魔族の暗殺者ですが、なぜか勇者に勘違いされています。
1.プロローグ 魔族の暗殺者
ここは、異世界。
人類と魔族が対立しているファンタジーな世界である。
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人類の王が統治する国の中央部に、高い城壁に囲まれた人類最後の砦と呼ばれる城がある。この城は、まさに王国の象徴。
この城を、物陰から油断なく観察する男がいた。
フードを目深に被ったこの男の名は、レインブラッド。
その正体は、国王を暗殺するため、人化の魔法を習得して、ほぼ完全に人間に偽装した魔族である。
レインブラッドは、王城を観察して感心していた。
(さすが、人類最後の砦と言われる王城だな。まったく隙が無い)
城門は固く閉ざされ、兵士が絶え間なく巡回をしていた。
レインブラッドは知らなかった。
今まさに、王城内部では反乱が発生し、厳戒態勢が敷かれていた事を。
王城に忍び込むには、最悪のタイミングだった。
レインブラッドは考えた。
自分は、暗殺者だ。
正々堂々、正面から王城に乗り込む必要は無い。
王城には、裏口や秘密の通路が必ずある。
先に、そちらを探してみても良いだろう。
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2.路地裏の探索
レインブラッドはフードを目深に被り、人通りの無い路地裏を探索していた。
王城の立地から、秘密経路の出口の設置場所を推理したのである。
レインブラッドは、魔族の中でも特に聴覚が優れていた。
聞き耳を立ててみると、複数の人間が駆けてくる足音が聞こえてきた。
それは、メイド服の若い娘と、彼女を追い駆けてきた三人組の男だった。
娘は、レインブラッドを見つけると駆け寄ってきた。
「お願いです。助けて下さい!」
三人組の男は、レインブラッドを取り囲んだ。
「邪魔するなよ兄さん。痛い目にあいたくなければ、その娘を渡すんだ」
目つきの悪い、たちの悪い人さらいだった。
レインブラッドは、考えた。
今は、国王の暗殺のため、人間に化けて潜入作戦の最中である。
どこで正体がバレるかわからない。
余計なもめ事に関わる暇はない。
だが、その娘はこう言った。
「あなたたちこそ邪魔をしないで下さい。私は、またすぐにお城に戻らないといけないんです!」
「城に戻る、だと?」
レインブラッドが視線を逸らしたとき、三人の男たちが示し合わせて刃物を抜いた。
躊躇もない連携の取れた襲撃だった。
おそらく、強盗の常習犯に違いない。
咄嗟に娘は叫んだ。
「あっ、危ない!」
しかし、レインブラッドは、魔族の暗殺者である。
腰の剣を抜くことなく、一瞬で三人の男たちを打ち倒した。
「二度目は無い。さっさと立ち去れ」
余計な騒動を避けるため、手加減する余裕すらあった。
痛めつけられた男たちは、逃げるように去っていった。
その様子を見ていた娘が駆け寄ってきた。
「ありがとうございます。おかげで助かりました」
振り返ると、レインブラッドの顔を隠していたフードが自然と外れた。
その素顔は、絶世の美男子だった。
さらさらの銀髪で青緑の眼。
肌の色が日に焼けたように濃く、人を惹き付けるような色気があった。
その素顔を目撃した娘は、呆然とした。
まるで、おとぎ話の勇者さまのよう。と、胸をときめかせた。
レインブラッドにとって、その娘は大事な情報源である。
「女性の一人歩きは危険だ。俺がお城まで送りましょう」
「はい。お願いします勇者さま」
娘はうっとりとした表情でレインブラッドの裾を掴んだ。
(俺が、勇者だと?)
レインブラッドは、その理由がわからず首をひねった。
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3.メイド服を着た娘フレイヤ
メイド服を着た娘は、フレイヤと名乗った。
良く見ると、金髪碧眼で目が大きく、とても可愛らしい娘だった。
王城で働くメイドにふさわしい、気品のようなものが感じられた。
フレイヤは、王城の秘密の通路を知っていた。
今まさに、その出口を出たところを、人さらいに見つかったのだと語った。
なんとも運の悪い娘である。
だが、王城への侵入経路を探していたレインブラッドにとっては、渡りに船であった。
「今すぐに、その出口の場所を教えてくれないか?」
「でも、それは。少し考えさせてください」
現在、王城の内部では反乱が発生している。
助けを求めて王城を脱出したフレイヤにとって、その申し出は思いがけない提案だった。
しかし、フレイヤは、冷静になって躊躇した。
王城では、多数の死傷者が発生している。
そんな危険な場所に、見ず知らずの人を連れて行って良いのだろうか?
まったく無関係なこの人を巻き込むことは心苦しかった。
困った様子のフレイヤを見て、レインブラッドは考えた。
この娘は、大事な情報源だ。
逃げられては困る。
フレイヤに逃げられないように、その手を握った。
「頼むフレイヤ。俺は、国王に大事な用事があるんだ」
その目的は、国王の暗殺である。
そんなことを知らないフレイヤは、手を握られ勘違いした。
(この人は全てを知っていて、たった一人で国王を助けるために王城に行く。と言っているのですね。その崇高で献身的な精神は、まさに勇者と呼ぶに相応しい)
「あなたは、おとぎ話の勇者さまのようです」
(ん? 勇者ってなんの話だ?)
話の流れが良くわからないので、レインブラッドは微笑んでごまかすことにした。
だが、それは絶世の美男子の微笑みである。
フレイヤがさらに勘違いをしても仕方ない。
(その微笑みは『心配無い』と、私を安心させるためのものですね)
フレイヤは、この人に賭けてみようと決意した。
「わかりました。王城の秘密の通路にご案内します」
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4.秘密の通路
王城へ続く秘密通路の出口は、とある民家の物置小屋に偽装されていた。
扉を開けると、王城の方角に向かって真っ暗な通路が続いていた。
その通路は、天井が低く二人並んで歩くのがやっとの狭さだった。
フレイヤが光源の呪文を唱えて通路を照らしてくれたので、レインブラッドは先頭に立って歩いた。
「ところで勇者さま」
「フレイヤ。俺を勇者と呼ぶのはやめてくれないか? 俺の名はレイン。そう呼んでくれ」
「ごめんなさいレイン。ひとつお願いがあるのだけれど」
「お願い? 何のことだ?」
「私の身代わりとなって、お城に捕らえられている大事な友人を助けてほしいのです」
「お城に捕らえられている。だと?」
「はい。その友人の名はマリーナ。私と同い年の女の子です」
レインブラッドは考えた。
お城に捕らえられている。と、いうことは王国の敵。
すなわち、敵の敵は味方である。
魔族は、味方を見捨てない。
国王の暗殺はいつでもできる。
ならば、若い娘の身の安全の方が優先だ。
それにしても、フレイヤもマリーナも王国に狙われているらしい。
一体、何をやったんだ?
ちょっと心配になってフレイヤを見ると「どうしたんですか?」と、首を傾げられた。
その若さで王国に歯向かうとは、中々できることではないと感心した。
「わかった。フレイヤの友人は俺が助ける」
レインブラッドは頷いた。
二人は、秘密の通路の終点に到達した。
そこでレインブラッドが見たものは、完全に閉鎖された扉。
取っ手が無く、隙間も無く、ただの壁のように見えた。
「これはすごい技術だな」
さすがのレインブラッドでも、この扉を開けるのは難しいと逆に感心した。
「ごめんなさいレイン。侵入者を防ぐため、この通路の扉は出口側からは開かない構造になっている事を忘れていました。 私、ドジですみません」
フレイヤは、涙目で頭を下げた。
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5.フレイヤの回想(王城の脱出)
フレイヤは、王城を脱出したときの様子を思い出していた。
いつもどおりの爽やかな朝だった。
突如、城内で反乱が発生した。
高位魔術師のダークロード卿が裏切った。
死霊の兵士を引き連れて、王城の内部から襲撃したのだ。
異変にいち早く気付いたフレイヤは、友人のマリーナと一緒に逃げ出した。
だが、敵の死霊兵士の数が多かった。
次第に城の地下に追い詰められた。
そのときフレイヤは、王族だけに知らされていた秘密の脱出用通路の存在を思い出した。
「マリーナ、一緒に逃げましょう!」
「ちょっと待ってフレイヤ。そのドレスは目立ちすぎるわ」
フレイヤが身に着けていたのは、フリルの付いたひらひらのドレス。
華やかで可愛らしいが、逃避行には向いていない。
たまたま近くにメイドの控室があったので、着替えはすぐに入手できた。
だが、フレイヤたちが脱出用通路にたどり着いたときには、敵の足音がすぐそばまで迫っていた。
「フレイヤは先に逃げて。私はここで時間を稼ぎます」
「何を言っているのマリーナ。あなたも一緒に逃げましょう」
「私は、ただの行儀見習いの娘です。抵抗しなければ殺されることはありません。でも、王族のあなたは違う。敵に捕まったら何をされるかわかりません。だから、黙って早く逃げなさい!」
マリーナは、フレイヤを脱出用通路の中に付き飛ばした。
そして、城内から素早く扉を閉めてしまった。
この通路は、侵入者を防ぐためフレイヤのいる方向から扉を開くことはできない仕組みになっていた。
「マリーナ! きっと助けを連れて帰ってくるから。だから、待ってて!」
フレイヤは、光源の呪文を唱え、真っ暗な通路の先を照らした。
(誰か、助けを!)
フレイヤは、それだけを考えて狭い通路を駆け出した。
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6.フレイヤの友人マリーナ(1)
フレイヤの友人マリーナは、行儀見習いとしてお城で働く貴族のお嬢様である。
金髪碧眼で勝気な目をした可愛らしい娘だったが、王族であるフレイヤ姫に何かあったときは、身代わりになって守るように教えられている。
マリーナは、フレイヤを脱出させたあとに秘密の通路の入り口を元通りに戸棚で隠した。
これで、しばらく見つかることは無いだろう。
メイドの控室に引き返して、フレイヤの着ていたドレスに袖を通した。
鏡に映ったマリーナは、本当のお姫様のようだった。
そのとき、メイド控室の扉が開かれた。
「探しましたよフレイヤ姫」
道化めいた趣味の悪い色のローブ。
気色の悪い笑顔の仮面。
嫌悪感しかないその口調。
反乱の首謀者、高位魔術師のダークロード卿その人だった。
「ダークロード卿。ここは女性の更衣室ですわ。すぐに立ち去って下さい」
「これは失礼。でも、恥ずかしがる必要はありません。なぜならあなたは、これから私の妻となるのだから」
マリーナは、嫌な予感を感じた。
「私は、あなたが何を言っているのかわかりませんわ」
「おやおや? 良く考えればわかることです。王族の皆さまは全員拘束させていただきました。彼らの命は、あなたの返答次第です」
ダークロード卿は、暗に「逆らえば王族を殺す」と脅迫していた。
「ダークロード卿。あなたは、最低です」
「それが答えですかフレイヤ姫。まぁ、答えが『はい』でも『いいえ』でも『それ以外』でも、私がやることは変わりないのですがね」
そう言って、ダークロード卿は、狂ったように笑い声をあげた。
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7.フレイヤの友人マリーナ(2)
フレイヤ姫に変装したマリーナは、壁に両手を固定され、吊るされていた。
その様子を楽しそうに眺めるダークロード卿がいる。
「わ、私をどうするつもりですかダークロード卿。何をされても、私の答えは変わりませんよ」
「ふふふ。どうして怯えているのですかフレイヤ姫。これから二人きりの結婚式が始まるというのに」
一瞬、マリーナの気が遠くなった。
「結婚式ですって? 私は、承諾した覚えはありません!」
「では、誓いの口づけを」
ダークロード卿がゆっくりと近づいて来る。
「ちょ、ちょっと待って! 人の話を聞きなさい!」
ダークロード卿は、ゆっくりと気色の悪い笑顔の仮面を取り外した。
その仮面の下にあったのは、人の顔ではなかった。
死霊のような骸骨の顔がそこにあった。
マリーナは、耐え切れず悲鳴をあげた。
「い、嫌っ、来ないで、触らないで! 誰か、誰か助けて!」
多少の嫌悪感なら我慢できる。
だが、あれは駄目だ。
あれは、すべての生命を冒涜してる。
あれを、目視することすらおそろしい。
マリーナは、心の中で何度も何度も助けを求めた。
ダークロード卿の骸骨めいた手がマリーナの頬に触れる――。
その寸前に「動くな!」という頼もしい男性の声がした。
そして、マリーナのすぐ横から、背後の壁を貫いて鋭い剣の切っ先が飛び出した。
その剣は、ダークロード卿の骸骨めいた右腕を斬り飛ばした。
「何ごとです!」
ダークロード卿が素早い動きで壁から飛びのいた。
壁を切断する剣の音色だけが聞こえ、マリーナを拘束していた石造りの壁が崩れ落ちた。
いつの間にか、マリーナの両腕を拘束している金具も一緒に斬り飛ばされていた。
支えを失い、倒れるマリーナ。
だが、がっしりとした腕に優しく抱きとめられた。
「聞こえたぞ。助けを求める声が。よく頑張ったな、お嬢さん」
マリーナが見上げると、絶世の美男子がそこにいた。
銀髪翠眼で、肌の色が日に焼けたように濃く、人を惹き付けるような色気があった。
その素顔を目撃したマリーナは、呆然とした。
まるで、おとぎ話の勇者さまのよう。と、胸をときめかせた。
その発想が、フレイヤとまったく一緒であった。
「ありがとうございます。勇者さま」
マリーナは、夢見るように呟いた。
(またか! なんで、俺が勇者なんだよ)
魔族の暗殺者レインブラッドは、内心で頭を抱えていた。
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8.秘密通路の二人
場面は少し戻る。
「ごめんなさいレイン。侵入者を防ぐため、この通路の扉は出口側からは開かない構造になっている事を忘れていました。 私、ドジですみません」
フレイヤは、涙目で頭を下げた。
目の前には、取っ手が無く、隙間も無いただの壁のような扉があった。
さすがのレインブラッドでも、この扉を突破する事は難しい。
どこかで人の声が聞こえた。
レインブラッドは、魔族の中でも特に聴覚が鋭い。
秘密の脱出経路は、その特殊な構造上どこかに壁の薄いところがあるらしい。
フレイヤの声が少しうるさかった。
「フレイヤ、黙って俺についてこい」
「は、はい、わかりました勇者さま」
泣き叫んでいたフレイヤは、素直に口をつぐんだ。
レインブラッドは、ちょっと静かにして欲しいと頼んだだけなのだが、なぜかフレイヤの頬が赤くなっていた。
フレイヤは、言われたとおりに、黙ってレインブラッドの裾をつかんで着いてついてくる。
フレイヤは、少し強引な男性が好みだった。
そのときフレイヤは、心臓の鼓動が聞こえてしまったらどうしようと考えていた。
レインブラッドは、フレイヤの気持ちがわからない。
(ちょっと気を悪くしたのかな?)
レインブラッドは、またもや勇者さまと呼ばれたことを含めて、フレイヤの事は気にしないことにした。
今は、フレイヤの友人マリーナを探すことが先決だった。
「このあたりだな」
レインブラッドは鋭い聴覚によって、壁の薄い場所を探し出した。
レインブラッドには、はっきりと男女の話し声が聞こえた。
話の内容から、おそらくフレイヤの友人マリーナに良くないことが起こっている。
「たぶん、この壁の向こうにマリーナがいる」
「えっ? どうしてそんなことがわかるのですか?」
フレイヤは、まるでおとぎ話のような出来事に胸をときめかせていた。
やはり、レインは勇者さまに違いないと確信した。
「説明している時間は無い。危ないからちょっと下がってくれ」
レインブラッドは、腰の剣を引き抜いた。
この剣は、魔王城の倉庫で埃をかぶっていた魔剣聖剣のたぐいである。
由来はよくわからないが、よく切れそうだと思って持ってきた。
(嫌っ、来ないで、触らないで! 誰か、誰か助けて!)
壁の向こう側から、助けを求める声がした。
レインブラッドは、剣を突き刺す構えで壁を睨んだ。
もう一刻の猶予も無いらしい。
「動くな!」
大声で警告を発した後に、壁に剣を突き刺した。
鋭い剣の切っ先は、あっさりと石造りの壁を貫通した。
レインブラッドの予想どおり、壁はそれほど厚くない。
おおよそ、二十センチというところだ。
剣を引き抜いて、縦横無尽に壁を斬る。
誰でも出来る事ではない。
魔剣の性能と、レインブラッドの技量が合わさって可能な絶技だった。
もちろん、壁の向こう側にいるマリーナには一切傷を与えないように配慮した。
マリーナを拘束していた、金具もまとめて斬り飛ばした。
レインブラッドは、支えを失い倒れそうになったマリーナを抱きとめた。
「聞こえたぞ。助けを求める声が。よく頑張ったな、お嬢さん」
マリーナは、呆然とした表情でレインブラッドを見つめた。
「ありがとうございます。勇者さま」
(またか! なんで、俺が勇者なんだよ)
魔族の暗殺者レインブラッドは、内心で頭を抱えていた。
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9.魔術師ダークロード卿
「石の壁を斬って登場するなんて、非常識な人ですねぇ」
ダークロード卿は、顔に気色の悪い笑顔の仮面を付け直した。
「その剣、その技量。あなたは、今代の勇者ですね?」
「いえ、違いますけど」
レインブラッドは、このやり取りに疲れていた。
もう勇者と言われても、気にしないことにした。
「ククク、とぼけてもわかりますよ。神聖な結婚式の邪魔をするとは、無粋な勇者です」
ダークロード卿は、拾った右腕を切断面に押し付けると、あっさりと傷口が接合された。
その、切断された右腕からは、まったく血が出ていなかった。
まるで、悪霊か妖怪のような魔術師だった。
「悪いが、お前にマリーナは渡さない」
レインブラッドは、マリーナを悪霊のような魔術師の生贄にさせてはいけない。と、思って言っだけである。
だが、レインブラッドに抱きしめられたままのマリーナは、心臓がきゅんとなった。
恋物語でしか聞いた事の無いセリフを、絶世の美男子に言わせてしまった。
(これはもう運命の出会いでは?)と、胸をときめかせてしまっても仕方がない。
「まぁ、いいでしょう。遊びは終わりです。私は、すでに目的は果たしましたからね」
ダークロード卿は、嫌らしく笑った。
「目的を果たした、だと? どういうことだ」
「私は【王権発令】の魔法を復活させた。私は、これから魔族の国に全面戦争を仕掛ける所存です」
フレイヤは、驚いた。
「【王権発令】ですって? でも、その魔法は国王しか使用できない。あなたが王だなんて、誰も認めていないわ!」
フレイヤは知っていた。
国王の固有魔法【王権発令】は、失われて久しい。
危険性が高く、賢王と呼ばれた五代前の王が封印した。
その魔法は国王しか行使できないが、全国民を強制的に命令に従わせることができる恐ろしい魔法であった。
「ところが、あなたの父君の署名がここにあるのです」
「それは、お父さまの筆跡。どうしてそんな契約書が?」
ダークロード卿が取り出した契約書には、確かに国王の署名があった。
「簡単な事ですよ。あなたの助命を条件に王座を引き渡してもらいました」
「なっ、なんて、卑怯な」
フレイヤは、唇をかんだ。
正式に署名が交わされてしまっては、もう簡単に契約を覆すことができない。
その署名には魔法的な効果があった。
「すでに私はこの国の王です。【王権発令】あなた方は私の指揮下に入りなさい」
ダークロード卿は、国王の固有魔法【王権発令】を使った。
「はい。国王さまの仰せのとおりに」
【王権発令】の効果により、フレイヤの身体が勝手に跪いた。
マリーナも、同様に跪いていた。
(ど、どうして身体が勝手に?)
「見たか! 【王権発令】の力を。王族も貴族も、もう誰もこの私に指図することはできない!」
ダークロード卿は、狂ったように笑い声をあげた。
フレイヤとマリーナは、ダークロード卿の魔法に必死で抵抗した。
(身体の自由が利かない。なんて恐ろしい魔法なの!)
【王権発令】が発動されたとき、国民は国王の言葉に抗うことはできなくなる。
だが、この国内でたった一人だけダークロード卿の魔法に逆らうことができる人物がいた。
魔族の暗殺者レインブラッドである。
「お前の言い分は良くわかった。お前がこの国の王だと言うのなら、俺はお前の野望を止めてやる」
レインブラッドの使命は、国王の暗殺だった。
その目的を果たすために、国王に即位したダークロード卿を止めなければならない。
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10.死霊の王
「勇者よ! なぜ、私に従わない! なぜお前には【王権発令】が効かないんだ!」
ダークロード卿の、道化めいた趣味の悪い色のローブの中から、泥のような色をした死霊が次々に這い出してきた。
怨嗟のうめき声をあげる死霊の数は十体を超え、二十体を超え、さらに増え続けた。
それはまるで、地獄の扉が開いたかのような光景だった。
「王を崇めよ! 死にたくなければ王に従え!」
大量の死霊を従えるその姿は、王は王でも死霊の王だ。
フレイヤとマリーナは、身体を動かすことができずに恐怖に震えた。
だが、そこにレインブラッドが立ちふさがった。
「死霊の王に従うなんて、それこそ死んでもお断りだ!」
レインブラッドは、湧き出る死霊を次々と斬り裂いた。
殺しても死なない死霊たちが、浄化され召天している。
おそらく、魔王城から持ってきた魔剣の特殊効果である。
「勇者よ! どうして王に刃向かう!」
レインブラッドの殲滅速度は、ダークロード卿の死霊生成速度より速い。
「まだわからないのか? 俺は勇者じゃない。お前を、殺す者だ!」
すれ違いざまに、レインブラッドの剣がダークロード卿の首を斬り飛ばした。
血は、一滴も出ない。
ダークロード卿は、首だけになっても話し続けた。
「流石ですね勇者。だが、第二第三の私が現われ、必ずあなたを――」
「もういいから。お前は、もうしゃべるな」
ダークロード卿の笑顔の仮面を破壊すると、ようやく自分の死に気が付いたかのように、急激に灰となって崩れ去った。
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11.エピローグ 勇者レインブラッド
ダークロード卿の死によって【王権発令】の魔法が破棄され、フレイヤとマリーナの身体の自由が取り戻された。
城内を占領していた死霊兵士も崩れ去って、ダークロード卿の反乱は終結した。
「ありがとうございます。勇者さま。おかげでこの国は救われました」
フレイヤとマリーナ、二人の娘は並んでレインブラッドに頭を下げた。
「勘違いするな。俺は勇者では無いと何度も言っている」
「はいはい、わかりました。そう言うことにしておきます」
フレイヤは、知っている。
なんだかんだ言ってこの人は、困った人を見捨てておけない。
たった一人でも困難に立ち向かう、意思と行動力を持っている。
その崇高で献身的な精神は、まさに勇者と呼ぶに相応しい。
「あなたは、おとぎ話の勇者さまのようです」
「フレイヤ。お前、絶対にわかっていないだろう」
二人の親し気な様子に、マリーナの胸がちくりと痛んだ。
「あの、お二人はどういうご関係ですか?」
マリーナは、おそるおそる聞いてみた。
「ご関係? フレイヤとはまったく関係無い、赤の他人だが?」
レインブラッドにとって、フレイヤはこの城に潜入するためのただの情報源にすぎない。
「レインったらひどい。あなたは、私の命を救ってくれた恩人ですよ!」
フレイヤは、頬を膨らませた。
「それなら私も、危ないところを助けてもらったご恩があります!」
マリーナは、躍起になって主張した。
レインブラッドにとって、フレイヤもマリーナも偶然助けてやった娘にすぎない。
そんな事よりも、魔族の国に帰りたかった。
「二人とも、ご恩とか気にしなくていい。俺の任務は終わった。もう帰らせくれ」
颯爽と立ち去るレインブラッド。
だがその前に、左右の腕をがっしりと掴まれた。
見ると、右にフレイヤ、左にマリーナがしがみついている。
「「絶っ対に逃がしませんからね。勇者さま!」」
二人の息の合った連携に『常に冷静沈着で恐れを知らない』と、言われたレインブラッドが、生まれて初めて底の知れない寒気を覚えた。
「ええい、くっつくな。だから、俺を勇者と呼ぶんじゃない!」
『魔族の暗殺者ですが、なぜか勇者に勘違いされています。』 おわり
最後までお読みいただきありがとうございます。
ちゃんと『勘違い』できていましたでしょうか。
評価、ご感想をよろしくお願いいたします。