第85話「嘘でしょ――」
いらっしゃいませ。
それがシャボン玉の効果なのだろう。だけど皆爆弾にヤられたはずではなかったか?
「は……は」
弱い笑い声が聞こえた。全身やけどを負った毒男子が密かに笑っていた。いや、若干回復しつつある?
「毒薬だけじゃ……ないんだぜ……」
薬全般を使えると。毒男子改め薬男子はいつの間にか仲間に薬を打っていたのだ。
「シャン!」
女子の声。北陸チームのシャボン玉女子の声だ。声に振り向いてみると彼女の傍に羊タイプのパペットがいた。
「何をするか知らないけど!」
東京チームも回復したらしく、女の子みたいな顔をした男子がパペットを顕現した。蝶か蛾か、鉄扇を幾つも重ね合わせて羽を作り出す蝶に似た姿を持っているそれは上空に飛び、糸のついた鉄扇を下に垂らして振り子のように揺らし始めた。
北陸チームユーザーは――ウォーリアは想像以上に早く揺れる大きな鉄扇に動けずにいたが、羊が器用に糸を登って行って蝶の顔を――殴った。
「おお?」
可愛らしいパンチに思わず声を上げる涙月。蝶の方は特にダメージを受けた様子もなく、『?』と言う顔をしていた。羊は尚も何度か殴っていたが、蝶はビクともしな――
『――⁉』
突然、バランスを崩す蝶。
「その子は感覚を揺らせるのよ」
そうか。蝶はグラグラと揺れると平衡感覚を完全に失ったのか体を壁に打ち付けながら落下する。
「え?」
蝶が床に叩きつけられると同時に景色が変わった。
「何?」
羊女子がパペットを呼び寄せて体を寄せ合う。その時にはもう風景は変化を終えていた。どこかのヨーロッパ中世を思わす街並みだ。中央には巨大で黒い城があって、街中にはモンスターがカッポしている。
「魔王城」
東京チームの一人が、黒く長い杖を持って城のテラスに立っていた。
「これが俺のパペットとジョーカーだ」
魔王城とその城下町のモンスター、そして自らを魔王と化すジョーカー。なぜ勇者側ではなく魔王側なのか問いたいが、まあ少しグレてる方がかっこ良いと思うタイプなのだろう。
「行け魔王軍!」
『ガアアアアアアアアアァァァァァ!』
一斉に叫ぶモンスター。叫ぶだけではない。一斉に北陸チームに襲いかかった。
「――⁉」
――と思ったら、モンスターたちが崩折れた。
「な? な?」
そのモンスターたちの頭にパサリと落ちたものは――写真?
「なんだよ?」
魔王男子が呆然と宙に漂う一昔前のフィルムでできた化物を見ていた。そいつが手の指でカメラを作っていて、瞬きをする度にシャッター音が響く。
「これがオレのパペットだよ。魂を切り取るパペットさ」
北陸チームの男子。
「んでこれがジョーカー」
フィルムマンが指を崩し、途端体を作っていたフィルムがバラバラと崩れた。カメラ男子がそれを掴むと、手に出現したハサミでフィルムを切る。
「あんたのパペットの記憶を編集する」
「な――⁉」
「このバトルが終わったら再編集してやるよ。それまで惚けてな――⁉」
頭上に影が差した。カメラ男子が振り仰ぐと、そこには木造りの帆船が浮かんでいた。
『オオオオオオ!』
船上から聞こえてくる雄叫び。船員たちが姿を見せ、大砲を、銃を構えてくる。
「やば――」
カメラ男子は一身で全ての攻撃を受けてしまい、倒れた。
「猛れ!」
そこに魔王男子の止めの呪文攻撃。炎がカメラ男子を焼いた。と思ったらすぐ後ろに顔が出現。
「え⁉」
最初に現れたパペットだ。追いついたらしい。
顔は後光を放つと魔王男子を軽く燻った。焼くつもりだったのだろうが、魔王男子が咄嗟に氷結系呪文を自分にかけたのだ。
「甘い!」
「どっちが!」
魔王男子の背中に巨大な腕が現れて彼を殴りつける。
「おお⁉」
魔王男子は殴り飛ばされた先の空中でぴたりと止まる。浮いているのだ。アイも変わらず凄いシステムだと思う。エレクトロンと綺羅星を始め国際共同制作システムだったはずだけど、これってゲーム以外でも使われないのだろうか?
などと考えていると魔王男子を殴りつけた女子が巨腕をもう一度振りかぶって殴りかかるところだった。女子の体には顔パペットの体躯と思われる巨大な腕と足が付いていて、それはアイテムであるようだ。
「狂え!」
殴りかかる女子に魔王男子が吠えた。すると巨腕が向きを変えて顔パペットに殴りかかり――直前で巨脚で魔王男子を蹴り飛ばした。いや、今度は魔王男子も防御呪文を発動させていた。若干後退しながらもダメージを負った様子はなく。ただ「狂え」は解除されたらしく顔パペットに拳は届かずに。
今度は巨脚で魔王男子を踏みつける動作。顔パペットもあぐっと口を開けて、閃光のブレスを放った。だが魔王男子を遮るように帆船が横切って、庇うと同時に魔王男子を乗せてその場を移動する。敵のいない方へと、逃れたはずだった。
「「――⁉」」
真横から巨腕の張り手を受けて乗っていた帆船のユーザーと魔王男子が吹き飛ばされた。
「ぐ……くっ!」
「逃げた――はずなのに!」
感覚が狂った。注意深くモニターを見ていた観客だけが気づいただろうが、帆船のユーザー男子の背中を羊が殴っていたのだ。
壁を突き破って飛んでいく二人を追撃する顔パペット。光の円環が幾つか作られ、まず帆船を円環でくくって動きを停止させた。
「くそ!」
毒づく帆船ユーザー。その体も円環が捉え動きを止められ、
「穿て!」
やはり体を円環で縛られながらも叫ぶ魔王男子。巨大な雷が顔パペットを貫いた。
『がぁぁ!』
悲鳴を上げる顔パペット。そこに金魚の群れが飛んできて雷のダメージを喰った。
「な⁉」
鬣女子がある程度回復したらしく追撃してきたのだ。
「なんてな」
ニッと笑う魔王男子。その真意を北陸チームが測りかねていると、頭上からヒューと言う音が聞こえた。北陸チームが振り向くと、小さな白い爆弾が落ちてくるところで。目を細めてみると爆弾に何か模様が描かれていた。
「嘘でしょ――」
核爆弾だ。
鬣女子が一斉に金魚を喰いつかせる。だけどそこに魔王男子の放った炎の塊が飛んできて――
ド――――――――――――――――――――――――――――――――――ッ!
爆発。
「「「――!」」」
会場を揺らす激しい振動。バトルフィールドと観客席はエナジーシールドが隔てているがそれでも凄まじい揺れだ。バトルフィールドの中は爆炎と爆風と爆煙が嵐の如く暴れまわっている。
これは……敵も味方も吹き飛ばしてしまったんじゃないだろうか? まさに奥の手であり最終手段だと思えた。
『じょ――状況を確認します!』
実況を続けていたアナウンサーが席から身を乗り出しながら様子を伺っている。予備の浮遊カメラがフィールド内に解き放たれてその分モニターが表示された。
カメラは先の見えないフィールドを飛び続け、まず大気成分を確認しだした。放射能まで再現されていたら洒落にならないからだろう。しかし心配は杞憂に終わったらしく、その旨がアナウンスされた。次いで生体反応をスキャンし始める。一人、また一人と倒れている体が発見され、準備を終えた救護班が突入する。
『――!』
実況アナウンサーさんが息を飲んだ。誰かの手がカメラを掴んだからだ。真っ暗になったカメラモニター。手が離されて改めてカメラを掴まれて、ある女子を映し出す。
「はっ……地中深くに逃げて助かった――他は全滅したぜ」
鬣女子だった。他には立っている人間もパペットもおらず、つまり。
『ほ、北陸チームの勝利です!』
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