第97話「世界に行くのは俺だけどなぁ!」
いらっしゃいませ。
「城内を把握し先手を取ります!」
「「「はい!」」」
まずは門から城壁の内側へ。中継カメラも一緒についてくる。
通路の右も左も巨大な花壇になっていて、踏みつけるのは気分的にノらない。ひょっとするとその心理を突いて襲ってくるかも知れないから城内から落とされないようにしないと。
城内に至る鉄扉をオレと霞の二人がかりで開いて先に中の様子を伺う。
見ると一階は巨大なダンスホールになっていた。金に輝くシャンデリアがいくつも並んで煌々と光を放っていて、周囲にはバトルの様子を撮る為のカメラが数機浮かんでいた。
天井は高く壁を伝う二つの螺旋階段がある。一つはこの門のすぐ傍。もう一つはまっすぐ線を引いた先にあるもう一つの門の傍に。
ひょっこり門から顔を入れるともう一つの門が吹き飛ばされて、やたらと太くゴツくそれでいて切れ味の良さそうな斧がこちらに飛んできた。と思ったらぴたりと止まって、斧についていた鎖が巻き戻されていく。どうやら限界の長さだったらしい。運が良かった。危うく顔面直撃だ。
向こう側の門を見ると薄っすらとしか見えないが斧の持ち主が実に悪い顔でこちらを睨んでいた。と思ったら、
「邪魔だ!」
別の男子に頭を叩かれて先に階段を登っていかれていた。おいてけぼりだ。
「待てよコラ!」
慌てて後を追う斧男子。
「ここで戦うつもりはないようですね」
下から覗いていた卵姫さんが息を一つ吐いてダンスホールに入った。オレたちも後に続き、階段に足を進める。
「オレ的にゃホールでのバトルが良かったんだけどな」
「頭弱そうですしね!」
「コリスに言われるとか!」
などと騒いでいると二人して村子さんに頭を叩かれた。
階段を上りきると鉄扉がまたあった。やはりオレと霞でゆっくりとそれを開ける。中を見ると今度はすぐ傍に灰色のブロック壁があった。通路だ。曲線を描いている所を見るにぐるりと二階を囲んでいるものと思われる。
「足音がしますね」
南州勢のものだろう。忙しなく走り回っている音がする。
「音は左からです卵姫」
「ふむ……」
顎に手を置いて数秒考え込む。
「あえて左に行ってみましょうか。
霞、先頭を任せます」
「おうよ。『鰐鮫』!」
パペットを――鎧を纏って先を行き始める霞。彼の後ろに女性陣がついて、オレはしんがりだ。ひょっとしたら左右に分かれて一方が音を消している可能性もあると言う事でオレは木剣を握りながらバックで後を付いていく。
「扉だぞ」
霞の足が止まり、皆の足も止まる。こんこんと霞が叩く扉は木でできていて小さな窓ガラスから覗くと綺麗に並んだ書架が見えた。
「入ってみるか?」
「そうですね……あ」
中を見ていた卵姫さんが何かに目を留めた。
「入りましょう」
鍵はかかっておらず扉は軽く開いた。書架の間あいだにはテーブルと椅子が何脚かあって上には無造作に本や地図や筆記用具が置かれている。
「城内の地図があります」
卵姫さんが見つけたのはこの城の内部構造を描いたもので。
「ここは図書だけの階。上に行くと執務室、客室、使用人室、城主家族の私室と続く――下がって!」
急な大声に反射的に体が動いた。大抵良くない事が起こるからだ。
事実、壁に背をつけたところで書架がドミノ倒しで崩れていった。ああ、本は大切にしなきゃ、ただでさえ電子書籍の時代、紙素材の本は貴重品になっていると言うのに。
目の前の書架も倒れて、オレたちの目はあちらこちらに動いていた。倒した人間がいるはずだ。
ターゲットを探していると天井から――
「うわ!」
縄で首を吊った人形が何百個も垂れてきた。怖! これは怖い! アイテムか?
「パペットです! 上を!」
上? 言われて上を見ると天井がゾゾっと蠢いた。……天井じゃない。布?
『くひひひひひひひ』
不気味な笑い声。天井を覆っていた布が剥がれて、その上から兎の顔が現れた。
「ぬいぐるみ? でけぇな」
オレたちは兎のぬいぐるみのスカートの下にいたらしい。っと言うか首吊り人形なんてスカートの中に仕込まないでください。
『くひひひひ――ひ!』
「――!」
兎が丸っこい手で放った首吊り用の縄に捕まる霞。
「ぐ――!」
強引に引っ張られて書架の上を引きずられる。
「霞! 鎧を解除して縄の間に手を通しなさい!」
「おっおお!」
鰐鮫が解除され、言われた通りに縄と首の間に手を突っ込む霞。呼吸は確保。縄から顔を抜こうとしてみるがそれはうまくいかない。引き釣り回されるのも相変わらずだ。
『くひひひひひ』
「鰐鮫!」
霞がいる場所とは違うところで鰐鮫が再び顕現する。単独でも動けたのか。
『霞!』
鰐鮫はすぐに霞を捕えていた縄を千切る。
『だ……大丈夫?』
「ああ……」
【seal―シール―】の防御で痛みはないだろうが体をぶつける嫌な感触は伝わったのだろう。表情を歪める霞の周りにでろんと首吊り人形が垂れた。
『『『くひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ』』』
人形たちは首を回して霞を見、自らの腹を割いて内臓をぶちまける。うぉぉ?
「気持ちわりぃ! ――ん?」
良く見てみるとそれは内臓ではなく、血のついた包丁の山で。
「おわ⁉」
『霞!』
すぐに鰐鮫が霞を包み守ろうとする。が、鰐鮫の強度では足らなかったのか十数本の包丁の鋭い先端が鰐鮫に食い込んだ。
「くっそ……!」
「霞! そのまま倒れなさい!」
「お? おお」
膝をついて、前のめりに倒れこむ霞。瞬間彼の上を剣が通り過ぎて首吊り人形の縄を事如く切った。卵姫さんが天使の巨剣だけを顕現したのだ。前にオレはアエルの力を顕現して黒いグローブを造ったけれど、それとはまた別種の技術だ。成程、一部だけ顕現すれば良いのか。ここではアエルは出せないと思っていたのだけど、工夫次第でどうにかなりそうだ。
霞は鰐鮫を解除して包丁を落とし、もう一度顕現する。
「この人形はわたしと霞が。三人は他の敵を追ってください」
「はい!」
返事をして外に出て数歩目。
――ん?
耳に届いた風切り音。ヒューと言う音が外から聞こえる。……ひょっとして……。
「皆伏せて!」
「ふえ⁉」
コリスの長い髪を少し切って、斧が頭上を通り過ぎた。
「あーわたしの髪がー!」
「まだ立ってはいけませんコリス!」
上にはまだ鎖があるのだ。かなりの速度で移動するそれに触れてしまえばそれだけでライフは減るだろう。
鎖が止まるのを待ってみたが、一向にその機は訪れずそれどころか斧がまたやって来た。それも下にずれた軌道で。
まずい! 飛んだら鎖、飛ばなければ斧。どっちにしても大ダメージ! それなら――えっと、パペットの一部だけを顕現する。
斧が、黒い盾とぶつかった。
「宵? それは?」
「ア、アエルの鱗です」
何メートルか後ろに下げられたけど、左腕に現れた人の大きさほどの黒い鱗が斧を塞ぎ止めた。鱗にヒビはない。斧は――先端が欠けていた。
斧と鎖は数秒経って力なく落ち、光の粒になって消えていく。それから少し待ってみるが追撃はなかった。代わりに。
「てめぇえぇぇぇぇっぇぇ!」
怒号が響いた。
「今俺の斧を止めた奴! ぜってぇ倒してやるからなァァァ!」
次いでドカドカと言う足音。急いでいるが走ってはいない。怒りを溜めながら早足で来ているのだ。
「コリス、村子さん、二人は逆方向から行って。斧の奴はオレが」
「了解っす!」
「よろしく。
コリス、こちらに敵がいないとは限りません。用心していきますよ」
「了解っす!」
オレは二人と別れてこの場で斧の使い手を待った。ドカドカと言う足音がどんどん近づいて、現れた。
「よぉ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~う。
逃げねぇとは随分じゃねぇか」
……イメージと違った。いかにも不良といった風体を想像していたのだけど意外や意外。染めていない黒髪をショートにして、黒縁メガネをかけていた。人の良さそうな表情をしていれば学級委員と言った感じだ。ただ今は怒りに耳まで朱くしているが。
「大蛇野郎か……けどここじゃあれ出せねぇだろ。城壊すと仲間も潰れるしなぁ」
「……工夫して戦うよ」
「はっ! 良いじゃねぇか! やってみろ……世界に行くのは俺だけどなぁ!」
お読みいただきありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。