第66話「貴方の使った光の手刀、フィールドの一部を切っています」
いらっしゃいませ。
☆――☆
「ちょいとちょいとよー君! 今何した⁉」
バトルフィールドから出て、B控え室。そこに戻るなり涙月がガッシと両肩を掴んできた。いや、カックンカックン首を揺らすのやめて気持ち悪くなってくる。
「ごめんオレもわかんない」
「光の剣ですか日本の剣ですか刀ですか横一文字ですかカマイタチですか?」
「落ち着けいコリス」
興味を持っているのはこの二人だけではないようで、繭も無言のままこちらに寄ってきているし村子さんはチラチラとオレを見ながら誰かと通話している。
と、その時通話の着信音とアイコンが灯った。発信者は――幽化さん。
オレは唇に人差し指を当てて「しー」と皆にメッセージを送った。ここから出て通話するのがマナーかも知れないけれどきっと今のバトルに対して何か聞けるのだろうと思ってわざとここで話す事にした。
通話『OK』のアイコンを押す。
「はい」
『オレだ』
いつもの幽化さんの声。落ち着いていて、それでいて重圧のある低い声。
「はい。今の――ラストアタックですね?」
『そうだ。
事前に言っておく。あれは本大会世界戦で「エレクトロン」が導入・使用OKにしようとしているシステムだ』
エレクトロン――サイバーコンタクトを最初に開発販売した企業。
「しようとしている?」
『審議中だ。今以て尚な。もしゴーサインが出ても用心して使え』
「いやあの……どう使ったのかもわからないんですけど」
気づけばあの状態で。
『下手に気分を昂ぶらせなければ良い。「あれ」はレベルとパペットとの相性、強いイメージに反応する』
「あれ?」
『それもまだ知らなくて良い。良いな、バトルをしていても心を「殺意」に持っていかれるな』
「……はい」
持っていかれたら善も悪もなくなってしまいそうだ。
『良し。エレクトロンと運営の対応次第で説明してやる。いや向こうから発表があるかも知れないが。それまで待て』
「はい」
『じゃあな』
そう言って通話は切れた。
本当にあの人は何者なのだろう? 一人の一般人が得られる情報以上を知っているのは確実だ。単に優秀なパペットユーザーとして優遇されてるだけとも思えないし。
「もーいーかい?」
「え?」
気がついたら涙月がオレの顔を横から覗き込んでいた。どうやら考えに夢中だったらしく接近に気づかなかった。
「なんだって?」
「詳しくは後日だって」
エレクトロンがなにかしている、と言うのも今は伏せておいた方が良いのかな?
「本大会世界戦になればわかるらしいけど」
ぶー、と唇を尖らせる涙月とコリス。姉妹か。
「よーさん」
「あ、はい」
オレが涙月とコリスの唇をつまんで遊んでいると繭が話しかけてきた。向こうが敬語だからどうしてもこっちも敬語になってしまう。できればもっとフレンドリーな付き合いが良いのだけど。
「それは人を傷つけられますか?」
「え?」
それ――とは導入予定のシステムで間違いないだろう。
「まさか!」
「……そう言えば貴方の位置からは見えなかったかも知れませんね。貴方の使った光の手刀、フィールドの一部を切っています」
「――⁉」
リアルを――切った。
「客席の天井部の端を削る程度ですけど。でも間違いなく手刀によるものでした。あたし色々な国の中継を見ていたのですが、数局アップで映していたところがありました」
「それって――実体のあるものを切った……ですよね?」
「はい」
そんなバカな……いやでもこの大会ちょくちょく問題が起こってるのも事実なわけで……問題? 問題なのか? 全て運営の思惑通りだとしたら?
「はいそこまでー」
二人の間に両手を突っ込んできたのは――
「村子さん」
「点った疑問もあるでしょうけど今は目の前のバトルに集中しましょ。じゃないとメスで裂いちゃうぞ」
にっこり笑って空恐ろしい事を言う。
……村子さん、と言うか魔法処女会はひょっとして知っているのではないだろうか? そしてそれを挫く為に彼女たちはこのバトルに参加した、とか言うのは考え過ぎかな?
そんな疑問も『点った』が、きっと教えてはくれないだろう。一応メンバーではあるんだけど。
『第二戦 コリス・冥・ロストファイア選手、狩松 勝利選手、試合開始まで十分です。会場控えサークルにお越し下さい』
「ふにゃ――!」
スピーカーから流れてくる音声に奇声を上げるコリス。……気合の声なんだろうか?
「行ってまいります!」
びしっと敬礼。それに笑って敬礼を返す涙月と村子さん。オレも戸惑いながら敬礼を返して、それを繭はちょっと離れて眺めていた。
コリスはスキップ調の足取りで部屋を出ていき、そのままの調子で廊下を駆けていった。
オレたちはモニターに向き直り、試合開始を待つ。
『さあ両者サークルに出揃いました!』
魔術師『ツィオーネ』を連れたコリスと、狩松 勝利さん。パペットの姿は見えない。
「村子さん、勝利さんのバトルスタイルと対策、コリスに伝えました?」
「いいえ」
微笑みながら首を横に振る。
「――って、大丈夫なんですか?」
「大丈夫ですよ。コリスあんな感じでもうちの三番手ですから」
三番手――意外。
「二番手は村子さん?」
「わたしは四番手。二番手はお休みです」
「お休みって風邪でもひいちゃった?」
にゅっとオレの頭を押さえつけて顔を出す涙月。首が痛い……。
「あの日です」
軽くウィンクしながら、村子さん。
「……さいで」
聞かなかった。うん聞かなかった。
『バトルフィールドを決定します!』
フィールド上空に巨大なルーレットが表示される。
『選定スタート!』
針が回り始めた。くるくるくると回って――
『決定! ゲームワールド!』
フィールドにナノマシンが放たれ、収斂して世界を象っていく。昔のゲームを思わせるカクカクした3Dポリゴンの世界が展開され、村と村人、小さな動物キャラクターがぎこちなく歩き始めた。
『開戦まで三十秒! 両選手フィールドへ!』
コリスと少年、勝利さんがゲームワールドに足を下ろし二・三歩適当に進む。
コリス・冥・ロストファイア、ユーザーLv82、パペットLv91。
狩松 勝利、ユーザーLv82、パペットLv91。あ、同じだ。
『両者その位置でお待ちください!
カウント0でバトルスタートです!
カウントダウン始めます!
10
3
2
1
0! バトルスタート!』
「「行っきます!」」
お読みいただきありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。