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AI ray(エイレイ)~小さな蛇は夢を見る~  作者: 紙木 一覇
前章 ~小さな蛇は夢を見る~
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第72話「プライドを守れない勝利なんてオレは嫌だ」

いらっしゃいませ。

「『十六夜(イザヨイ)』」


 バトル開始の鐘が鳴り響く中、村子(ムラコ)さんはパペットを顕現した。女性型で真っ白な着物を纏った雪女を思わすシルエット。砂漠には不釣り合いなほどに冷たいイメージ。


「行きましょう、十六夜」

『はい、姫さま』


 十六夜の着物に柄がついた。赤い椛の柄だ。十六夜が白い腕を真っ直ぐ伸ばす。


(イザナ)う誘う、紅葉の赤』

「「「――!」」」


 砂漠が――炎上した。


「な――⁉」


 村子さんとは反対側のフィールドから駆け始めていた(ユウ)。しかしいきなりの大炎上で足を止めた。けれどもライフは徐々に削られていく。まずはこの炎を何とかしなくてはただ立っているだけでも試合敗退は確実な状況だ。


「フォーマルハウト!」


 ユニコーンが舞う。その背中に白く輝く翼を生やして。一つの角が光り天から光が降り注いだ。遊にだ。光を受けた炎はそこだけが消え去って、遊は一度大きく息を吐く。


「ジョーカーじゃないとは言え、これも奥の手の一つだったんだけどな」


 再び駆け出す遊。光は遊の体を包みつつ彼を追う。


「フォーマルハウト、第一射」


 角が輝き、天から光が降りてくる。


「――⁉」


 遊にではない。村子さんと十六夜を襲う形で。遊が炎から逃れる様子はモニター中継されているからそれを村子さんもコンタクトを通じて観ているだろう。だけど彼女は光を避けた。読みは当たって、フィールドにポッカリと穴があく。


「成程、ユーザーには加護を齎し、敵には死を齎すのですね」

『ある意味姫さまよりも信心深い方の能力です』

「あら? 貴女の力は彼より不信心寄りなの?」

『そう言う類の誇りは驕りになりかねませんよ』


 ふぅ、と肩を上下させて息をつく村子さん。


「では、力の足りぬ驕りかどうか彼を犠牲に確かめましょうか。十六夜」

『はい、姫さま』


 十六夜の着物に柄がついた。黄色い十字架。


『誘う誘う、裁定の黄』

「――⁉」


 炎の中を駆ける遊が足を止めて空を見た。空一面に現れた無数の光の十字架を。


「落ちてくるなよ?」


 しかし彼の言葉に逆らって十字架は一斉に落下する。


「くっ!」


 光の柱を球体に変えて自身とフォーマルハウトを保護する遊。そこに光の十字架が降り注いだ。村子さんと十六夜だけを避けてフィールド全面に雨あられと降ってくる。杭になったその先が幾つか遊の光の球体に突き刺さり。


「まず――」


 一つの十字架が光の球体を突き破り、遊の右手首を貫いた。仮想の血が流れ、拘束の力が遊の背に一際大きな光の十字架を現し、体を持ち上げ荊棘の蔓で縛り上げた。


「フォーマルハウト!」


 ユニコーンの角が輝き一条のガラス板の如き光が遊を拘束する十字架を砕く。しかし一瞬遅れた。既に遊を貫かんとばかりに光の槍が顕現していて拘束から逃れた遊に向けて射ち出される。


「――⁉」


 遊と槍の間にフォーマルハウトが滑り込み、翼で槍を叩き砕く。


『誘う誘う、滅亡の黄金』

「な⁉」


 フィールドを覆っていた炎が収斂し、巨大な黄金の不死鳥となった。

 さようなら――

 そうどこかから声がした。

 不死鳥が羽ばたき遊とフォーマルハウトを全身で焼き尽くさんと包み込む。


「――?」


 ライフの表示された空中モニターを観る村子さん、その眉がぴくんと動いた。僅かながらに遊とフォーマルハウトのライフが減っている。しかしこのダメージは……? 不死鳥によるものではない。まともに受けたのならばライフが0になってもおかしくないはずだ。


『――ォオ!』


 フォーマルハウトの嘶き。羽を畳んでいた不死鳥が渦巻き弾けて中から遊とフォーマルハウトが現れた。


「……あらあら」


 そっと右頬に手を当てる村子さん。目にモニター中継される馬車を映しながら。

 フォーマルハウト・ジョーカー――白亜の天翔ける馬車。


「馬車? いいえ戦車ではありませんか」


 全面についた銃砲。遊は一気に空を駆けて距離を詰める。


「行け!」

『オオ!』

「十六夜、近づけないで」

『はい。

 誘う誘う、魅了の虹』


 けれどそこに。


「――見えた!」


 村子さんを視認できる距離までに達した遊。


「銃砲用意! ――⁉」


 戦馬車の銃砲が村子さんに狙いをつける。が、戦馬車の周りを虹の円環が並んで取り囲み、まず赤色になった。


『――っ! ――っ!』

「フォーマルハウト⁉」


 様子がおかしい。目を吊り上げ歯を剥き出し、乱暴に体を持ち上げる。


「オイ!」


 銃砲の狙いがそれる。ちょうどその時に砲丸と銃弾が放たれあさっての方向に飛んでいく。


「「「うぉ⁉」」」


 客席に向かったそれに驚いてギャラリーは身を翻したがフィールドの端まで行くとホログラムが消えた。

 その瞬間に円環が青色に変わり、


『……うぉぉぉぉ』


フォーマルハウトが目に見えて落ち込んだ。


「おいあんたシスターだろ! 心操るって良いのか⁉」

「あはは、弱者が何か言ってますね」

「じゃ――⁉」


 むっかー。遊の額に血管マークが見えた気がした。多分気のせい。


「十六夜」

『誘う誘う、狂いの黒』

「――⁉」


 宙に浮いていた遊の乗る戦馬車が急速落下した。と思ったら浮かび上がり、と思ったら右に揺られ、


「な⁉ な⁉」


乱れる視界に表情を歪めるも遊は村子さんを見た。彼女の人差し指が伸ばされていて、指の動く先に戦馬車が振り回されていた。


「この!」


 遊がユーザーアイテムを顕現。戦斧だ。それも馬の首を落とせるように改良された巨大な戦斧。戦馬車を解除して遊は自ら身を翻す。その着地点には――村子さん。


『姫さま』


 割って入る十六夜。手に光の弓矢を携えながら。

 十六夜のジョーカー。その効果は?


「――ら!」

退()けよ退けよ、無に()彩無(イロナシ)


 戦斧が振るわれ、矢が射られる。

 十六夜の右肩から胸を斬る戦斧。遊の胸を射抜く無色の鏃。

 倒れ込む遊。消えていく十六夜。


「『――――』」


 遊がピクリとも動かない。十六夜の心臓部に手を伸ばす村子さん。その手でパペットの核――心である『紋章』を保護して遊を見下ろす。


「……彩無(イロナシ)は、本来パペットの心を射ち壊すものなのですけど、ユーザーにも効くんですね。ああ怖い」


 新しいものを見つけて村子さんはくすくすと笑う。紋章を持った右手を遊の体の上に掲げ、


「産めよ産めよ、(サイ)に立つ彩在(イロアリ)


トン――、紋章から出てきた白い鏃が遊の体に射られた。


「……⁉」


 遊の目に光が戻り、勢い良く体を起こす。


「――オレ……」

「さて、実況さん」

『は、はい⁉』

「十六夜のライフが0になるのと遊さんのライフが0になるの、どちらが早かったですか?」

『しょ、少々お待ちを! ビデオ判定を行います!』


 空中モニターに最後の対峙がスロー再生される。

 矢が飛んで、戦斧が降ろされ。二人のライフが減っていき先に――十六夜のライフが0になった。


『勝者――』

「オレの負けだ!」

『ふぇ⁉』


 勝者宣言される前に遊が割り込み、戦況を撮り続けていた浮遊カメラに向かって言葉を続ける。


「ここが戦場だったら⁉ オレは敵に首を落とされるところを助けられて捕虜行きだ! オレの負けだ!」

『え、えっと……ルールでは勝者宣言の前に敗北宣言をすると敗退となります。

 よって、勝者可愛(カワイ) 村子選手!』


 沸き起こる歓声。それと拍手。


「……ふ~む、なんだかんだで生きている人が勝ちだと思いますけどね、戦場では」

「プライドの問題だ。プライドを守れない勝利なんてオレは嫌だ」

「『嫌だ』――ですか。何とも子供じみてますね」


 笑う村子さん。遊も顔を崩してちょっと笑う。


「まだ子供だし、大人になってもこの感じは残していた方が男らしいと思う」

「そうですか。それでは、わたしはこれで。早く十六夜を回復させたいので」

「ああ」


 遊は心の束縛を解かれたフォーマルハウトを一旦消してフィールドを後に、同時に村子さんも控え室へと戻って行った。

お読みいただきありがとうございます。

次回もよろしくお願いします。

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