第77話「わたしはカンナギ」
いらっしゃいませ。
☆――☆
金曜日――
「じゃ、オレは特訓で――」
「私はデートと」
「…………」
「どうしてジト目で見るんだい?」
……どうして?
オレは涙月の着ている服を上から下までしっかりと見る。普段涙月は制服以外の時はわりと手足を出している。健康そうに日焼けをしていて、細っそりしているからいやらしさは感じない。お臍は恥ずかしがって出したりはしないのだけど。
その涙月が、清楚なロングスカートですよ。
「オレと出かける時よりオシャレしてるね?」
「あらやだこの子ジェラシー」
「おばはんか」
涙月はくるりと回って見せ、スカートがふわりと持ち上がった。
「似合う?」
「似合うけど」
だからこそだ。
「んふふ、よー君そのジェラシーは勘違いだよ」
「勘違い?」
「よー君とは壁がないから素の自分でいるだけさ。これはあくまでお出かけ用」
と言ってウィンクをしてくる。
オレは息を一つ吐いて涙月を見た。
「一応言っとくけど、『巫』――さんとえっちぃ関係にならないように」
「あっはっは。なったら三人で仲良くなれば良いさ」
「何言ってんの⁉」
「ははは。んじゃ行ってきまーす」
そう言い残すと涙月はスキップしながら角を曲がって消えていってしまった。オレはもう一度息を吐き、大きく吸うと特訓へ行くべく足を動かした。
それにしても『巫』さんはどう言うつもりで涙月を誘ったのだろう? 『巫』さんが男なら実にけしからん理由で誘った可能性もあるけれど女の子のはずで。女装男子? それとも……。
「ん~~~~」
まあ十中八九ただの女の子同士のお出かけだろう。きっとそうだ。オレは自分を納得させ、自動運転カプセルタクシー乗り場を目指した。
☆――☆
「えっと」
待ち合わせ場所に十分前に到着したわたくし涙月は――そうですここで私視点ですいやっふ~――『巫』さんの姿を探して首をきょろきょろと動かした。待ち合わせ場所はここ地元西京の都市の一つ、星空伝説&神話をテーマに扱ったアトラクションがたんまりとあるテーマパーク型シティ『ゴールドティア』入口。現実にはない花の形をした透明な壁(天井?)で覆われていて、壁には常に空プラス桜・向日葵・紅葉・樹氷を代表とする四季折々の風景が映し出されている。その頂点―― 一枚の花弁―― は地球を眺められる高さまで聳え立つ。
ここ『ゴールドティア』は――『綺羅星』本社でもある。
そんな場所の入口の一つで私は尚もきょろきょろとしていたりする。
「お~い」
その私に向けて手を振る小さな人影があった。
「お待たせ涙月~」
気さくに私の名を呼ぶ彼女こそ、『巫』さんその人である。
「シーシーシー!」
私は慌てて彼女の口を塞ぐ。
「バレたら大変だって」
「そうかな? 一応芸能人オーラは消してるけど」
そう言う彼女はと言うとキャスケットを被って小顔を隠してはいるものの透き通ったワンピースの下にフリルのついたキャミソールにジーパンと言うラフでありながらおしゃれな格好。光る枝垂れ桜の髪飾りはいつもの通り。
消せてない、消せてないよオーラ。
「それより中入ろうよ。ここ暑いし」
「あ、はい『巫』さん」
「巫で良いよ」
「……巫」
「はーい」
そう言うと腕を組んできた。決して小さくない胸が腕にあたってちょっと恥ずかしい。う~ん、私もよくよー君にしてるけど、彼もこんな感じなんだろうか?
そんな風に思っていた私の腕をグイグイと引っ張ってシティへと入っていく巫。入った途端、目にアトラス像が飛び込んできた。天球を担ぐ神さま。巨大なシティの中心に堂々と立っていて、それがここから見ても巨大なのだから近づくと更に超巨大に見えるだろう。その周りには八十八の星座を模した金と銀の像が浮かんでいる。
「買い物する? それとも上に昇る?」
人差し指を一つ上に向けて、巫が聞いてくる。
「ん~、いきなり荷物持つのはあれだから、一通り見て上に行って、ここに戻ってくるまでに買うって言うのは?」
「良いね、それでいこう。その下は?」
巫は私のスカートを見る。
「だいじょぶ。ちゃんと短パン履いてるから」
「OK、じゃあ無重力エリアに」
ここはアトラス像に近づくほど重力が軽くなっていって、最終的に体が上に向けて昇っていく。
私たちは宇宙関連のショッピングモールを抜けて中心を目指し、体が浮いた。二人揃って足場として用意されているキューブに脚を着き、蹴って更に上を目指しそして――天に出た。
眼下に広がる蒼。
地球。
何度か家族や友人、よー君と来たけれどいつ見ても――すごい。目を奪われる程の圧倒感。それでいて澄んでいく心。そこに住んでいる人間がとてもちっぽけに感じてしまう。たまにこのまま見下ろしていたいと思うけれど地球生まれの私たちは体や精神面のバランス調整に必ず地球に定期的に戻らないといけない。
「ここにいると人間同士の争いなんて些事に思えるよね?」
どうやら巫も同じ気持ちのご様子。
「うん」
「この景色を知らずに争っている人って、可哀想」
「そうだね」
「でも――争いを沈めるには勝者を作るのが手っ取り早くて、その為ならわたしは――」
流れてくる星座に関する神話の朗読とBGM。その中で巫の表情はとても真面目なもので。
「あ、イルミネーションショー始まるよ」
真面目な表情は一瞬で消えて、笑顔を向けてくる巫。何か抱え込んでいるんだろうか? と思ったけれどほぼ初対面なのにそれを聞くのは踏み込み過ぎかと思って私は言葉を飲み込んだ。
その時何かが宇宙空間で光って。
「「お~」」
二人揃って口を丸く開けた。宇宙空間に飛ぶ小型シップや人、そして花火が空間を彩っていく。ただでさえ美しい星々の空間が更に美しく栄える。その中で丸っこい何かが浮いていた。あれは?
「あ、スペーシー君だよ巫」
「ホントだ。日本人って宇宙にまでゆるキャラ持ってくるからすごいよね」
「一度ついたブームは下火になったって言うのにスペーシー君でまた持ち直したんだよね。ブームは再来するって言うけど」
「わたしも一時のブームで終わらないようにしないとな~」
ふふっと笑う巫。つられて私も笑う。
そんな穏やかな時間が刻一刻と過ぎて行って、ショップに寄り、フードコートでお茶をし、写真を撮り合った。
ただ、巫のプライベートがわからない。こっちの私生活だってあまり話してないのだから贅沢といえば贅沢なんだけど、親密度を上げる為に聞いてみたかった。
だからデートが終わりに近づき広場で少し喋らないかと誘おうとした時、
「……涙月」
巫の方が先に口を開いた。
「うん?」
「宵を護って」
「え?」
突然出てきたよー君の名前に心臓がちょっと跳ねた。巫はパンツのポケットからカードを取り出す。いや、良く見るとそれはただのカードではなく、
「【紬―つむぎ―】?」
「うん」
が、二枚あった。
一枚は自分の耳に着けて、もう一枚を私の手をとって上に乗せてくる。
「【紬―つむぎ―】はエレクトロンのプログラムを受けない。サイバーコンタクト――エレクトロン製【eyesys】とそのシステムを受け継いでいる他社製サイバーコンタクトは仮想災厄に抗えない。
パペットの情報をこっちに移して、宵の助けになってあげて。わたしはわたしの仲間を護るので手一杯になると思うから」
「巫?」
すっと目を閉じる巫。
やがて目はゆっくりと開かれ。
「ちゃんと自己紹介してなかったね。
わたしはカンナギ。神巫・ハリストス。【魔法処女会】の教皇よ」
「――!」
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