第79話<敵のトップの名は――>
いらっしゃいませ。
「『巫』さんが?」
あちこちかすり傷だらけになった体を湯に浸し、しみる傷に「くぅ~」と声を上げた入浴タイムを終え、部屋でくつろいでいた午後七時少し前。涙月から通話がかかってきた。
涙月側であった出来事を聞いたのだけど、【魔法処女会】の教皇? 教皇はイタリアで行われている予選に出ているはずで、そもそも前テレビで観た時別の人だったような?
『【永久裏会】の司祭さんなんだって。影武者さん』
「あ、そう言えば【永久裏会】のトップは見てないかも……」
『うん。で巫が――』
オレを護れと。誰から? 何から?
『狙われる理由あるかい?』
しばし黙考。頭に浮かんできたのは幽化さんとの言葉。
「――ある、かも」
アマリリスに標識をつけた十三人。その内の二人がオレと幽化さん。そして彼はこう言った。
『仮想災厄とやらには注意をしろ。巻き込まれてもオレは知らんぞ』
――と。
それはオレが、オレたちが仮想災厄に狙われていると言う事だろうか? 何の為に? 決まっている。
アマリリスだ。
「涙月、【紬―つむぎ―】はもう着けた?」
『うんにゃ』
「……標識についての話は覚えてるよね? その【紬―つむぎ―】が十三人が持っていたものの一つならそれを理由に涙月が狙われるかも知れないから、迂闊に着けないで。着けた時点でGPSが作動して――」
『良し、着けよう』
「そう着けよう」
……………………………………………………人の話をどう脳内改変したらそうなるんだろうこの子は。
「ダーメ!」
『よー君、私がよー君が危険だと知っていてその舞台に上がらない女だと思うのかい?』
思わない、が。
「……今はそうでも嫌いにならないから」
『わぁ告られた』
おどける声にオレは神妙な面持ちを加えて。
「涙月さん」
『る・つ・き』
「……涙月」
『ん』
吐息のような一言。そして通話の向こう側で鎖の鳴る小さな音。
耳と【紬―つむぎ―】の本体であるカードを繋ぐ弱々しい(そう見える)鎖の音だ。今は音声だけの通話だけど映像通話にしていれば金で装飾されたカードが見えただろう。
『ほい着けた』
オレはため息を漏らした。やれやれと言う気持ちと、どこかホッとした気持ちで。
「起動させた?」
『今起動ジュエルを押したよ。星が流れてる』
脳波とリンクを始めた証拠だ。
『綺羅星のロゴの表示を確認、と』
リンク終了。
「じゃ、これまで使っていたサイバーコンタクトのデータを移行して――」
『お?』
オレの言葉をさえぎるちょっとした驚きの声。
「うん? どうしたの?」
『何か動画ソフトが勝手に起動した』
「動画? こっちと共有できる?」
『待って待って。パス送るよ』
「うん」
ちょっと待ってパスコードが送られてくる。オレはそれをセキュリティソフトの共有項目に打ち込んで動画の起動を待った。
やがて表示された動画は――
<この【紬―つむぎ―】を継いだ人へ――。>
若い男性が表示されてそう前置きがあった。イタリア語だが同時翻訳されている。
<ワタシは【魔法処女会】最高顧問――いや名前は良いか。あなたには、教皇神巫を護って頂きたくこの動画を残しました>
男性には見覚えがあった。瓜二の別人――双子やドッペルゲンガーでなければ彼は、『カウス・コザー』ボーカル、ジキル氏、その人だ。
オレは思わず一時停止ボタンを押した。
「なん……なん……」
口を金魚のようにパクパクさせるオレ。別に餌が欲しいわけではなく。
『オオ……巫に続きまさかの展開……』
一度巫さんで面食らい耐性が少し付いていたのか、涙月のちょっと弾んだ声が聞こえた。ドキワクしている場合ではない、と思う。ジキル氏の神妙な表情を見るに。
『再生して良い?』
「……うん」
<ワタシを良くご存知の方でしたら話が早いのですがワタシは長時間全力を出せません>
そう言って彼が手にしたものを挙げる。薬の入った袋。
<残念ながらワタシは肺を痛めています。
ロックを続けて歌えず間間にバラードを挟んでいる始末です。直に人工肺に変えるつもりですがそれまで教皇を護衛できない。
しかし仮想災厄の驚異はすぐそこにあります。
ですので、ワタシの代わりに教皇を御守り頂ける方を探しています。この【紬―つむぎ―】は綺羅星から【魔法処女会】に納められたものの一つで、世界に十三あるものの一つです。
教皇から最高顧問としてのワタシに預けられたのですが、前述の通りの力不足。勿論できうる限りのサポートは続けます。しかし一昼夜ではどうにもできない。
だから、ワタシは【紬―つむぎ―】を教皇に預けました。これを預ける人物を教皇が自由に選んで良いと言う条件で。いや、本来そんな条件を付けるのもおこがましいのですが。
そして【紬―つむぎ―】はあなたに託された。このメッセージは教皇以外の人物のバイオメトリスクに反応して再生されます。あなたは教皇に選ばれた。
どうか、教皇を御守りください。
敵のトップの名は、十三のシステム・仮想災厄の一つ、
人類誕生プログラム
ユメ・シュテアネ
仮想災厄を束ねるプログラムです>
お読みいただきありがとうございます。
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