第86話「名前なんてどうでも良いんだ。オレは――」
いらっしゃいませ。
☆――☆
『さぁ無茶苦茶やってくれたファーストバトルの事後処理も終わりましてセカンドバトル 「北海」v.s.「四国」! 開戦まで十分切りました! もう皆さまフィールドに出揃ってますね! 五分前行動もかくや素晴らしい!』
「よー君あの子たちの格好」
涙月が北海チームと四国チームを一人一人指差す。注目したのは二人が付けたチョーカーだ。【魔法処女会】の証であるチョーカーだった。
「やっぱり他の地域でも参加してたんだ」
全ては仮想災厄を倒す為。義務で戦う彼女たちは果たしてこのバトルを楽しめているだろうか?
……あれ? そう言えば仮想災厄はなぜこのバトルに参加しているんだ? アマリリスが狙いならバトルに参加する必要などないはずだけど?
『五分前です!』
今から卵姫さんに聞くのは時間がないかな? それに向こうもバトルを観ているかもだし。時間がある時に聞いてみよう。
『バトルフィールドを選定します!』
ルーレットが表示され、針が回り始めた。ドラムロールがけたたましく鳴って――針が止まる。
『機械惑星に決定! ナノマシン散布開始!』
会場に設置された散布装置から蒼い光が吹き出てきた。勿論毒薬ではなくナノマシンの起動の光だ。フィールドに収束し、収斂し、形を作っていく。その姿は人の科学が発展して行ったら辿り着く姿かも知れない機械の街並み。銀色がベースでキノコに似た背の高い建物の上に街が乗っかっている。それらの周りには背の低い木々が。
『バトル開始まで――10!
5
4
3
2
1
0! バトルスタート!』
その言葉を合図に十人が一斉に駆け出した。隊列は足の速さの違いからかそれとも作戦かゆっくりと乱れていき、四国チームの一人が先頭に立って素早く森林を駆け抜けていく。その姿に光が集まっていき、蛍の光のように緑色に点滅を始めた。蛍男子はどんどん速さを増して行き、勢いそのままにキノコ建築物を登って街にたどり着いた。そこで一旦立ち止まり、蛍男子は目を閉じて大きく息を吸って――止めた。
「はっ!」
カ! と目を見開き気合の一声。蛍男子の光が急激に広がってフィールドをがっぽりと包んだ。途端北海チームの五人が体を崩して倒れ込んで。身体強化のアイテムかと思ったけど、どうやら違うらしい。一際強い光を放つ蛍男子は大きく跳躍し、五・六歩で横たわる北海チームの頭上まで到達、右腕を大きく振りかぶった。
「――よ……けろ!」
北海チームの一人が弱々しくも叫び、しかし彼に向けて蛍男子の拳が振り下ろされる。
「――!」
轟音。吹き飛ばされる木々。クレーター状に歪む大地。蛍男子の放った殴打が北海チームの一人に叩き込まれ、衝撃が大地に広がったのだ。
なんて威力……やっぱり身体強化能力だろうか?
北海チームの他の四人も爆風に吹き飛ばされてキノコや無事だった木の幹に叩きつけられて横たわっている。その内の一人の男子に向けて蛍男子は腕を振った。衝撃が走り、北海の男子を更に弾き飛ばす。
「くっそ!」
襲われた男子は転がりながらもなんとか姿勢を正し、四つん這いの状態で蛍男子を睨む。
「翼風竜!」
北海男子のパペット、ワイバーンが顕現した。黄緑色に輝く四つの翼。鋭い爪と牙。巨大な体躯。爪一つでも人間の体など裂いてしまいそうだ。
「ぶち殺せ!」
物騒な言葉を口にする竜男子の声に合わせてワイバーンが蛍男子に襲いかかる。
「ムダだっての」
蛍男子はワイバーンを避けようともせず仁王立ち。好機なのにワイバーンが直前で地面に倒れた。
「な⁉」
「俺のパペットは『サイファー』――ナノマシンだ」
ナノマシン? そうか、ナノマシンでフィールドのナノマシンに干渉して操っていたのか。
「な・る・ほ・ど!」
北海チームの男子一人がいつの間にか体を起こしていて、楽しそうに目を輝かせる。
「立ってもムダだって」
「フィールドに干渉できるのがお前だけだと思うなよ!」
男子は地面に手を付いた。すると光のラインが走り――
「クラック!」
蛍男子の光の点滅が早くなった。プログラムに侵入されたのだろう。光が点滅の速度を速めていき、バラバラと散っていく。
「なら! 消える前に倒すだけだろ!」
蛍男子が一瞬でクラック男子の眼前に移動する。右脚を振り上げてクラック男子の顎を蹴り上げる。はずだった。しかし足はもう数センチと言うところでぴたりと止まり、蛍男子の全身も硬直していた。光のラインを全身に走らせて。
「一歩オレんが早かったっぽいな」
「くそ……」
そこにワイバーンが飛来し、巨大な爪で蛍男子を引っ掻いた。
「良し、行くわよ」
「お前さっきまで倒れてたのに仕切るなよ……」
蛍男子の影響が消えて自由になった北海チームの一人――女子だ――が砂のついた服を払いながら進行方向に向けて歩き出していた。ダメージは残っているのかちょっとふらついている。
「念の為」
クラック男子は手近な木に手を触れて光のラインを走らせる。それは一番近いキノコ型建築物にも走って、分解した。一つ一つの破片が尖っていて武器にする気満々だ。
「仰々しいな」
「すぐ攻撃できるようにだ」
クラック男子の傍には上半身だけのロボット型パペットが浮かんでいる。クラックはパペットのジョーカーだと思われた。
それは良いのだが、彼らは空が少し暗くなったのに気づいているだろうか?
「ん?」
最初に気づいたのは仕切り始めていた女子。【魔法処女会】の女の子だ。彼女は空を見上げるとその奇妙さに眉を寄せる。
「なんか……歪んでない?」
「え?」
空は奇妙な感じにゆらゆらと揺れていて、まるで陽炎が空を覆っているみたいだ。
「……何かいるぞ!」
気づくのが早いか攻撃されるのが早いか。陽炎から閃光が放たれた。
ヒットする――と思ったのだが地上に雷雲が広がって天地逆に撃たれた雷撃が閃光と打ち消しあった。雲は一ヶ所に集まって巨大な蜘蛛に。雲から蜘蛛になるとは……いや良いんだけど。蜘蛛は口から虹色の糸を吐き出し、陽炎にぴたっとくっついた。
「登るぞ!」
虹になった糸を伝って陽炎へと迫る北海チーム。クラック男子が引き連れていたキノコの残骸を陽炎に向かって撃ちだすもバリアに阻まれてしまう。
「姿見せろ――よ!」
クラックのラインが空に伸びる。バリアに侵入し解除、更に先へとラインが伸びて陽炎を打ち消し敵の正体を暴く。
「UFO⁉」
形はシンプルな空飛ぶ円盤アダムスキー型。ただとても巨大でフィールドの屋根と化している。
「ぶ、分解してやる!」
クラック男子がラインを伸ばすもUFOの表面に触れた途端弾かれてしまう。どうやらクラックできない物もあるらしい。レベルの関係か構成物質の問題だろうか?
「それ今だ!」
「あいよ!」
UFOの側面にドアが開いて、中から四国チームのメンバーが飛び出てきた。ふた組は虹の上で激突する。
一人が魔法の杖――パペット――で攻撃すれば一人が人型の鶏顔賢者を顕現して術で防ぎ、別の一人が全身炎のケンタウロスを顕現すると一人が全身氷の牡牛を顕現する。
その中で四国側【魔法処女会】の一人が幾つものランプを持つ聖女を顕現する。するとUFO男子が飛び出てきて聖女女子に向けて手を振り下ろした。直接殴りに行ったのだ。けど割と本気っぽかった殴打は目を閉ざしたままの聖女の掌に受け止められていて。と言うか――仲間に攻撃した?
「そのまま黙って聞きな」
突然の仲間割れで実況もギャラリーもざわめきだす。
「何よ?」
「オレはアエリアエ・ポテスタテス」
「空太ではなかった?」
登録名とは違う名。本名以外認められていないのにルール違反だ。
「名前なんてどうでも良いんだ。オレは――仮想災厄の一人『人類侵入プログラム』アエリアエ・ポテスタテスだ」
お読みいただきありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。