第99話「オレの夢は――アエルは負けない!」
いらっしゃいませ。
☆――☆
「くっそが――――――――――!」
何度目かの斧の打撃。でもそれも鱗の盾に防がれる。盾は無事。傷一つ付いていない。正直オレ自身が驚いているのだけどそれ以上に斧男子は怒っている。斧の方が削れてどんどん破損していくからだ。
「なんで壊れねぇ!」
アエルはオレのデータの化身だ。オレは神話に夢を見てその情報を多く集めていた。
夢見るオレの心の大きさは――
「あんたがどんなデータでどんなパペットを持ってその斧のアイテムを手にしたのか知らないけど――」
夢咲く場所に水をまけ。
「オレの夢は――アエルは負けない!」
盾で斧を殴りつける。
斧は腕ごと後ろに飛ばされて彼の全身ががら空き隙だらけになる。
人魂を剣に変えて、刺突。
「――⁉」
見逃さなかった。斧男子の唇が哄笑に歪むのを。
風が吹いた。斧男子の体から溢れる風が剣を押し戻してオレの体ごと壁に叩きつける。
「――はっ……」
一瞬止まった呼吸に息が荒くなる。
「ざぁぁぁぁぁぁぁぁぁんねん。俺のパペットは見えねぇんだよもう顕現してたんだよぉぉぉぉぉ!」
「……重力?」
「…………………………………………………………………………風だよ」
「だと思った」
「…………………………………………………………………………てめぇぇぇぇぇぇぇぇぇわざと上等なもん出してきて俺に恥かかせようとしやがったなぁぁぁぁぁ!」
別に風が重力に劣るとは思っていないが。わざと間違ったのは事実であるが。
「『ラーベェェェェェェェェェ』!」
風が舞う。斧男子を取り囲む小さな竜巻が強力な盾となって、同時に強圧となってオレの体を押し下がらせる。
「潰してやっらァァァ!」
斧男子が天井に向けた二つの手に風が集まっていく。豪風の球体を作り出して、こちらに撃つ。
オレは盾で受け――
「散弾!」
斧男子の声で風の塊が爆散した。
「うぁ!」
弾けた風の勢いは凄まじく強烈な爆風が乱れ吹く。しかもただの風ではない。風の中に刃が混ざっている。カマイタチと言う奴だ。壁に押し付けられた挙句にカマイタチを幾つも受けて全身なます切りにあってしまった。前方からのカマイタチなら何とかなっただろうが後ろや横からも来たのだ。盾では防ぎようがなかった。
「くっはぁぁぁぁぁぁぁ! たまんねぇぇぇぇぇぇ濡れるぅぅぅぅぅぅぅ!」
下品な奴……嫌いなタイプだ。アエルに喰わせてやりたい。オレは膝をつきながらモヤッとした黒い感情に胸を侵食されて行っていた。
……黒い……感情?
「あ⁉ おいぃぃぃぃぃぃぃ⁉」
信じられないものを見た――そんな表情をする斧男子。口を大きく開けて目を瞠っている。それはそうだろう。だってオレは自分の頬を殴ったのだから。
アエルを狂気で使おうとした。この場では誰もオレを叱咤しないと思ったから自分で自分を叱咤したのだ。
パペットは狂気の体現者じゃない。そんな当たり前を忘れかけた自分がひどく阿呆に思えた。
同時に斧男子がパペットを狂気の体現者として使っているのを思った。別にオレのやり方を押し付ける必要も義務も義理も責任もないけれど、彼のパペットとの付き合い方は一度殴ってやりたかった。
それに。
「君は、外見と中身がえらく違うけど」
「ああああ? 別に良いだろうがんなのよぉぉぉぉ」
「ひょっとして普段は優等生やってるんじゃないの?」
斧男子が固まった。動きも表情も。
何の事はない。身嗜みに性格が出ない人間なんているはずがない。例えば性格最悪の人間がどれだけ真面目な格好をしようとどこかに綻びがあるように。例えばずぼらな人間がへアスタイルに気を使わないように。
この彼はぱっと見優等生。性格は最悪。に見えた。けど風に色がない、それはつまり彼のデータベースは純粋な心を表しているからで、無形なのは自分の形がまだ決まっていない事の表しだった。
だから思ったのだ。この表面的な残虐性はただの演技なのではないかと。
「演技なんかやめて良いんじゃない?」
「……るせぇよぉおおお」
「何でそんな演技してるのさ。何か意味があると思うけど、それって家族にも言えないの?」
「お前家族じゃねよぉおォォお」
そりゃそうだ。でもきっと彼は家族にも言っていない。そして彼は今演技に関して否定しなかった。
「俺は良いんだよこれでよォォォ。余計な詮索すんじゃねぇぇよぉぉ」
「…………」
なんだろうこの感じ? これで良い……詮索……。こんな演技をする場合ってどんな時だろう? 可能性は――
「何かを隠そうとしている?」
「…………………喋んなぁぁ」
「他に隠したい何かがあるんだね?」
「喋んなぁぁ!」
手を振ってカマイタチを放ってくる。だが今度は直進だ。盾で受け止める。
彼は揺れている。もっと揺らそう。
「実は無理に勉強してる?」
「違うぅ」
「親からのプレッシャー?」
「違うぅ」
「変な趣味を持っている?」
「違うぅ」
「友達ができない?」
「違うぅ」
「恋人ができない?」
「違うぅ」
「不良にいじめられてる?」
「違うぅ」
「親のお金に手をつけた?」
「違うぅ」
「えっと……自慢できない知人がいる?」
「…………」
黙ってしまった。意外に正直な人だ。
「友達?」
「違うぅ」
「恋人?」
「…………」
黙ってしまった。本当に正直な人だ。
「大丈夫だよ親なら君の好みもわかってくれる」
――かどうかは正直わからないけど攻める手を緩める必要はない。
「……わからねぇよぉぉ」
「何で?」
「厳格だからなぁ」
「ド派手なギャルとでも付き合ってるの? 昔流行ったガングロとか」
「違ぇよ彼をあんなモンスターと一緒にすんなよぉ」
モンスターって……ん? 彼?
「……同性愛者?」
「う――!」
ちらっと彼の黒目が横を向く。城の内部、壁一枚隔てた向こうにある図書の間へと。
「もしかして……恋人がこの向こうで戦ってるの?」
斧男子の顔が引きつった。でも耳の頭が朱くなっている。
「……もう良いだろうぅバトルリスタートだァァ」
風が斧男子の掌に集まっていく。透明な風、無形の風。恋人、男。無形なのは自分の形が決まっていないから――ではなく。
「その風のパペット、人間の男性型?」
「ヴっ!」
当たった。とするとわざと姿を解いているのだ。同性愛を隠す為に。ならこの口調や態度は?
「良いんだよぉ! こうじゃねぇとあいつと付き合ってなんか行けねぇんだからよぉ!」
「恋人の好みを演じているならいつかボロが出るよ!」
本音と本性は無意識に出るものだ。
「余計なお世話――」
「リュ――――!」
「うわぁ⁉」
「え?」
壁を壊して図書の間から人が飛び出てきた。その人は斧男子に飛びつき抱きしめて、グッと両頬を掴む。
「負けたー! 慰めてー! でないと首吊るよぉ!」
「ちょっ、俺はまだ負けてねぇ邪魔だぁぁ!」
嫌がる顔。だけど鼻先まで朱くなっている。
同性愛は良いとして、
「変なカップル」
「「なにぃ⁉」」
あ、つい口に出てしまった。
同性愛は良いのだ。だけどそれを差し引いても変だろう。
「よぉ」
今彼が開けた穴から霞が出てきた。卵姫さんも一緒だ。
「こちらは負けを宣言させました。そちらは?」
あちらは勝ったのか。残念ながらこちらは。
「まだです」
「そうだぁぁ! まだ終わってねぇ! 離れろぉ!」
「すぐ終わるぅ?」
「ああ」
んじゃ、と言って首吊り男子は斧男子の体に回していた手を離して。
「っち、んじゃ仕切りなおして――」
「この斧の人多分この性格嘘だよ?」
「おいぃぃぃぃ⁉」
オレの言葉に首吊り男子はきょとんとして、目をパチパチと何度も素早く瞬きする。
「知ってるしぃ」
「「え?」」
「演技くらいわかるしぃ。首吊りたいほどの綺麗な首してるしぃ」
首はともかく。なんだ、見抜いていたのか。それなら。
「だってさ」
「………………………………………………………………っち」
斧男子は全員に聞こえる程の舌打ちを一つして、オレの目をまっすぐ見た。迷いもなく、ひたむきに純粋な目を。
「『ラーベ』」
『おう』
風が渦巻いて、透明な風の精霊が出現した。斧男子と同じくらいの背丈で――いや首吊り男子と同じくらいか。それでいて顔も首吊り男子にそっくりだった。
「君、サイバーコンタクトに彼氏の写真とか動画山のように入れてる?」
「それが何か?」
「……いえ」
良いんだけどね。
オレは鱗の盾を装備していない右手に剣を持ち、もっとアエルの力を引き出そうと集中する。短く小ぶりな木剣、それに細い光の刀身が組み合わさった。アエルの牙をイメージして取り出したらこうなった。
「行くぞ、宵」
「良いよ、リュー」
「合図行くぜ」
霞は手近な瓦礫の石を一つ拾って、上に投げた。落ちてくる石がやけにゆっくりに感じる。こつん、と軽い音を出して石が床につき――
オレが剣を、リューがカマイタチを放った。
二人の丁度中心で剣圧とカマイタチがぶつかって、周囲の壁も通路も消し飛ばした。同時にオレたちも吹き飛ばされる。
その中で唯一剣圧だけがまともに飛んでいきリューの体を斬った。
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