王太子 アーヴァイン・エルロ・サンテペスのその二
あの執務室突撃事件の際に、ヴァレットはサラッと約束を取り付けた。
それは「王の執務を見学する」約束だ。
ヴァレットは俺の夢が「立派な王になること」であることを聞き出し、そして「…………ならまず、職場見学」と言い出したのだ。
何というか、目から鱗だった。
俺は今まで、漠然と「立派な王になりたい」と思っていたが、具体的にどうすれば良いのかはわかっていなかった。だから、勉強や鍛錬は勿論頑張っていたが、それだけだった。
父の執務を見学するなど、考えもしなかった。言われて見れば確かにと思うのだが、何となく「父の仕事の邪魔をしてはいけない」という意識があったので、思いつかなかったのだろう。
「…………あれは、レイフォン国の大使、サンテペスは、あっこから、香辛料を輸入、してる」
「なるほど、ん?王はアレ、何やってんだ?」
「…………アレは、レイフォン式の、神聖な挨拶の、返礼で、目上の人から、客人にやる、やつ」
「すごいな、挨拶一つとってもいろいろあるんだな」
「…………うん、ややこしい」
こんな感じで、ヴァレットは父の執務についての解説を入れてくれる。
ヴァレットは凄くて、何を聞いても大抵のことは答えてくれた。
「ヴァレット、アレは何をしているんだ?」
「…………多分、献上品の目録、レイフォンは、あのロール状のに、文を書く、要確認」
「わかった、後で聞きにいこう」
「…………りょ、です」
勿論知らないこともあったが、それは後で一緒に教わりにいった。
俺はヴァレットのおかげで色んな事を知れた。
実際の王の仕事ぶりを見て、自分に何が必要なのか、知ることができた。
そして何より、我が父は本当にカッコいいのだと思い知った。
威厳たっぷりの我らが王は、本当に勇ましく格好良い。
俺もああなりたいと思った。
今までより強く、明確な憧れを持った。
あの日、撫でてもらったあの日。心に芽生えた「父の後を立派に継ぐ」という目標。
あの立派な王に、認められる王となる。
俺は心の底から、そう思った。
「なぁ、ヴァレット」
「…………ん、なに?」
「父はすごいな。何一つとっても偉大な王だ」
「…………ん、そだね」
「なれるのかな、あんな風に、僕も」
「…………アー君はなれる、僕がみてる」
「……うん、みててくれ」
「…………おっ、けー」
そして、そう思えたのはきっと、こいつのおかげだ。
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それから数ヶ月間、ヴァレットが来れる日は、毎回父の執務を見学した。
ヴァレットが来れない日は、自分に足りないものを補う為、鍛錬や勉強に集中した。
目標が出来てからは、各教育がとにかく捗った。
目的意識が有るのと無いのとでは、こうも違うのかと実感する毎日だった。
だが、この時点での目的意識という奴が、王としてはまだ瑣末なものである事を、俺はこの後思い知ることになる。
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「…………バイト、すんぞ」
「バイト? 何故」
ある日、俺はヴァレットの誘いで、こいつの実家が所有する飲食店でバイトをすることになった。
「…………民の暮らしを、知らずして、なにが王か、というお話」
「なるほど、まぁ、確かに」
もっともである。父も、王とは民あってのものと言っていた。その言葉の意味を解ってはいるが、それに実感が伴っていない。
ならば知るしかないだろう。王については父から学べる。民については民に学ぼう。
「うん、理解した。よろしく頼む」
「…………この店なら、あんしん、あんぜん、だよ」
ヴァレットが言うには、王子である俺が働いて問題ないよう、警備がしやすい作りにわざわざ店を改装してくれたらしい。
そこまでして学びの場を提供してくれるなんて、なんと有り難いことか。
「…………おーさまの、ポケットマネーからも、協賛、いただきました」
「む、本当にありがたいな」
父まで協力をしてくれている。そして父が認めたということは、これは王にとって必要な学びと言うこと。
ならば全力で学ばねば!
「おし!やるぞヴァレット!」
「…………おっ、けー」
こうして俺は王立学園に入学するまで、週に一回くらいのペースでバイトをした。
バイトの内容は定期的に変わり、土木の工事現場や、農家や、治療院や、小売店や、娼館のボーイまで、色々やらせてもらった。
その中で俺は、民とその暮らしというものを、知っていった。
民は、人だ。王となんら変わらない。上も下もない同じ人間。ただ、立場はある。
暮らしとは国の生命だ。王とはその生命を守る仕事なのだ。
なんと、素晴らしい仕事なのか。
有難い。こんなにも、やりがいのある人生など他にない。
自分の中の目的意識が更に明確に、そして確固たるものに変わっていくのが分かった。
俺は、もっともっと、学ばねばならない。
「ヴァレット」
「…………なぁ、に?」
「俺は立派な王になる、これは絶対だ」
誓った。
俺は己に強く誓った。
「…………お、なんだ、おめー、カッコいい、じゃん」
「チャカすなよ、俺は本気だぞ」
「…………うん、ほんきで、かっくいい、よ」
「…そうか?」
「…………うん、惚れる、ぜ」
「…おう」
いや、こいつは男だ。
こいつは男なのである。確かに可愛い顔をしてはいるが、男の筈である。
そう、笑顔がめちゃくちゃに美しいが俺の記憶が確かならこいつは男。
俺は何、当たり前のこと考えてるんだろう。はははは。