第08話「能力を持つ人はそれを社会の為に行使せねばならない!」
いらっしゃいませ。
バスがゆっくりと止まり始めた。自動運送の二つ無人運転と動く車道が停止し始めたのだ。
『皆さん落ち着いてください!
すぐに予備回路に切り替わるはずです!』
しかし五分待っても、十分待っても再起動はなく。
これはまずい。今は海の真上なのだ。
エナジートンネルも消えているし、天候が荒れたらバスごと海に引きずられるかも。
普通の状態でエナジートンネルに異常が発生したら強化ガラスの壁が出てくるはずだが、それもなし。
オレはバッグから第四世代ウェアラブルコンピュータ【紬―つむぎ―】を取り出した。
カード型の耳飾りで、脳に直接映像を送り込んでくれて脳波で映像を操るものだ。
なぜオレが持っているのか?
これを開発した会社『綺羅星』が行った『立体パズル最速王』と言う大会で準優勝した過去があり、その繋がりでモニターに使ってくれたのだ。
あまり人前では使わないよう言われていたのでほとんど家用になっていたが、持ってきた意味はあるだろうか?
オレはカードから伸びている短い鎖を耳につけると、起動ボタンになっている宝石を押した。
う・ご・け。
左目に桜色の日輪が浮き上がり、目の前を星が流れ、綺羅星のロゴが表示される。
よし!
この事故(事件?)が偶然起こったものなのかどうかはわからないが第四世代には対応していなかったみたいだ。
オレはまず――
「おっとそれはなんだいよー君」
「うおおお」
耳元で囁かれた言葉にオレは体を震えさせた。
びっくりした……こそばゆかった……。
「大声出すと皆に見られるぜい。今は皆慌ててるからこっち見てないけど」
どうやら気を使ってくれていたらしい。
「えっとぅ、あれがこれでそうでこんなんなんだ」
「お~~~~~~おくれ!」
「ダメです」
「ぶー」
ブーイングされてもね。
「で、これからどうするんだい?」
「まずアエルを転送して起動するよ。
これには壊れたコンピュータから中身を吸い出す機能もあるから、ただ停止してるだけのコンタクトから転送するのは簡単だと思う」
「ふむふむ」
オレはサイバーコンタクトと【紬―つむぎ―】をワイヤレスで接続し、丸々転送。
「アエル」
『この状況に関する事柄を検索し対応すれば良いのだな』
「うん」
肩に現れたオロチを見て、ホッと胸をなでおろす。
「今アエルちん出てるの?」
「……アエルちん……うん、右肩にいるよ」
「ほっほー」
肩に触れてみる高良。
オレの目には高良の手がアエルを透けるのが見えているが、高良には見えていないだろう。
「ん~なんかデジタルなかったら世界が見知らぬ国に見えるぜ」
「そうだね、デジタル技術なしってなったら人はどうなるんだろう?」
『この事態、どうやら世界中で起こっている』
声をできるかぎり静かに、アエル。
「世界中? それじゃ経済も医療も……」
「なんて言ってんだい?」
「えっと……」
オレは周りを混乱させないよう更に声を小さくして口を動かす。
「なんつー……」
アエルの言葉を伝え終えて高良の表情を見ると、真っ青になっていた。
いや……非常事態なのはわかるけど血の気が引くほどじゃ……。
「どうしたの高良?」
「……治療用ナノマシンもとまる……よね?」
重症・重病などの緊急時、体の血管に流すものだ。
「治療用――アエル」
『止まってから約六分』
「……高良」
「……ごめんよー君、ちょっと癒しをおくれ」
高良はオレの頭に両腕を回すと、力なく抱きしめた。
え? ええ?
「うちの弟……ナノマシンで延命してたりしてな……」
「――!」
高良の弟さん。過去に数度会った程度だが元気に見えた。
が、そんな秘密があったのか。
アエルで起動――はできない。医療用の機械は全て厳重にプロテクトがかかっている。
とてもオレに破れるものじゃない。
それなら、破れる人を探すしかない。
オレは前を行く姉妹校のバスを見て、アエルにオレたちが乗っているこのバスのドアを開けるように言った。
『セキュリティがある』
「オレが破るよ」
「……犯罪者になっちまうぜ」
「非常時だし、軽いと思うよ。それくらいなら受けても平気だから」
オレは手元に有るホログラムキーボードに指を添えるとクラックに頭を使った。本来脳波で操作できる為キーボードは必要ないのだが、慣れてる方を今は選択した。
軽い空気が抜ける音がしてバスのドアが横に開く。
「高良はここにいて」
オレは急いで外に出ると前のバスに向かった。
ドンドンと窓を叩き、開けてもらう。
「先生はいますか?」
「いるにはいますが……」
対応してくれた女子生徒の困ったような視線の先を見ると、目的の男性が呑気に眠っていた。
「ちょっと起こしてもらえます?」
「それすると一日不機嫌なので……」
そんなの言ってる場合じゃないので、オレは靴を脱ぐと男性めがけてぶん投げた。
靴は見事に頭部にヒットし、傍にいた生徒たちが『ざぁ!』と退いた。
そんなに怖いのだろうか?
男性はゆっくり目を開けると、目だけを右に動かし、左に動かし、組んだ両手を解き立ち上がった。
オレの靴を発見した男性はそれを掴み、なぜわかった超能力かとツッコみたくなるほど正確にオレの顔面に向かって投げつける。
「……痛い……」
その言葉を吟味した男性は再び座席に座り直し、目を閉じる。
「寝ないで! 起きて! 幽化さん!」
「…………」
幽化さんはもう一度目を開け立ち上がると、人を寄せ付けない雰囲気を纏ったままこちらに近づいてきた。
「……誰だ?」
「忘れたの⁉ 『立体パズル最速王』!」
パズルのピースに刻まれた問題を一つ一つ解いて解体していく、と言う大会。それでオレはこの人と会っている。と言うか、対戦している。
「……ああ、準優勝か」
「う……そうですよ優勝者」
その男性の左耳には、イヤリング型のウェアラブルコンピュータ【紬―つむぎ―】があった。
「実は――」
「――で?」
一通りの説明を終えて、幽化さんの第一声がこれだ。
「いや……助けようとか……」
「オレが? 見ず知らずの奴を? なぜだ?」
なぜて。
「の――」
「の?」
「能力を持つ人はそれを社会の為に行使せねばならない!」
「そんな格言はない」
ぴしゃん! と窓が閉じられた。
よし、割ろう。
「せ、先生……」
「なんだ大津?」
おどおどとしながら話しかける女子生徒が一人。
「わっ私もあの方と同意見です! できるなら何とかしてください!」
良い事言った大津女子生徒! 割るのは止めとこう!
「……そうか、お前の母親も医療機器頼りだったか」
「はい!」
「…………」
まだ悩むんかい。
けど流石に生徒の頼みを無下にしたりはしないだろう。
「……PTAがうるさいか」
そこなのか悩むところ。
幽化さんは窓を開けると、オレに向かって口を開いた。
「【紬―つむぎ―】は使えるんだな?」
「はい」
「……ちょっと待て」
幽化さんは【紬―つむぎ―】を起動させると二・三操作し、手を止めた。
オレと同じくコンタクトからデータを移動させているのだろう。
「セキュリティを破るところまではやってやる。
そこからは好きにしろ」
「は、はい」
幽化さんは止めていた視線を動かし始め、脳波で操作し、素早く総合医療セキュリティに侵入する。
速い、正確、冷静。
これにオレは敗れたんだ。
『お前の操作には感情が混ざりすぎている』
と、大会で対戦した時言われた覚えがある。
でもそう言うのとっぱらったらロボットと同じじゃないですか?
「――終わったぞ。じゃあな」
それだけ言うと幽化さんは窓を閉じ、自分の席へと戻っていった。
「ありがとうございます」
聞こえていないかも知れないし見てもいないかも知れないがオレは礼をし、バスへ戻ろうとした。
その時声をかけられ、オレは振り返る。
「あの――よろしくお願いします」
大津女子が泣きそうな目で頭を下げてきた。
「頑張ります」
そう言ってオレはバスに向かった。
お読みいただきありがとうございます。
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