第76話「デートしましょって……」
いらっしゃいませ。
☆――☆
「暑い!」
「夏だからね」
「熱い!」
「フェスだからね」
晴れ渡る空。照りつける太陽。頬を膨らませる入道雲。フェス当日、お天気問題なし。だから熱気にぶっ倒れそうだ……。
「カッ! と太陽が怒っている……真っ赤になったら三倍強くなれるかな?」
「トラ○ザムか」
大人気シリーズのアニメ、その一シリーズです。
「お? よー君DBよりGN派?」
「いやどっちも好きだけど」
両方とも大人気ですから。オレだって例には漏れず。
「よー君どっちもなんて二股男の戯言ですよ?」
「戯言……んじゃGN」
「そーそー女の子は一人に絞りなさい」
うんうん頷きながら言う涙月に、オレは視線を向ける。
「…………………………………………………………………絞ってるよ、今一緒にいる子に」
「………………………………………………………………………………………………さいで」
「「……………………………………………………………………………………………………」」
どちらからともなく顔を紅潮させて、暫く顔を背け合っていた。周りの大人から「ちっ」と舌打ちする音が聞こえたが気のせいだろう。
「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」」」
わ、びっくりした。
大歓声に顔をステージに向けてみると一組目のバンドメンバーが登場したところで。
「時間だよ涙月」
「うんうん」
自然とオレたちのボルテージも上がって行き、始まった演奏に心臓が早鐘を打ち始めた。
そして始まる世界の文化――ミュージック。
火照る体から汗を流すままにして、叫び、跳び、歌う。一種の麻薬の如くテンションが盛り上がる。いや麻薬キメた事ないからわからないけど。
ステージからボーカルがダイブしてファンが絶叫する。少しで良いから触ろうと人垣の中から手を伸ばそうとする人、わっしょいわっしょいと優勝したかのように胴上げされるボーカル。彼はモミクチャにされながらステージに戻り、最後に着ていたTシャツを脱いで人の波の中に投げ飛ばした。
二組目、三組目とバンドが登場と退場を繰り返し――
「次『カウス・コザー』だよよー君」
「うんうん」
「「「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」」」
今日一番の歓声。その中にオレの声もいたりする。例え売り上げランキングでは落ちてもロックバンドの類では未だ筆頭。ファンの熱も他のバンドを見に来た参加者も自然と盛り上がり、演奏が始まると更に盛り上がった。
ところが。
「あ」
空が泣いた。
入道雲が予想よりも早く成長して空を覆ったのだ。ぽつりぽつりと落ちてくる雫。オレと涙月を含めた一部の参加者がいち早くカッパを着る。傘は危険だからダメだ。次第に本降りになってきたけど演奏は止まらず、それどころかファンのテンションはますます盛り上がる。雨なんて最早無関係だった。雲も人の熱気で晴れれば良いのに。
などと思っているとお天道さまの怒りを買ったのか――
「「「わぁ!」」」
雷がセットに落ちた。
ちょとちょっと……。
広がる動揺。流石に演奏も止まりファンも困惑気味になって――ボーカルが歌を再開した。顔を見合わせ頷き合い、他のメンバーも演奏を再開する。となればファンだって黙っていない。声を合わせて歌にハモリ、崩れたセットさえ取り込んでますます熱いロックになる。
最後にボーカルがマイクを投げた。
「あ! 上!」
残念ながらオレの上を通り過ぎてしまいキャッチできず……。受け取ったのは女の子で、泣いてしまった。それを見て残念な気持ちは薄れていった。
『カウス・コザー』の演奏は終わり。
次は。
「行こう涙月」
「あいよ!」
別のステージに登場する『巫』を観に行く為に移動である。
「滑らないでね」
「うん」
足元は雨を吸って転びやすくなっていて、オレたちは気づいたら手を取り合っていた。いつから繋がっていたんだろう?
「ここだよよー君」
人ごみを掻き分けてなるべく余裕のあるスペースを確保。ここは女性アーティストのエリアで既にステージでは何組目かのガールズバンドが演奏している途中だった。
時間ちょうど。次が『巫』だ。
「「「――――――オオオオオォォォォオオ!」」」
その彼女の登場。ピンクに光る枝垂れ桜の髪飾りでポニーテールにされた金の髪が風に揺れて、タンクトップにホットパンツ、ロングパレオを翻すサマはオレたちと同世代にも関わらずどこか輝いて見える。
今、日本で一番勢いのある『巫』の登場で涙月も他の人もテンションマックス。釣られてオレのテンションも上がって――
「『雲よ去らば』」
唄いだす前に『巫』が一言。するとどうだろう? 雲の隙間から天の光がそっと顔を覗かせ始めた。
え? なに? 偶然?
「前にもあったんだよこう言うの」
オレと同じく空を見上げている涙月から。
「ほら、彼女の熱狂的ファンがステージに上がりそうになったってニュースあったでしょ? その時に彼女がポツリと何か言って、ファンが足を乗せたステージの昇降機(?)がファンを道連れに落ちたんだって」
「ああ、あったね……。でも偶然――だよね?」
「どうだろう? でもこれだけ人を動かせる声なら、何かありそうじゃん?」
と言っていたずらしそうな顔でオレを見てくる。実に楽しそうだ。
「確かに歌には力があるって言うけど……、って、歌ってもいないか」
「神秘な声だね」
「うん」
その後天気は徐々に晴れていき、演奏に力を入れていたロックバンドエリアとは違ってエフェクト発生装置、紙吹雪バズーカ、空中回廊等々がふんだんに使用され、彼女の歌声は聴く者皆を魅了した。アイドルの歌とは違う、本格的なJ-POP。
「あ」
途中で前屈みになったタンクトップの隙間から胸元が覗き――黒いスポーツブラを着けていた。いや当たり前かもだけどね。なんとなく目線を下げたオレを涙月のジト目が見ていた。
笑ってごまかそう。
『巫』のステージも最後になり、彼女は胸の前で両手の指を使ってハートを作った。するとナノマシンが収斂してピンク色のハートになって、それをピストルのように撃ちだして――うん?
「いた!」
オレの額に当たった。
流石に涙月もびっくりして目をパチパチさせて、散ったハートのかけらを無意識に受け止めていた。
オレは額を擦りながらステージに目を向けて、投げキッスをする『巫』と目があった。
「良いなぁ」
と羨む涙月やファンの視線を集めている中、『巫』・退場。
「当たったぁ……」
フェスの最後、入場する時に貰ったナンバーカードを天に掲げ逆の手でピースサインを作る笑顔の涙月。プレゼント抽選に当たったのだ。高良がお宝に当たる。……ふっ。
「よー君そのギャグは寒い」
「え? 読心術?」
そんなやりとりはまあともかく、
「ほら、涙月、ステージに行かないとプレゼント貰えないよ」
「あ!」
慌てて人垣をかき分けながら前へ前へと体を潜らせる。何とかテープの貼られたところまで行ってスタッフに導かれステージへ。その時、涙月が目を瞠って驚いた。『巫』が直接プレゼントを渡す為に再登場したのだ。
あ、涙月固まった。
プレゼントのサイン入りグッズを受け取り、二人の顔が近づいて――何事か涙月に耳打ちをする『巫』。途端顔を真っ赤にする涙月。
うん? 何言われたんだろう?
ギクシャクしたまま体を動かしステージから降りる涙月。ここまで戻って来れそうになかったからオレの方から彼女に近づくべく体を動かし、周りに嫌な顔をされつつなんとか合流。
「どうしたの涙月?」
「…………『巫』が……」
「『巫』が?」
「デートしましょって……」
「……は?」
お読みいただきありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。