騎士団長子息 カインス・アルデバランのその二
改めて騎士を目指すことにした俺。
それからは、本当に大変だった。
毎日勉強して、毎日鍛錬して、礼儀作法も学んだ。
今までの自分からは、想像もつかないほど忙しく頑張ったと思う。
自分なりに、誇れるほどに、努力できたと思う。
でも。
こんな風に、誇れるように自信を持てる程に努力できたのは……
「…………どしたん?」
「いや、何でもないよ」
間違いなく、我がマブダチ、ヴァレットのおかげだろう。
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ヴァレットは本当に親身になって俺の勉強を見てくれた。
馬鹿で要領が悪く理解の遅い俺を、嫌な顔一つせずに付き合ってくれた。
最初の頃なんて、マジで何もわからないレベルだったんだが、それでもヴァレットは一から少しずつ丁寧に教えてくれた。
そしてちょっとでも上手く出来ると……
「…………えらい、ちょう、良い子」
と言って頭を撫でてくる。
更に……
「…………苦手な事を頑張れる、えらい」
とか。
「…………予習してきた?うん、わかるよ、スゴい」
とか。
「…………真剣にやってるね、カッコいいね」
とか。
「…………沢山努力してる、カッくんは、強い」
など。
とにかく千の言葉と万の賞賛で俺を褒めてくれた。
勉強が習慣化出来るまでは、本当に毎日足を運んでくれていたし、その後も週に一回は必ず勉強を見に来てくれている。
お陰で、俺は勉強が不得意ではなくなったのだ。
もう。
なんというか。
我ながら単純過ぎて、大変に恥ずかしいのだが。
あんな顔の綺麗な奴に、手放しで心から褒められて、モチベーションの上がらない奴がいるのだろうか?
いや、おるまい。
とにかく。
ヴァレットのお陰で、俺の勉強は大変に捗ったのだ。
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それから数年が経過した。
あれからもヴァレットは定期的に勉強を見ては褒めてくれる。
ヴァレットは、おかしい事に、歳を重ねるほど綺麗で可愛い見た目になっていて、正直なところ奴が男性であることを忘れ、うっかり惚れてしまいそうで怖い。
もうなんなのだアイツは。
思春期男子にとっては地獄のような存在である。
「それで、今日はどこに行くのだ?」
「…………ぐへへ、いいとこ、だぜぇ」
ヴァレットがニヤリと綺麗な笑みで言う。こいつがこういう風にいう時は、大抵新しい師を紹介される。
こいつは勉強だけでなく、鍛錬の方も面倒を見てくれていて、その時々の俺に最適な師をつけてくれるのだ。
なんかもう、本当に頭が上がらない。
なんでそこまでしてくれるのか聞いたことがあるが、曰く「…………ただのパトロン、好きな奴に、金かけて、悦ってるだけ、くふふ」とのことらしい。
その時の、ちょっとだけ下世話な笑顔が嫌に綺麗で、マジで恋に落ちそうになったのは良い思い出だ。
ちなみにヴァレットは、実家の大商会でいくつかの企業を持っているらしく、結構金を持っているらしい。
なんだか申し訳ない。いつかこの恩は必ず返そうと思う。
「…………こんちわ、エーベルさん、これ、おせんべ」
「ああヴァレットさん、ご丁寧にどうも。そして貴方がカインスさんですね?私はシュタインスと申すものです」
その日に紹介されたのは、エーベル・シュタインスという女性の剣士の方であった。
そんな彼女は、驚く事にかつて第三騎士団で副団長を務めていたらしい。
「え!?では国定叡勇師様であられる!?」
「あはは、まぁ、元ですけどね」
三等騎士、二等騎士、一等騎士、それより昇進するには、最難関国家資格「国定叡勇師」が必要である。この資格はこの国の幹部であることを認められた、文武両道の極みとも言える資格である。騎士団長を目指す以上、俺も目指さねばならない頂きだ。
それが、俺の、次の師匠に!?
「…ぉ、ヴァレット」
「…………金積んで、三年、ようやくです」
こいつ、ほんと、え、うそだろ、凄い。
「…………ぅひひ、嬉しかろ?」
「…ぅっ、絶対に恩は返す」
「…………別に、いいよ」
「絶対に返すから、いつか、絶対」
国のトップである国定叡勇師は当然多忙だ。父上も当然多忙だ。だから、人に多くの時間を使って物を教える時間なんてない。
そして、元国定叡勇師に師事するのは難しい。どこでも引っ張り凧だからだ。
それなのに、師を用意してくれた。俺にとって最高に必要な師を、用意してくれたのだ。
きっと、金も手間もかかったことだろう。
ああ、もう。
絶対にいつか、お前に全ての恩を、倍返ししてやる。
「頑張る、俺は夢を叶える、ありがとう」
「…………うん、頑張れ」
綺麗に笑うヴァレットを見て、俺はもう「男でもいいかも」などと思ってしまうのだった。