第70話「僕はユメ。ユメ・シュテアネ」
いらっしゃいませ。
「素晴らしき伝統文化」
「船は洋風なんだけど」
昼食を摂りに近くのディナーモールに出向いたオレと涙月。だったのだけどどこも人でいっぱいだ。あちらこちらから漂ってくる美味しそ~な匂いにぐぅぐぅとお腹を鳴らしつつあちらこちらを歩いてみた結果オレたちは船上レストランに落ち着いた。
ちょうど前のお客さん方を乗せた船が帰港してきたところだったから運が良かった。これが屋形船だったら確かに伝統文化だけどオレたちが乗るのは小型フェリー。食事はビュッフェスタイルで基本洋食、しかもそこそこ値段が良かったりする。
なので。
「元取るぞー!」
お皿いっぱいに肉やらサラダやらケーキやらを盛り付ける涙月のでき上がりである。
「ちょうど良い感じに取って食べたらまた来れば良いのに」
「めんどいので」
「さいで」
席について早速ハムを口にいれる涙月。スクランブルエッグを挟んだ生ハムで、食感と塩味の効いた味に涙月は頬に手を当ててうっとりしていた。その間も箸を持った手は次の牛肉のステーキに伸びていて。洋食なのに箸を使うあたり純粋な日本人であるなぁ、とオレは思った。まあオレも箸だけど。
「ちょっと行ってくるね」
「おや? よー君果物持ってどちらに?」
「いや、その……」
「あはん」
キラン、と涙月の目が光った。
「男の子が行くにはちょいと恥ずかしいチョコフォンデュだね?」
「……はい」
小さい頃家族で行ったレストランで味わって以来その美味しさにオレは目覚めたのだ。女の子がやるイメージがあるから恥ずかしい気持ちはあるのだが漂ってくるチョコの甘い匂いに逆らえず。欲望万歳。
意気揚々と流れるチョコにイチゴやバナナを浸している女の子に混ざってオレはマシュマロにチョコをつけるべく手を伸ばす――といったところで隣にいた人が一度齧ったキウイをもう一度つけようとした。
それはマナー違反です!
声をかけようかと思ったらその子はスタッフの人に止められて、しょんぼりしながらそのキウイを口に運んで別のキウイをチョコにつけた。今度は一口分ではなく全体にたっぷりと。甘党だなぁと思ってよく顔を見てみると、男の子だった。多分オレと同じ年頃。でも顔は非常に綺麗で……。
って、顔に頭蓋骨が赤い線で描かれていた。薄らと光って見えるから蛍光だろうか? 同じもので腕には腕の骨が、首から胸元にも描かれていて、きっと全身に描かれているのだろう。すごいタトゥーだ。
「ん? 何?」
視線に気づかれて声をかけられてしまった。と言うか……随分可愛らしい声だった。声変わりはまだなようで喉仏が出ていない。ソプラノボイスの女の子のそれと比べても何ら遜色がない。中世的な顔と非常に合った声だからオレはちょっとの間固まった。
「……え、あ、ううん何でもありません」
そう言ってチョコの方に視線を戻すと。
「天嬢 宵君――だよね?」
「え? はい、そうです」
向こうから声をかけられた。
「僕はユメ。ユメ・シュテアネ。昨日あったイギリス大会高校生の部の予選通過者だよ」
「――!」
他国のパペットユーザー――ライバル――か。
「ここまでの予選突破おめでとう」
「そっちも。えっとユメさん」
「呼び捨てで良いよ」
光を反射するユメの髪は雪のように白かった。いや、嘘のようにと言った方が正しいか。目はブルーだから白人かハーフかクォーターだろう。
「今日は君を見に来たんだ」
「オレを?」
「同じ神話級パペットを持つ君に興味があってさ。どれだけ変わった人だろうと思って」
「変わったって」
苦笑する。確かに本物のヤマタノオロチは怖いだろうけど。
「うん、逢ってみたら可愛い子だったから安心したよ」
可愛い……。
「……ユメにはあるの? 変わったとこ」
「さぁねぇ。これでも女の子には優しいんだけど」
「ユメさまー」
「あ」
「さま? ひょっとして偉い人?」
タメ口はまずいだろうか?
「まさか。僕の持つパペットに信奉を向けてるんだよ。まあさまって呼ばれるの悪くないからほっといてるけど」
「君のパペットって?」
「ひ・み・つ」
そう言ってオレの唇に人差し指を当てるユメ。
レストランのお客さんがざわめいた気がする。
「調べるのは自由だけどね。びっくりしてね。あ、でも信奉はなしで」
コクコクと顔を上下させるオレ。まだ指は当てられている。
「ふふふ。じゃあね」
そう言ってユメは彼を呼んだ年上の女性の元に戻っていった。
……あ、チョコ。
オレは好奇の目を向ける他のお客さんに見られて気不味い中お菓子や果物にチョコをかけてそそくさと席に戻っていった。
「眼福でした」
……涙月もか。
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