第88話「ないものに恋焦がれても仕方ありませんね……」
いらっしゃいませ。
アエリアエの【seal―シール―】が一新する。より洗練に。精錬に。彼の表情が歪んでいなければ神々しくすらあった。更に残ったUFOが形を変えアエリアエの体に装着されていく。
アエリアエは体を低くして、姿を消した。
「――っ!」
オレは咄嗟に胸の前で腕をクロスさせて、アエリアエの拳につけた剣を防いだ。【seal―シール―】がなければ間違いなく腕ごと体を貫かれていただろう。
「へぇ」
にやりと歪む、アエリアエの唇。
「――プログラム、セカンド」
「――⁉」
流れ込んでくるイメージ。
ここは? 体が熱い。熱湯の温泉? ブクブクと泡ができては消えて、その温度が人の耐えられるものではないと主張している。それに色も赤く。生臭い匂いもする。
これは、血だ。血の温泉。
オレの全身にはストローに似た針が刺さっていて、そこから血が吹き出ていた。
死ぬ。このままでは。
『一刺し必中!』
「喰らうかよ!」
アエリアエがUFOだった装着具から光の粒を蒔く。
『――!』
一つ一つが強い光を放ちながら爆散してクラウンジュエルの突貫を減速させる。アエリアエはランスを掴んで、武装を広げた。
「――プログラム、サード」
『オオオオオ⁉』
「――アア!」
クラウンジュエルを通して涙月の脳をイメージが侵食する。
「ははははははは!」
武装が更に広がり、会場を埋め尽くす。
「このまま人類皆ぶっ殺してや――あ⁉」
だがその時、頭上に、雲と同じ高さだろうか? そこに一つのパペットが現れた。
シャボン玉の中にシャボン玉がある姿を想像して欲しい。中のシャボン玉が人の赤ん坊の姿で、外のシャボン玉が化け物だ。
【彼女】には人が化け物の皮を被っているように見えるのだろうか?
そうそれは、アマリリスのパペットの発展型だった。
「パラン!」
喜色に染まるアエリアエの顔。さしずめ獲物を狙う鷹の眼と言ったところか。
「オレは興味ねぇが! ユメの目的でもあるしな! ここでオレが――」
「やめなさい」
「あ?」
オレは震える体をなんとか動かし、オレの影響で活動を停止しているアエルの上から首を巡らす。アエリアエが見ているのは……? 会場の屋根を格納している部分。そこにいる女性だった。
「フリアエ」
全身真っ白の肌で、真っ赤なドレスを着込んでいる。人間じゃない。彼女も仮想災厄の一人だと直感で理解した。ひょっとしたら【紬―つむぎ―】がそう報せているのかも。
「まだアマリリスは放っておきなさい」
「オレのプログラムならパペットを通してアマリリスをイメージ侵略できるんだぜ? 絶好の機会だろうが」
「ユメはアマリリスの成長を望んでいます」
成長……だって?
「それを利用する為だろう。今捕まえりゃ良いんだよ」
「ワタシが貴方を壊しますよ」
「…………」
睨み合う二人。
なんとか……ここで二人を削除できれば……。
「オットォ! 余計なん考えんなよ」
「――!」
オレの脳裏にまた新しい地獄が浮かんだ。
ダメだ……。
「……わかったよフリアエ。退いてやる。ただいつかこの二人はオレがヤるぜ」
「ご自由に」
アエリアエは最後にオレと涙月を見てにやりと笑いフリアエと共に姿を消した。
この十分後、意識を取り戻した運営とウォーリア、ギャラリーの総意が確認され、一時間後大会は再開される運びとなった。
仮想災厄に関する情報は秘匿され、オレと涙月には綺羅星から直接メッセージが来てアエリアエとのバトルを記録した情報を譲ってくれとの旨が伝えられた。
「いやぁなんもできませんでしたな……」
涙月と二人、西京チーム控え室のテーブルに突っ伏しながら。
「子供であれなら、ユメはもっと……」
「もっとと言う表現を使うなら――」
ドアから空気が抜ける音。スライド式の自動ドアが開いた音だ。
「卵姫さん」
入ってきた我らのリーダーは、いつもの余裕はなく眉間に皺を寄せていた。表情自体が堅い。
「わたしたちなんて向かう事もできませんでした」
そう言って涙月の耳に――【紬―つむぎ―】に指で触れる。
「綺羅星が早く【紬―つむぎ―】の量産に入ってくれれば……」
ぎりっと歯を噛み締める音がする。しかしそれもすぐに隠され、諦めた風に眉を下げた。
「ないものに恋焦がれても仕方ありませんね……。宵、涙月」
「はい?」
「うん?」
「お二人を【魔法処女会】から除名します」
オレと涙月、二人揃って「は?」と目を丸めた。
「神巫からの指示です。お二人を義務で戦わせるのではなく、自由に戦っていただけるようにと」
「巫が……」
自由に――戦ったとして勝てるだろうか? 今回だって抵抗したのに結局やられてしまって……。
気持ちが沈んでいく。視界が暗くなっていく。
「――とかって落ち込んでる場合じゃないよね」
ムクッと下げていた顔を持ち上げる。
「よー君、復活早いね……」
「オレが沈んでいたらアエルが弱くなりそうだし」
せっかくプチの状態から大きくなってくれたのだ、オレが弱ってどうする。
「……成長してんね」
「涙月、なら逃げる?」
涙月の眉が動いた。
「逃げる……ですと?」
あ、なんかやばい。涙月の背後からゴゴゴゴゴなんて言う音が聞こえてきそうだ。
「仮にも騎士のパペットを持つ身ですぞ。
仮にも神巫から【紬―つむぎ―】を受け取った身ですぞ」
はいそうです。
「頑張ります!」
頑張りましょう。
「わたしたちはどうしましょう……」
と、まだ卵姫さんが浮かない表情のままだった。
「【紬―つむぎ―】しか対抗できないのでは……」
「卵姫さん、質問良いですか?」
「なんでしょう?」
ずっと感じてきた疑問をぶつけてみよう。
「どうして仮想災厄はこのバトルに参加しているんですか?」
「え?」
さも「意外な質問です」といわんばかりの顔。
オレはおかしな事でも聞いただろうか?
「……バトルものだから?」
「「そんなバカな」」
ひょっとして知らないのだろうか?
卵姫さんは指を唇に当てて考えるポーズ。やや時間を取ってぽんっと手を一つ打つ。
「神巫に確認しましょう」
知らなかった。
とその時再び空気が抜ける音。
「お待たですお股ですレアものですそう簡単には開きませんよ?」
「何言ってんのコリス?」
入ってきた途端すっとぼけてくる。と言うかコリスは全く落ち込んだりしなかったんだ。陽気な性格素晴らしい。
「セカンドバトル、終了しましたよ」
コリスに続いて村子さんと霞が入ってきた。三人共再開されたバトルを観に行っていたらしい。
「どっちが勝ちました?」
「四国チームです」
四国が勝ったのか。一人――仮想災厄『人類侵入プログラム』アエリアエ・ポテスタテス――が抜けても勝利するとは。
「寧ろそれに対する怒りが原動力になっていた風に感じました。鬼気迫る勢いでしたね、霞?」
「なんかもう無茶苦茶だったぜ。四国チームはなりふり構わずで連携もクソもあったもんじゃねぇし、北海の連中はビビりまくってたし。
バトルってーよりガキの喧嘩だったな」
「そう……まあ、実際子供だけど」
まだお酒だって飲めない。
「んなツッコミは良いんだよ」
『お報せします』
「ん?」
館内放送だ。オレたちは会話を中断して耳を向ける。
『午後から予定していたサードバトル「西京」v.s.「京都」は予定通り午後二時からの開戦となります。
両チームの皆さま、観客の方々、遅れないようにご注意下さい。
繰り返します――』
「さて!」
パン! と涙月が両手を叩いた。彼女は表情をいつも通りに輝かせる。
「食事しよう!」
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