第98話「今すぐ終わらせてやるよ」
いらっしゃいませ。
☆――☆
「ストップですわ!」
「「――!」」
凡そ百メートルほど離れたところで村子とわたし――コリスは立ち止まる。
「お生憎ここから先は通しませんわよ! 双子さまは上でお待ちですけど! ここでわたくしが貴女方を倒し――きゃぁ!」
今にも高笑いを上げそうだった少女の上を矢が通っていった。村子のアイテムです。
「ちょっと⁉ 話は最後まで聞くものですわよ!」
「コリス、上に行きなさい。あの子はわたしが」
「了解っす!」
わたしは迷わず駆け出して、お嬢さま風の少女の横を通り過ぎようとする。
「行かせませんって」
膨らむ気迫。お嬢さまは手を伸ばしてわたしを捕まえようと試みる。だけど。
「――!」
その手を矢が貫いた。
「容赦なく射るなんて酷い人」
「そうですね。わたし意外と勝利に貪欲だから」
その隙にわたしは通り過ぎて。もうお嬢さまには追う気はないらしく。ただ村子を笑み絶やさず睨んでいる。いや、楽しんでいるのかな?
村子は弓矢に力を込める。すると良くしなる弓矢に光が宿って、射った。
「――!」
通路を、壁を壊して突き進む矢がお嬢さまを貫き瓦礫と一緒に下に落とした。
上へ行く階段を見つけたわたしは一気に駆け抜け、最上階を目指す。上にいるのはあの二人、蓼丸姉妹。どんなパペットとアイテムを持っているかわからない。用心して進むべき場面だ。普通なら。だけどわたしはピュ~と意外と上手な口笛を吹きながら(自画自賛)スキップで階段を駆けていく。ひょっとしたら一番このバトルを楽しんでいるのはわたしかもです。
「ここですね!」
最上階にたどり着くと一際大きな鉄扉があった。ただ頑丈なだけではなく、随所随所に芸術的な装飾が施されている飾りのような扉。
「開けちゃいまーす!」
ドアノブに手をかけて、通路側に開くドアを引いて中へ。
「いらっしゃい」
「いらっしゃいかしら」
王の椅子、王妃の椅子にそれぞれ腰掛ける蓼丸姉妹。
「早速ですが! 倒させていただきます! ツィオーネ!」
『はいなお嬢さま』
「シィ」
「ミィ」
双子は互いの名前を呼び合って手を握りあい、同時に口を開いた。
「「『偶像結界――侍大将』」」
玉座の間の風景が一変する。野原。どこまでも見渡せる短い草の生えた野原。そこに三人はいて、ズン! と巨大な馬が野原に足を付いた。黒毛の巨大な馬で、その上に赤い鎧を着た巨大な侍が跨っていた。
「あちしシィのパペットが侍、アイテムが草原」
「あちしミィのパペットが馬、アイテムが草原かしら」
「「あちしたちは二人分の力で一人の侍大将を作り出す。かしら」」
「ん~~~~じゃやりましょう!」
侍大将を前にしても、それでもわたしは楽しそうな笑みを崩さないのです。
☆――☆
『くひひひひひひひ』
「うひゃひゃ」
人形の笑い声に別の笑い方が加わった。人間の声音だ。だむ! と倒れた書架に足をかける少年。目が死んだ魚のようで首には首吊り用の糸が巻き付いている。お洒落のつもりなのか?
「ああこれぇ? 前に死のうとした時に使った奴。ちぎれちゃってさ、案外首吊りって難しいんだねぇ」
俺――霞と卵姫二人の視線に気づいたらしい首吊り男子が聞いていないのに説明してくれた。
「どうも、まともな神経は期待できませんね」
「まともって何ぃ? 人数多い方ぅ? 民主的だけどそれだけで少数派を異常扱いするのって違わない?」
いやそれはわかっているけれど。度々問題にもなるし。
「それだけじゃねぇよ。お前の性格を考えた上でだ」
「まだ会って一時間も経ってないのに何わかった風に口きいてんのぉ? 吊っちゃうよぉ?」
「吊ってみろよ」
ニヤリ、と唇を釣り上げる俺。
「できるならな」
「うっは、さっき死にそうになってたくせにぃ」
「幻覚だ」
しれっと嘘をつく。
「いえそこは事実です」
「あんたが言うのかよ!」
「お姉さん……人間が窒息死する時ってどんな醜い顔になるか知ってるぅ?」
「貴方はどこで知ったのですか?」
質問には応えず、返す言葉で問いかける。
「コイツ使った時ぃ」
言いながら首吊り男子は自分の首にかかっている縄を指で弄る。
「彼と心中する予定だったんだけどぉ、向こうだけ死んじゃってぇ」
どうやら同性愛者でもあるらしい。しかし……最愛の相手が死んだ時の話をしていると言うのに首吊り男子はどこかうっとりと頬を蒸気させている。
「綺麗だったなぁ」
「……聞くがこれまでの対戦相手を殺してねぇだろうな?」
「そのつもりでやってるけどぅ、システムが邪魔してさぁ。
でも今チャンスだよねぇ。【seal―シール―】のおかげであれにもこれにも触れるし、それってつまり仮想の縄で首占めもできるわけでぇ」
「【seal―シール―】はそう言うのからユーザーを守る為にあるんだろうがよ」
「便利な物って攻撃にも使えるんだよぉ。包丁でも車でも針でもねぇ。便利って不便だよねぇ。
ねぇ、そろそろ殺って良い?」
俺たちの返事を待たずに一歩、また一歩と進み始めるクソ野郎。
「来ますよ」
「上等」
「いっくよぉ!」
喜色満面で迫ってくる首吊り男子。ガソリン入れたての車くらい調子が良さそうだ。同時に人形も首吊り縄を放ってきた。
「何度も捕まるかよ!」
光の鏃を放って縄を一つ一つ迎撃する俺。そんな俺の周りに金属製の鎖が出現する。
「な⁉」
鎖には棘状の針金が巻かれていて血がべっとりと付いていた。まるで人の肉をそぎ取ったかのような血の付き方で見ているだけで気分を害する代物だ。
それに俺は捕まった。
「ぐっく……!」
鎖が鰐鮫を締め付ける。みしみしと嫌な音が響いて、鰐鮫が割れて俺の体を直接巻きつけた。【seal―シール―】がなければこの時点で肉に棘が喰い込んでいただろう。
「【seal―シール―】って防御力を上回る攻撃すれば砕けるよぉ?」
「それまで鎖が無事だと思ったのですか?」
天使の巨剣が鎖を断ち斬る。卵姫はそのまま兎人形を斬るべく巨剣の角度を、軌道を変えた。
「斬れば終わりだと思ったのぉ?」
「――!」
鎖が俺から離れない。そのまま俺を締め付けている。
仕方ない、と思いながら卵姫は剣の腹を叩きつけて鎖を砕こうと――した矢先。先ほど俺を襲っていた包丁が消えているのに気づいた。顕現を解かれたのではない。だとすると?
「――⁉」
卵姫の上空から包丁の雨が降ってきた。
「くっ!」
巨剣を傘替わりにして包丁を防ぐ。だが弾かれた包丁は空中で動きを整え、再び卵姫を狙う。
「せーのぉ」
首吊り男子が鎖を腕に巻いて俺の顔面を殴る。鎖が俺の体を固定しているのか俺は倒れず、ただサンドバックになっている。
「この――クソ野郎!」
頭を狙ってきた鎖付きの拳に頭突き。
「うぉ~凄い気迫ぅ」
予想外の反撃に体を揺らす首吊り男子。
「ぐ……オオオ!」
体に力を入れる俺。力技で鎖を押し返すつもりだ。
「ムダムダぁ」
鎖がどんどん俺の体を覆っていく。
「くそ……!」
足が塞がれ、腕を塞がれ、顔を塞がれ、鎖の球体ができ上がった。もう俺の声も外には聞こえないだろう。
「霞!」
サイバーコンタクトに映るモニターには卵姫がいる。包丁を捌きながら俺の援護をしようとする卵姫だったが人形がどんどん腹から包丁を噴き出して手がつけられない。その上更に。
「お姉さんも縛っちゃうよぉ」
鎖が卵姫の左腕を絡め取った。
「なら――」
巨剣が普通のサイズの剣になった。いや、これまでなかった光を宿している。卵姫は剣を持つ手を大きく振りかぶって俺に向かって投げつけた。剣が矢のように飛んで鎖に突き刺さる。深々と刺さったそれを見るに俺にまでたどり着いているのではないだろうか? そんな風に思う奴が多そうだ。
「あれぇ? お姉さんがトドメさすのぉ?」
鎖が卵姫の体を包んでいく。鎖が這い回る感触に表情を歪める卵姫。痛みを伴わないと言っても精神的に参るものがあるのだろう。
「あと頼みますよ」
「任・せ・ろ――――!」
「え?」
鎖の中からの叫びに首吊り男子が振り返る。
「うぉぉぉぉぉぉお!」
俺を包む鎖の球体が盛り上がり、
「らぁ!」
爆発。鎖が千切れとんだ。
「すげぇな」
声を出したのは首吊り男子ではない。俺だ。鰐鮫からの力を感じて思わず声が漏れた。
鰐鮫は今、Lv100に達していた。
「力、確かに貰ったぜ!」
「……貸しただけです」
「うぉ⁉ 鎖に包まれてんのにまだ口きけんのか……タフな女」
それでも俺には卵姫の状態の危険さがわかっている。鎖の痛みはないが呼吸がままならないのだ。だから、
「今すぐ終わらせてやるよ」
兎の人形を睨む俺。直後――
「爆殺!」
右の拳を人形に叩きつけた。
『ひぎぃぃぃ!』
体の半身を消し飛ばされて人形は倒れ込む。
「てめぇもだ!」
「――!」
いきなり目の前に俺が現れて目を瞠る首吊り男子。腹に左の拳を受けて、赤い鏃がクソ野郎の体を貫いた。
「――――あ……はぁ」
【seal―シール―】の防御すら貫いた一撃はクソ野郎の体に大ダメージを与えたはずだ。首吊り男子は力なく倒れ、卵姫を包んでいた鎖は消えた。
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