第二王子 ロンメル・サンテペスのその二
あれから数年が経った。
兄上に褒められたあの日から、僕は色々と頑張っている。
僕はどうやら自分が思っていた以上に単純なやつだったようで、褒められると頑張ってしまうタチらしい。
鍛錬も勉学も礼儀作法も社交も、阿呆の様に色々と頑張っている。
何せ兄上が頑張っているのだ。僕も負けていられないという気持ちがある。
そして頑張っていれば、必ず兄上がそれを褒めてくれるので、やはり頑張ってしまう。
……人づてに聞いた話だが、どうやら僕の頑張りを、兄上にそれとなく伝えているのはヴァレットらしい。
あいつめ。
ヴァレットは、あの日からなにかと僕に絡んでくる。
兄上と共に勉強する時はまず間違いなく誘ってくるし、勉強以外でも暇そうにしていると、どこからともなく現れて、遊びに誘ってくることが多い。
まぁ、僕もその誘いに、なんやかんやと乗ってしまうのだが。
そして、毎回ヴァレットとの勝負に発展する。
運動系ではほぼ全勝するが、文化系の勝負では負けることも多い。
全体的な勝率は、僕の方が圧倒的に高いのだが、何故かあまり勝っている気はしない。
あいつは、ヴァレットは本当に変なヤツで小憎たらしいヤツだ。
だけど。
いつだって素でぶつかれるアイツの存在は。
まぁ、嫌いでは無い。
ーーーー
ある日、王城の渡り廊下を歩いていたら、下から大きめの話し声が聞こえた。
渡り廊下の下で話しているその声に、僕は聞き覚えがあった。
それはテゾーロ公爵家が嫡子、エドモンド・テゾーロだ。
テゾーロ家は王弟派の筆頭である公爵家だ。つまり俺たち王太子派とは敵対派閥である。
しかし、敵対派閥といっても大した敵ではない。王弟の格が、兄上からは大分劣るからだ。
まず。
王太子である兄上は、辺境伯家息女と王の子供である。
そして第二王子である僕は、王と学生時代に懇意であった子爵令嬢との子供である。
そして、王弟であるアルベルトは、先王の忘れ形見である。忘れ形見では有るのだが、先代の王妃様亡き後、晩年に娶った愛妾の子だ。
愛妾と言っても、没落した子爵家の令嬢であるので、一応は貴族である。そして、その子爵家はテゾーロ公爵家と遠縁であったため、テゾーロ公爵家が筆頭となっているのだ。
だが、王弟アルベルトは兄上より一段、いや二段は弱い。その上、性格も高圧的で難ありだ。
つまり、血筋、武力、王としての器、そのどれをとっても兄上にはかなわない存在である。
なので正直なところ、敵対勢力とは言い難い程には弱小である。
とはいえ、王太子派では無い者達の拠り所となっているので、脅威では無いにしろ、無警戒とはいかない。
ちなみに、テゾーロ公爵家はだいぶ凋落気味で、現在は平均的な伯爵家程度の勢力しかない。
まぁ、歴史は長いので、格式だけは高いが。
そんな王弟派のトップ(笑)であるテゾーロ公爵家の嫡子、エドモンドが馬鹿みたいな大声で話しているのだ。
「本当に、ロンメル殿下にはがっかりだな」
そう、口に出している。
ふむ、言ってくれるじゃないか。
一応僕は王子なんだが?
「まったくです。彼にはこの国の王子としての自覚が足りないようだ」
エドモンドと話しているのは、近衛騎士団長の令息、バルトルだ。
奴も王弟派。変に賢ぶってる話し方がウザい。
「かの王子はいつも勉学ばかりしておられる。この国において武力は殊更に大事だというのに、それを蔑ろにしておられる。実に嘆かわしい」
やれやれとしながらバルトルは嘆息する。ウザい。
いや、僕はあんまり人に泥臭いところを見せたくないから、鍛錬は王城奥のプライベートスペースでやっている。だから余り見せないだけで、結構しっかり鍛えてはいるのだが。
「その通りだ、俺も気にはなっていた。第二王子は細すぎる。あれはきっと鍛錬などしたこともないのだろう」
知りもしないで、言ってくれる。
僕は兄上と違って骨格が良い方じゃないから、筋肉がついてるように見えないだけなのだが。
「本当に愚かだ。武力の重要さに、なぜ気づかないのか」
「王子は弁舌に長けておられる。おそらく泥臭い戦いなど自分には必要ないと思っておられるのでしょう」
ああ、なるほど。
ついこの前にあった弁論会で、僕がコイツらをボッコボコにしたが、それを根にもってるんだな?
うん、なるほど、馬鹿らしい。
愚かな者は本当に愚かだ。想像力がないから、自分の見た世界でしかものを考えられない。
全く持って聞く価値もない。立ち止まって損をした。
と。
そう思って立ち去ろうとした、その時だった。
「ぐ、なんだっ!?」
「お、何なんだお前!!」
突然の声に、視線をまた戻してみれば……
「…………ふぁっく」
そこには、中指を立ててエドモンドの背中を蹴り飛ばす、ヴァレットの姿があった。
「…………ロンメル殿下の悪口、言うな」
ヴァレットはエドモンドを見下しそう口にする。
「………殿下を馬鹿にして良いのは、殿下の努力を知っていて、なお馬鹿にしたい、僕だけだ」
……いや、馬鹿にするなよと、思わず叫びそうになった。
「お、お前ふざけるなよ、誰を足蹴にしたか、わかっているのか!?」
「…………しらねー、ばーか」
すると次の瞬間、バルトルが水の束縛魔法を放ち、ヴァレットを拘束する。
ヴァレットは戦闘系の魔法が使えないから、あっさり捕まっている。弱い。
「貴様は王太子殿下の腰巾着の、確かシルファリオ商会とかいう商人子爵家の子だな」
「な、なんだと!商人の子爵家の小倅ごときが、この公爵家嫡子であるこの俺を足蹴にしたと言うのか!!許せんっ!!」
相当頭にきているのか、顔を真っ赤にしながらエドモンドが怒鳴る。
なんか、今にも殴り出しそうな雰囲気だが、まさか本当にそんなことをしたりはしないよな?
シルファリオ商会だぞ?わかってるんだよな?
王都にいるそんじょそこらの商人じゃないんだぞ?
「商人如きがごときがエドモンド殿を蹴飛ばすなど、ありえん!」
激昂する、エドモンドとバルトル。
「…………うっせ、喋んな、かす」
捕まっている癖に、煽るなよ馬鹿が。
まずいな、どう考えても不意打ちをきめたヴァレットの方が悪い。端的に言って輩だ。
僕が今出て行っても、これでは碌なことにはならんだろう。
しかし、あの馬鹿二人、ヴァレットを本当に殴りそうだな。
流石に、シルファリオ商会がなんたるかくらいは、知ってるよな?
そいつは脅しをかけて、サッサと近衛兵に引き渡すのがベストだぞ?
わかってるよな?
そいつに手をあげるのは、まずいぞ。
何故なら…
国外を股にかける商会は、アホほど強い。
何故かと言えば、国外の人のいない区域にはアホみたいに強い魔物がいて、それらを超えてくる国際規模の商会は、つまりはそういうことだ。
アイツは弱いが、アイツの家族は鬼だ。
あと、シルファリオ家は面倒くさいから陞爵を断っているだけで、実質王家に次ぐ権力を持っている。
そいつに手をあげるのは、本当にまずいぞ、色々と。
「誰に口をきいている!この愚民がッ!!」
「…ぅぎ」
と、思っていたら、ヴァレットの頬が叩かれた。
ああ。
あーあ。やりやがった。
「おい」
「なっ!?」
「第二王子!?」
なんというか。僕は、静かにキレていた。
「お前ら、とりあえず、死ねよ」
ーーーー
だが。
もちろん、殺してはいない。
「…………やりすぎ」
「お前がちゃんと直せば問題ない」
ヴァレットが、気絶した二人に回復魔法をかけている。
コイツの回復魔法は、ちょっと他では見ないタイプのもので、夜空のようにキラキラしている。
しかし、効きは抜群で、みるみるうちに二人は完治した。
「…………よし、証拠、隠滅」
そう言ってヴァレットは立ち上がる。
証拠隠滅というだけあり、あれだけボコボコにしたのに、完全に元どおりだ。
おかけで僕は罪に問われることはないだろう。勿論こちらも問えないが。
「おい馬鹿、さっさとお前の怪我も直しに行くぞ」
僕はヴァレットの叩かれた頬を指差し、そう言う。
コイツの回復魔法は、自分には効かないタイプの奴だ。
そう言うタイプの回復術士は少ないがそれなりにいて、そのタイプは自己治癒ができない代わりに、回復魔法自体は強力なことが多い。ヴァレットは典型的なそのタイプだ。
……赤く腫れた頬が痛々しい。コイツのそう言う姿は、あまり見たくない。
「……言わせておけばいいのに。お前はアホだな」
僕は、ちょっと嫌味を込めてそう言う。
らしくなく熱くなって。全くもって、無様だ。
「…………友達の悪口聞き流すくらいなら、馬鹿で、いい」
「…ぐ」
ヴァレットからの友達発言に、僕は喉の奥から変な声がでる。
なんだコイツ。
今まで、一度だって、僕のことを「友」と言ったことはないのに。
いきなり。
いや、まあ、僕だって、友達と、思っていない訳じゃ無いが、しかし、そんないきなり…
…と、僕が軽く混乱していると。
「…………ふへ」
ヴァレットが、いつもの様に、いやらしくも綺麗な笑顔でこちらをみていた。
まさか、こいつ、また適当な嘘で、俺を騙そうと!?
「…………いや、友達ってのは、ホント」
「ぐ…」
思考読んだかの様に言われ、言葉がつまる。
「くそ、お前は本当に…」
くそう。
からかっているのも、おそらくホント。
友達と思ってくれているのも、おそらくホント。
だからこそたちが悪い。
全く、本当に…
「ふざけやがって」
「…………ひひ」