第96話「……人間の細胞は持っていませんね」
いらっしゃいませ。
☆――☆
「ちょっとよろしい?」
「え?」
午後一時開始のバトルを前に、会場近くのショッピングモールにあるフードコートで昼食をとっていたところに女性二人組が姿を見せた。艶やかな紫色の着物を着ていて一人はオレたちと同じ年頃。もう一人は小学中学年に見え――
「あ、あちしたち双子ね? 中学生ウォーリアよ」
「全くあちしのどこを見たら小学生に見えるのかしら」
考えを読まれた。きっと今までも初対面の人に間違われてきたのだろう。ちっこい方の女の子、同年代だったのか……。
いやそれは良いんだ。
「何か御用ですか?」
居住まいを正して軽く微笑む卵姫さん。オレの隣の椅子に座っていた涙月も卵姫さんの優雅さを見てまずいと思ったのか口に含んでいたステーキを急いで飲み込んで口周りを拭いていた。
「南州チームの方々ですね?」
言われてみればテレビ放送で観た。確か、
「姉の蓼丸 シィよ」
「蓼丸 ミィかしら」
そうそう、そう言う珍しい名前だった。大きい方がシィさんで小さい方がミィさん。
「今、背で見分けようとしたかしら?」
バレた。オレは遠い目をして誤魔化した。
「それで? ご要件は?」
「…………」
シィさんが困った表情で唇に指を当てた。言うつもりで来たのにここに来て迷っている感じだ。
「あちしが言うかしら。助けて欲しいの」
シィさんとは打って変わってはっきりと言うミィさん。彼女は大きく息を吐いて張り詰めていた緊張を解いた。途端に額から汗をかき腕で拭う。
「これを見て欲しいのかしら」
汗を拭った腕とは逆の腕を見せるミィさん。なんと、その腕は人のものではなく昔のテレビの砂嵐に似た物体になっていた。
「この腕は?」
卵姫さんは微笑みを消してミィさんの腕に手を伸ばす。
「触らない方が良いのかしら。ひょっとすると感染するかも知れないから」
ぴたっと伸ばした手を止める。手を膝の上に戻して村子さんに視線を送る。村子さんは飲んでいたりんごシェイクのカップをテーブルに置いて、一つ頷いた。
「魔法処女会【永久裏会】所属、可愛 村子です。わたしが拝見します」
診断用のモニターか、村子さんは指を動かしていくつか操作しミィさんの腕を覗き込む。
「……人間の細胞は持っていませんね」
「あの男は電子体にしたと言っていたかしら」
苦虫を噛んだかのように下唇を噛む。
「あの男?」
「仮想災厄『人類置換プログラム』テンタトレス・マリゲニー」
「「「――!」」」
人類置換プログラム――以前声だけ聞いた。少年か少女か良くわからない声音で元気の良いAIだった。
シィさんの方も右腕を見せてくる。その腕もやはり砂嵐状態。
人類置換――生物を電子体に変える能力。
「どうしてテンタトレス・マリゲニーはお二人にこんな?」
腕に注射をさしながら村子さんは訊ねる。注射器の中身は何だろう?
「誰でも良かったのかしら。
台湾での旅行中にテンタトレスが絡まれていて――ああ、彼自身は涼しい顔していたのだけど、この子が――」
シィさんを指で差すミィさん。
「絡んでた連中をパペットでちょっと脅したのかしら。テンタトレスはありがとうと言いながらあちしたちの手を握ってその時やられたのよ。お礼って言ってたかしら」
お礼でこんな事されたらたまったものじゃない。
「きっと彼にとっては人を置換するのが正しいのよ」
「実際どう言う暮らしが待っているかわからないかしら。
急いでテンタトレスの手を離したからこの砂嵐の手はまだ置換途中だと思うのかしら。けどリアルの物体に触れないかしら」
「みたいですね」
注射をさしていた村子さんが眉間に皺を寄せた。良く見ると腕の下から液体がこぼれている。注射器の中に入っていた薬液だ。
「いっそ切り離して細胞再生医療を行いましょうか」
怖い。手段としてはありだけどあっさり言うあたり怖いです村子さん。
「それでも良いのかしら。シィは?」
「う~ん、それで治るなら」
「それじゃ、永久裏会の病院を予約しておきます。今からすぐが良い? それともバトルの後?」
姉妹二人は顔を見合わせて、
「「後」」
と応えた。
『皆さま良くお集まりいただきました!
「西京」v.s.「南州」バトル開始まで十分です!』
さて、いよいよバトルだ。
オレたちは涙月を観客席に置いて――控え室のモニター越しよりこっちの方が良いらしい――すでにフィールドの端に集合済み。逆方向にある出入り口付近には蓼丸姉妹を含めた五人がいる。
実況アナウンサーの軽い挨拶と注意点が放送されて、
『フィールドを選定します! ルーレット回転!』
ルーレットの針が回り始めた。十秒ほど回った針が、止まる。
『西洋城に決定! ナノマシンを散布します!』
ナノマシンが散布され、収斂し、フィールド全域を使った巨大な西洋の城が形成された。
灰色のブロックを積み上げた城で、あちこちから尖塔が伸びている。最長のもので高さは二キロメートルくらいありそうだ。
「おっき~~」
背伸びをして目の上に手を当てるコリス。
「オレは日本の城の方が好きだ」
ふんすと鼻息を出す霞。
「これじゃ中はほとんど迷路だろうね」
一番高い尖塔を見上げるオレ。
「ま、それは相手にとってもそうでしょうし」
顎に手を当てる村子さん。
「そうですね。まず城の中で戦いやすい場所を探しましょうか。
全員『ベル』は使用しましたね? チームの行動に遅れないように」
一人一人の顔を見て笑う卵姫さん。
モニターを見るに南州チームも似た反応を示している。
『それではお待たせいたしました! バトルスタートカウントダウンを始めます!
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3
2
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0バトルスタート!』
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