第95話『お前にマスターの何がわかる!』
いらっしゃいませ。
「お? おお?」
突然の大声――【eyesys】で聴こえてくる大声にびくっと肩を揺らす。言われた通りに手を離して、瞬間毒が全て洗浄された。だけではなく洗浄の力が薬男子の体にまで這い上がる。
「この!」
薬男子はすぐに大きな傘に似た注射器――パペットだ――を顕現して自分の腕に刺した。今度は洗浄の力が中和されていく。即座にパペットが薬を調合したのだ。
「そっちを向いていて良いの?」
「――⁉」
思ったよりも近くで聞こえた女の声に顔女子が振り返ると、目を閉じたままの聖女がいた。予想外の登場にちょっと驚き「ひっ」と言う声が漏れる。ランプが消えて、顔女子の胸に仮想の穴が開く。
「くっそ……」
アイテムの最後の力も失って落ちていく。【seal―シール―】はきちんとダメージを再現し、バトル終了か何らかの手段で回復するまでは動けないだろう。
これで残るは――四国、鶏女子・聖女女子。北陸、羊女子・薬男子。
「一気に攻めよう!」
鶏女子が巻物を広げ新しい切り絵を作る。
「餓鬼!」
巻物から小さな餓鬼がどんどん出てきて鶏賢者の後ろに付く。鶏賢者はそれらを一瞥すると先んじて風の壁を造って敵陣へと放った。まずは行方がわからない羊女子を引き釣り出す――つもりらしかったが鶏女子がどこから来たのかシャボン玉に取り囲まれてしまった。
ぱん! と弾ける度に視界が霞んでいく。けど鶏女子は懸命に餓鬼を維持し鶏賢者と共に風の壁を追いかけさせる。
「あんたも先に行って!」
「ありがとう。気をつけて」
餓鬼の後ろに付いて聖女女子が行く。
そこにちょこちょこと羊パペットがやってきて可愛いパンチで鶏女子の足を殴った。感覚を失っていく鶏女子。
「ふん!」
最後の力で新しい切り絵を作り出す。空が曇天。それはあっと言う間に雷雲になって局所的な豪雨を降らし雨水は洪水となって羊を押し流した。
「うわ」
洪水に流されないようにしたのだろう。シャボン玉の中に入った少女が農具用倉庫の影から浮き上がってきた。
「いただき!」
「――あ!」
雷がシャボン玉に落ちて中にいた少女の意識をあっと言う間に刈り取る。
「はっ……どんなもん――」
鶏女子は得意気な顔を浮かべるも、羊にやられた影響で崩折れて。
『――!』
ユーザーが倒れたのを感じ取った鶏賢者。気づけば背後についていたはずの餓鬼たちが消えていた。しかしそれでも彼は進む道を選んだ。残る敵は薬男子だけ。それを倒す事こそがユーザーへの孝行になるからだ。
「オイオイオイオイイオイオイ……ホントに皆やられたわけ?」
スタート地点――フィールドの端で腕を組み悩む薬男子。こちらで得た情報によると薬男子の役目は本来後方支援だ。悔しいが体力に自信はない。いやトレーニングはしてきたらしいが基本病弱な体質みたいだ。だからわざと態度を大きくしてその実、家では薬や医療に関する情報を集め続けた。結果でき上がったパペットが――
「……行こうか『トメ』」
傍に控えるロボット看護師型の『トメ』だ。バトルには向かないと思われる。思える、だけだ。
「中枢神経を抑える。全身麻酔ガスの散布を」
『畏まりました』
トメが腰のベルトに差していた小瓶を幾つか抜き取り中にあった飴玉に似たものを口に含んだ。カリコリと咀嚼し、飲み込まずにガスとして吐き出す。赤紫色のそれはフィールドの大気を漂い、
「――!」
聖女女子の元まで辿り着く。聖女女子は足を止めてまずは観察。そしてランプの火を一つ消した。ガスに穴があいて一度霧散するもすぐに元に戻る。
『私がやろう』
鶏賢者が前に出て持っていた杖をガスに向かって伸ばす。杖の宝玉が光ってガラスの立方体を幾つも作り出しガスに向け放った。立方体はガスに反応すると増殖してガスを取り込みつつくっついていき、
「――⁉」
薬男子とトメをガスごと覆った。
「ムダだよ。オレたちには効かない」
『ガスが効くとは思っていない』
「――!」
いつの間に接近したのか鶏賢者が立方体の上に立っているではないか。彼は宝玉を立方体にコツンと当てる。すると。
「――重⁉」
中の重力が倍加した。
「トメ!」
『畏まりました』
トメが医療用ポーチからナースウォッチを取り出しその表面を指で叩く。
『――!』
鶏賢者の動きが止まる。時間を停止させられた。
『成程似た力を持っている』
杖の宝玉が光って時間停止は解除され、
『――⁉』
逆にトメの動きが止められた。しかしすぐに鋏を取り出し『力を切る』。重力も立方体もこの時切られて。次いで電卓を取り出し一÷二と入力する。すると鶏賢者の姿と力が半減し、鶏賢者は宝玉を光らせ宙に文字を書く。自身に降りかかる不幸を集めトメに放つ。トメは電卓に一×二と入力し力と姿を倍加。結果何も起こらずにその場をやり過ごした。
「トメ! 炭疽菌散布!」
『畏まりました』
腰のベルトから小瓶を幾つか抜き取り中にあったものを口に含む。カリコリと咀嚼し、飲み込まずに菌を吐き出す。
『少年!』
「え?」
鶏賢者に怒鳴られてびくっと肩を震わせる。
『君は病原菌で人を殺すのか⁉ それでも看護師をパペットに持つ男か⁉』
トメが薬男子を庇って前に出る。鶏賢者は自分の体に宝玉を当てて毒素を体の外に転移させて消す。
「ど、どう使おうとオレの勝手だろ!」
『パペットに殺しをさせる気か! それでは私たちを裏切ったアエリアエ・ポテスタテスと何も変わらんな!』
「――! あんな化物と一緒に――」
『――するな!』
「『――!』」
言葉を引き継いで叫んだのは、トメだ。真っ白な顔が怒りを表し歪んでいる。
『お前にマスターの何がわかる!』
『理解していれば良いと言うものではない! 我らパペットは知識量でマスターユーザーを上回る! その我らの役目は友として家族としてユーザーを手伝い石ころで転ばぬようにする事! それが貴公はなんだ⁉ 毒や菌を使わせるとは! パペットとして恥を知れ!』
『――お前に』
「トメは良くやってくれてる!」
今度は薬男子が叫びを継いだ。
「オレが病院から飛び出した時も体にナノマシンを入れるのを嫌がった時も安心させてくれたし説得もしてくれた!」
『ならば彼女に病原菌など作らせるな! その手を汚させておいて満足するなどエセ正義だ!』
「――っ……!」
反論できなくなって口を噤む薬男子。歯が噛み締められる音がする。
『マスター……』
「オレは……」
『互いを思うならその力、少しでも医療に使うべきだ』
顔を見合わせる薬男子とトメ。トメの中では薬男子はとても弱いのだろう、薬男子の中ではトメはいつも微笑んでくれていたのだろう。
だけど薬男子は毒と言うアイテムを持ち、トメに死に至る菌を作らせている。
なぜ?
「オレは……このバトルに勝ちたくて……」
『なぜだ?』
「体弱いとバカにされるんだ……見返したくて……」
あ、そう言う気持ちは、わからなくもない。
『ならば毒など使わず薬を手にするべきだった。君はどこかで人を潰したいと思いそれに関する情報を集めていたのだろう。
それをトメは止めるべきだったのだ』
『……っ』
苦虫を噛み潰したような顔とはこう言う表情を言うのだろう。トメは苦しみながら薬男子を見つめる。お互いの視線が交錯する。
『止むを得ん。ここは私が制裁を加えよう』
「『え?』」
『ふん!』
鶏賢者は賢者らしくなく、杖で二人をぶん殴った。
「『……!』」
何も防御せず頭を殴られた二人は目を回し、倒れこんでしまった。ピクピクと四肢が痙攣している。
『ふ~~~~~……実況』
『――――――――はっ。北陸チーム全ウォーリア脱落! 四国チーム勝利です!』
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