。