第92話「貴女は生きている人の為に活きるべきだ」
いらっしゃいませ。
「…………」
どれくらい寝ていたのだろう? 気づけば都市の上に移動していて、地面替わりになっている白磁のメガフロートの熱がひんやりと肌に染み込んで心地良い。
……って、そんなの考えている場合ではなく。
オレは上半身を勢い良く起こした。周りを見てみると、上から音が。
「卵姫さん!」
の、天使が仏と戦っている最中だった。視界の端に映っている時刻と体調管理システムを確認する。気絶した時間と覚めた時間が記録されていて、どうやら六分間意識が飛んでいたらしい。その間に卵姫さんがオレをここに運んでくれて、【紬―つむぎ―】のメディカルシステムで目覚めるに至ったと言うわけか。
他の皆は? 顔を動かしてみるがどうやら皆仏にやられてから目覚めていないらしい。あちらこちらに倒れている姿が見えた。
オレは軽傷だったのか?
『儂らとあの仏は力が似通っているらしい』
――と、『覇王』。成程、それでアエルの攻撃が効きにくかったし、向こうの攻撃もアエルによってほとんどが中和されたと言うわけか。
「……卵姫さんに加勢するよ」
『うむ』
改めて二人のバトルを見る。天使と仏は互いに決め手に欠け一撃を撃っては距離をとり、撃っては距離をとりを繰り返していた。
そこから少し離れた場所――展望台で卵姫さんと仏のユーザーらしき女の子が戦っているのが見える。
仏女子は仏教の武器――金剛杵や戟など――を駆使して卵姫さんをやり過ごし、卵姫さんは素手で捌き続けている。凄いな……。
オレは八つの人魂を出し剣にする。……いや、これはクラゲにも効かなかった。だから八つの剣を全て融合させ、その剣圧を強化させる。特訓で何度か試してみたが、こうすると剣としての性質そのものが強化され、神木から切り出した木剣に変化させられる。
「良し、行こ――」
「未練ですね」
アエルに乗って行こうとしたらそんな卵姫さんの言葉が届いてきた。オレへの言葉ではない。仏女子に対してだ。
「親への愛情を失わないのは結構。しかしそれと故人に未練を持つのは大違いです」
「貴女に何が――!」
どうやら口喧嘩も始まっている。
「故人に優勝を捧げたい――では今いる人たちに何を捧げるのでしょう? 故人に縋り付く貴女の姿ですか? それを見て遺された人は喜ぶのでしょうか?」
「生前にされた応援に応えて――何が悪いと」
どこか弱々しく聞こえる、声。
「夢想ですよ。
貴女は生きている人の為に活きるべきだ」
そんな様子を仏が横目に見ている。不意にその手が伸ばされ、展望台にいる仏女子を掴みにかかった。
「――?」
呆然と座り込む仏女子の周りに仏の手があって。
握り潰すのかと思った……。
「ど、どうして……」
仏は何も言わない。ただ細められた目で自身のマスターユーザーを見ている。どこか悲しげで、それでも慈愛の溢れる目だった。
「何……何か言いたいなら言ってよ信長。いつもダンマリで」
ムッとした顔になる仏女子。仏は一言も喋らない。と思ったら口を重そうに開いて――
『一二三』
とだけ呟いた。
「…………」
一二三はビクッと体を揺らして、固まって。
「……お母さんの……声」
? 偶然同じ声になったのか? いや。
『一二三』
今度は男の声で。
「お父さん……」
これはひょっとして……。
「憑依」
「え?」
今度のはオレの呟きだ。
「仏に御両親の霊が宿って――」
「宵。わたしが言うのもなんですが、パペットはあくまでAIです」
それは承知の上である。だが。
「……そうでしょうか? ここは八百万の国です。万物全てに魂の宿る神霊の国です。パペットに霊が宿っても否定できないと思います」
「……そう信じたいですけど……」
常識としては外れている。でもそれでも。
『一二三』
そう呟く仏の声には間違いなく母性父性が宿っていた。
「お母さん……お父さん……」
とうとう一二三が泣き出した。目を潤ませて、滴を流し、既に失ったものを掴むように手を伸ばす。
仏は少女を両の掌で包むと、
『十界』
その中に光を灯した。仏の絡繰に使われている歯車がくるくると回って、光りだした。
『頑張りなさい、一二三』
優しい光が満ちて、少女の涙を止めた。
その時どこか仏の顔が変わった。機械的で、困った感じに一二三を見ている。
「……ご両親は消えたようですね」
「成仏って言いましょ」
「魂があるのなら、ね」
実際に霊が宿っていたかはわからない。ただパペットの意識が暗示みたいなものにかかっていただけかも知れないし、演じていただけかも知れない。
だけど。
「憑き物が落ちた顔してますよ、彼女」
「貴方のせいですよ」
「黙って見てたくせに」
卵姫さんはぷいっと顔をそらしてしまった。年上に思えていた彼女がちょっと子供に見えた。言ったら怒られそうだけど。
「行くわよ、信長」
『了解』
仏の、信長の声が少年のものになっていた。
「宵」
「はい」
身構え、始まるラストアタック。
信長が両の掌を大きく左右に伸ばす。
『降魔カーマ・マーラ』
光が溢れる。眩しくて目を細めるが、それだけではどうにもならずにアエルに影を作ってもらった。
――と、心の中に愛と煩悩が溢れてくる。
『宵』
アエルの冷静な言葉。心が力強い何かに包まれた感覚。
そう言えば、アエルにも魂が宿ったりするんだろうか? 前に夢で見た人影――あれは?
『覇王』 桜色の単眼と刀のように鋭い鱗を持つ
『闇王』 魔術の法円に似た奇妙な鱗を持つ
『血王』 狂気を表す血が滴るナイフに似た鱗を持つ
『泉王』 二つの口と黒い髪に似た鱗を持つ
『冥王』 死を齎す大鎌に似た鱗を持つ
『電王』 避雷針に似た三つの角と電流の流れる鱗を持つ
『獣王』 金の毛皮と黒い鱗を持つ
『樹王』 妖精の羽に似た半透明のヒレのついた鱗を持つ
この特徴は誰から受け継がれたものだろうか――
『往くぞ、宵』
「――うん」
オレはこれまでで一番力強く頷いた。
『――ォォオオオオオオオオオオオ!』
牙を見せ叫ぶアエル。光が霧散し、隙だらけの信長の胸元が見えた。
横を見ると卵姫さんも光から抜け出していて、しかし額と首筋には珍しく汗が滴っている。卵姫さんはオレに気づくと薄らと微笑んでくれた。次いで目を鋭くして一二三を睨めつけ、
『―― 一閃』
最後の一撃。
同時に。
「――息吹!」
『――ァ!』
色とりどりの炎の激流が信長を貫いた。
『西京チーム! 京都チーム全ウォーリアを撃破! 勝利です!』
お読みいただきありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。