第84話「一人いないね」
いらっしゃいませ。
「行くぞ!」
「「「おう!」」」
「行きます!」
「「「了解!」」」
それぞれのチームリーダーが合図し、バトルが始まった。それと同時にフィールド上空になんとバカでかい『顔』が出現する。顔の表面だけだ。耳もないし、首もない。頭部もない。目と鼻と口があって、例えるならいかつい顔のついた盾。
『ぐふふふふうっふ、後光!』
「――⁉」
喋る顔。その背後から放たれる光。
『…………ああ』
『閣下……』
「お、おいちょっと!」
光を浴びた東京チームのパペットが弛んだ表情になる。魅了の力――だろうか?
「男キャラのパペットが魅了なんてちょっとアレな気もするけど」
と涙月。確かにゲームなんかだと魅了を使うのは妖しい女性キャラが定番だ。
『貴君らに階級を授ける!』
上空の顔パペットが叫ぶ。高みから王として。
『トリアリイとして我が旗下に加わり旧マスターを討ち滅ぼすべし! ――が⁉』
盛大に言葉を放っていた顔パペットの口に刺さる筒。
『あが?』
意味不明な巨大な筒に口を塞がれて顔パペットはそれを吐き出そうとする。
『おえ……』
しかしそこそこ深く入っていたらしく餌付く顔パペット。彼は筒の端から伸びている紐に視線をやってぎょっと目を剥いた。
導線だ。
火は勿論――点いている。
『おげぇ⁉ かーぺっぺ!』
筒を、つまりダイナマイトを吐き出したものの。
『がぁ!』
顔のまん前で爆発されて悲鳴を上げる。
『――は⁉ 俺たちは?』
顔パペットに操られかけていた東京チームパペットが正気を取り戻した。顔パペットの意識が途切れたのだろう。それを証明するように顔パペットがひゅ~と落ちていった。
「行くぞ!」
気を取り直した東京チームが駆け出す。反対側では北陸チームも一人を残して既にフィールドを駆けていて。残った一人は顔パペットに向かって何か話しかけている。マスターユーザーだろうと思われる。
東京チームはある程度進んだところでぴたりと歩みを止め、数百メートルほど下がって迷宮のあちらこちらに身を隠した。進んだのにどうして戻ったんだろう? と疑問に思ったが答えはすぐに明かされた。
「――⁉」
東京チームが進んだところまで北陸チームが差し掛かり、その足元が爆発。地雷だ。成程それを仕掛けてから戻ったのか。しかも誰が仕掛けたのかわからない。モクモクと黒煙が舞い上がって風にさらわれていく。黒煙が払われた時、そこには三人が倒れこんでいた。大気中のナノマシンと【seal―シール―】は確実にダメージを再現し、ユーザーの足が何本か見えなくなっていた。『吹き飛ばされた』ダメージの再現だ。
「一人いないね」
「うん」
北陸チームは一人残してきたから地雷に巻き込まれたのは四人のはずだ。けど倒れているのは三人で。それを東京チームも不思議に思っているらしく小声で話し合いながら注意深く周囲を見回している。
「うわ⁉」
と思っていたら東京チームの一人が迷宮の床に沈んで消えた。同時に別の場所から金魚の大群が床や壁から出てきて、口をパカッと開けて東京チームのパペットに噛み付いた。葉を齧る虫のようにパペットを喰っていく金魚の群れ。
ああ……可愛い外見なのに……。
今年はまだ祭りに行っていないが金魚すくいの時思い出しそうだ。
「は――……」
「え?」
床に沈められた一人が勢い良く沈んだ床から現れた。宙に放り出された彼の体には歯型が沢山付いている。床に倒れてゴロゴロと波打つ道を転がっていく。
「待っててすぐ回復を――」
「ま、待て……床の中に……移動している奴が――」
「――っつ!」
仲間を何らかの手段で回復させようとしていた女子の背に影が差した。振り返った時には既に遅く、ライオンの鬣を思わす立派な長髪を持った女子がにや~とした表情で回復女子を見ていた。
「ひっ」
思わずお尻をついた回復女子。鬣女子はその子の首を乱暴に掴むと自分の体ごと床に沈んだ。
「こ、こき君――!」
その言葉に反応した男子が振り返って手を伸ばすも手は回復女子の沈みゆく手を握るところで残念ながら逃してしまった。男子は一瞬苦痛に顔を歪めたが、すぐに片手を床について、更にもう片方の手を宙に向けて、
「爆散!」
こきと呼ばれた男子の言葉で周囲一帯が爆発した。彼が爆薬を操る男子らしい。金魚が飛び散り、迷宮が砕け、男子だけが残った。
「仲間ごとやっちゃったよ」
呆れる涙月。しかしこき男子は誇らしい表情をしていて、二つの足ですっくと立ち上がって周りを見た。まず鬣女子を見つけて、上から「へっ」と笑う。
「……くそっ……」
鬣女子が吐き捨てるがこき男子はそれを無視して近くに転がっていた回復女子の体を持ち上げる。
「まず自分を回復するんだ。んで皆を」
「……う、ん……」
弱々しい声。それでも回復女子は懸命に腕を持ち上げ、顔の前で指を振った。光の文字が浮かび上がって自身の傷を回復させ、すぐに仲間の元へと駆け寄って治療を始める。
こき男子は北陸チームに近づき、体の上に糸のついた手榴弾を一つずつ置いて回る。糸でピンを抜いていつでも爆発させられるように。だが。
「――⁉」
北陸チームの一人がこき男子の首を勢い良く掴んだ。しかしこき男子は咄嗟に手榴弾を起爆させその男子の体を吹き飛ばす。床や壁に体のあちこちを叩きつけながら北陸チームの男子は転がるものの、口元には笑みがあった。
「あ――」
こき男子が崩れ落ちた。掴まれた首の色が赤紫色に変色していて、どうやら呼吸できないらしい。ガリガリと首を掻きむしって、しかし赤紫色は体をどんどん侵食していく。毒だ。あの男子は一矢報いたのだ。
「くそぉ!」
叫ぶこき男子。
「轟来!」
『オオ!』
火薬の巨人が――パペットが出現。
『オオオオオオオオオオ!』
轟来は腕を振り上げ、毒男子を殴りつけた。同時に爆発。轟来の腕が消えるもすぐに新しい火薬が集まって再形成。その後も何度も何度も殴りつけ、爆発させ、会場のギャラリーが息を飲む中で執拗に攻撃を繰り返した。【seal―シール―】で守られているとは言え再現される傷は見たくなかった。
『――オオ?』
轟来の周囲にシャボン玉が浮かんだ。シャボン玉はパチン、パチンと弾けて、その度に轟来の動きが鈍くなる。
「どうした轟来⁉」
体の八割を毒に侵され片膝を着いてもこき男子は懸命に意識を保ち続け相棒の名を叫ぶ。
『視界が――霞んでいく!』
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