第74話「まさかとは思うけど、パペットに人殺しとかさせてないよね?」
いらっしゃいませ。
涙月の視界をクラウンの巨体が塞いだ。それと同時に、降り積もっていた雪がクレーター状に吹き飛んで。
「わっ!」
爆風に飛ばされそうになる涙月をかばって足を踏ん張るクラウン。ランスで天使の剣を受け止めながら。
「ウェルキエル⁉ まさかこの一瞬で!」
飛んできたのだ。人の目には映らないスピードで。
「ホントに見えなかったし……」
「多分カメラにも捉えられていませんよ。ウェルキエルの関連属性は太陽。光を捉えられないのと同じく彼の光速移動はまさに目にも止まらないですから」
ゆったりと紅茶を飲みながら、村子さん。一方でコリスは先程からどっちを応援しよう? と親指の爪を噛みながら悩んでいる。
オレはモニターに向き直る。
「でも力比べなら――」
『オオオオオオオオオ!』
『――驚異』
クラウンジュエルのランスがウェルキエルの剣を弾いた。再び巻き起こる風。クラウンジュエルが右の鉄靴ソールレットで風を吸収し、蹴り上げると同時に風の刃を打ち出した。
ウェルキエルはハート型の盾でそれを受け止め外に流す。しかしそこに振り上げられた勢いのまま蹴打を放ったクラウンジュエルの足を横っ腹に受けてしまい。
『――迂闊』
倒れこそしなかったものの、足を氷原についたまま後ろに飛ばされてバランスを崩す。追撃を狙ってランスを突くクラウンジュエル。ウェルキエルは翼を羽ばたかせて宙に逃げ、剣を太陽に掲げた。陽の光を受け吸い込んで剣が黄金に輝く。
「眩し――」
『―― 一閃』
轟! 剣が振るわれ、黄金の剣圧が大地を割る。
「……これは凄いですな」
クラウンジュエルの風の盾でやり過ごしたものの、その盾が真っ二つになった。これでもう防御は使えない。冷や汗を頬に流す涙月。でもどこか楽しげに唇は笑っている。
「(――盾は壊れたし、さっきの攻撃また受けたらやばいなぁ)。クラウン」
『あいよ』
「攻撃するよ。全力で」
『承知した!』
体のいたる部分のパーツを開くクラウンジュエル。全身から風のエネルギーを吸い込んで、ランスを刺突の形で構える。
「陳腐な台詞を吐きますが」
「――!」
気づけばすぐ近くまで来ていた卵姫さん。アザミの花を踏まぬようつま先立ちで移動しながら言葉を紡ぐ。
「何をしようとムダですよ。貴女のバトルは遊び。わたしのバトルは実戦。今の貴女ではわたしを超えられません」
「実戦? パペットで?」
「そう言う世界もあるのですよ」
それは知っている。某イギリスユーザーは軍に協力していると聞いたし。けれどそれでも。
「まさかとは思うけど、パペットに人殺しとかさせてないよね?」
「させていますが、何か?」
「…………」
涙月の表情から笑みが消えた。目が力強く卵姫さんを睨んでいる。
「魔法処女会ってそう言う仕事もするの?」
控え室で二人の会話を聞いていたオレはコリスと村子さんに問うてみた。村子さんは目線をモニターに向けたまま、
「しますね」
「パペットは――」
「人殺しの道具ではない?」
「ええ」
オレたちのやりとりする姿の背後でコリスがおろおろオタオタとしている。
「それは貴方の主義主張。残念ながらそれが基本とは限らないのです。実体を持たせられるパペットは最早超人・超獣・怪物。それを遊びにだけ使うなんて宝の持ち腐れではありませんか?」
確かに重宝はされるだろう。けどそれは。
「製作者の意図とは違うのでは? もし人殺しを考えているならソフトを配布なんてしな――」
「しますよ。エレクトロンの創設者・CEOが元々何の職についていたか知っていますか?」
「……いいえ」
「処刑人です」
「クラウンジュエル、あのおバカさん止めるよ」
『やってやろうぞ』
見下す卵姫さんと、それに挑む涙月。
処刑人――だからパペットで人を殺す事を想定してソフト販売にOKを出した? 人の命もパペットの命も失って構わないと? そんなの。
オレは拳を強く握りこむ。爪が短くなければ皮膚に喰い込んだだろう。
クラウンジュエルの前方に金属質の魔法円陣が出現。全部で三つ並んでいて、クラウンジュエルのすぐ前にあるのが一番大きく、徐々に小さくなっている。
「行くよ卵姫さん」
「どうぞ」
一拍の間。
ウェルキエルが剣に陽光を吸い込んで黄金の輝きを得た。
「クラウンジュエル!」
『一刺し必中!』
『―― 一閃』
クラウンジュエルが魔法円陣の中に飛び込み、超神速で体ごと撃ち出され、それを向かい討つべくウェルキエルが剣を斬り下ろした。
ランスと剣が針の穴よりも細い精密さでぶつかって爆風と閃光が迸る。
同時に涙月もアイテムである剣を持って卵姫さんに斬りかかった。
「花言葉解放、『報復』」
「――⁉」
『報復』のエネルギーが卵姫さんを包んだ。剣と『報復』が真っ向からぶつかって――その剣気が逆流して涙月の体を斬り裂き始めた。
「クラウン! 人殺しに負けんな! 私も負けない!」
『オオオオオオオ!』
『――驚愕』
「ウェルキエル、負けたら処分ですよ」
『――ォオ!』
朝日の如き光り。ランスが剣にヒビを入れて、剣がランスを斬り裂く。
涙月の体から仮想の血が流れ出す。右肩から左の腹へと抜けていく傷が深くなり、一方で卵姫さんの『報復』のバリアに剣が喰い込み、彼女が思わず腕で剣を受けた。
光がフィールドを、会場を包み込んで――息を呑むギャラリーを前にやがて消えていった。
「――涙月」
クラウンジュエルのランスがウェルキエルの右肩から先を分断していて、
ウェルキエルの剣がクラウンジュエルの左半身を分断していて、
涙月の剣を卵姫さんの右腕の骨が受け止めていて、
『報復』の剣気が涙月の胸を斬り裂いていた。
皆その姿勢のまま固まって、三つの影が倒れ込んだ。
即ち、クランジュエルと、ウェルキエルと、涙月が。
「……貴女の遊びに力があったのは認めましょう」
『しょ、勝者! ソリイス・卵姫選手です!』
「涙月!」
「大丈夫ですよ。『報復』が一時的に精神ダメージを負わせただけですから、少し横になれば問題ないはずです」
そうは言われても心配な気持ちは消えず、オレは控え室から出て運ばれていく涙月のところに行った。
「……ごめん、負けちった」
言って担架の上で力なく笑う涙月。汗をいっぱいかいていて具合の悪さが伝わってくる。
「喋らなくて良いよ」
「……負けちった……」
腕で目を隠す涙月。その隙間から、一筋涙が流れた。
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