第65話「素晴らしい試合でした」
いらっしゃいませ。
氷柱さんが両腕を広げた。剣が両手に二本生まれて、同時にオレの周りに転移の渦が現れ剣先が伸びてきた。
かわせる!
ビルとビルの高層を繋ぐエックス型回廊に位置していたオレは前方に転がってそれをかわす、しかしすぐに剣が転移して来て、剣の数も増えている。転移、増殖、転移、増殖を繰り返し、オレは回避して回避して回避する。だが徐々にかわしきれなくなって傷が増えていく。通路の床に手を着いた時草が生えるかのように剣が生えてくる。しかも剣山の如くズラッと。全身が貫かれる嫌なイメージが浮かぶ。――だけではなかった。背中方面からも、頭方面からも足方面からも剣が伸びてきたのだ。
オイオイ!
人魂はアエルのところ。アエルは? 目の前に広がるモ二ターで確認すると向こうはシンボルスォードと交戦中、援護はない。
――なら!
オレはアエルの姿を小さな蛇に戻してその分のパワーを右拳に貰い受ける。拳に黒く巨大な鱗製のグローブを作り出し通路を殴打。剣が砕かれ、通路が砕かれ、落下。オレは瓦礫の上を飛び跳ねて何とか受身を取って道路に転がる。
「いつっ」
予想よりも背中が痛い。骨に異常はないだろうが鈍い痛みが走っている。
「驚いた。そんな攻撃方法を隠していたなんてね」
声はすぐ傍から。氷柱さんがひと振りの西洋剣を振りかぶって背後に立っていた。オレは振り返る間を惜しんで前転でかわす。だが剣がすぐ前に現れて慌てて横転。そこにも剣が現れて――とうとう右肩を貫かれた。仮想の血が噴き上がる。せっかくのグローブなのに活かせなかった。まだ鍛錬が必要だ。
しかしそれよりも今は――攻撃を受けたせいで遅れた回避の隙を狙うように後ろから伸びてきた剣が左肩を貫き、腿を貫き、体中を突き刺した。
「レベルが高いとなかなか死ねなくて悲惨だね」
そう言う氷柱さんが西洋剣で直接攻撃。オレを両断する為に剣を素早く振り落とす、ところで彼は異変に気が付いた。オレの黒いグローブが消えていると言う異変に。ハッとして顔を上げる氷柱さん。そこにアエルの牙が襲いかかった。オレがヤられている内に急行してくれたのだ。
「――ぐ!」
体を捩り、右腕を犠牲にしてアエルの牙から逃れる氷柱さん。けど右腕は氷柱さんの利き腕。実は左腕でしたなんて言うオチはこれまでの映像からないはずと予想。今の内にオレは回復アイテムを自分に使い8まで落ちていたライフを21まで回復させる。微々たる回復。だけどまだ死んでない!
「アエル!」
「シンボルスォード!」
叫んだのは同時。二体のパペットがユーザーを守りながらも牙を、剣を伸ばして交錯。砕ける牙と剣。
「『樹王』!」
樹王の口に生まれる緑の光球。それがアエル自身に溶け込み、姿が増えた。
「――⁉」
一定時間の『複製』――つまり分身、それが樹王のジョーカー。
「ブレス!」
「ソード!」
豪炎、剣乱。
ビルのガラスが溶け、道路に巨剣が幾振りも突き刺さる。さながら爆撃でも受けたかの如く崩れて飛ばされていくビル街の建築物。天を貫く爆炎と、地を貫く凶剣とが街を覆い尽くした。
「――はっ……」
「はぁ……」
肩で息をするオレと氷柱さん。
シンボルスォードのレベル、99にも関わらずオレのアエルとほとんど互角だ。これは経験の差だろうか?
そう思って残りのライフを確認すべく視線をちらっと上の表示に移す。
――あ……。
シンボルスォードのレベルが100になっていた。いやそれだけではない。オレと氷柱さん、双方のユーザーレベルも99になっているではないか。オレは少しがっかりした。今の勝負は互角。これ以上このソフトでは成長できないのだろうか? いや待て、幽化さんのパペット『レヴナント』のレベルは101じゃなかったっけ?
まだ上がある。それがとても嬉しい。
「――?」
氷柱さんが眉根を上げた。何かを怪訝に思っている表情だ。――? なんだろう?
『宵、その右手はなんだ?』
「え?」
頭に直接響くアエルの声。オレは自分の右手を見る。そこには虹色の炎のような光が宿っていた。
「え? なにこれ?」
ブンブンと振ってみるが勿論光は消えず。困惑に頭を悩ませているとフッと視界の中で何かが閃いた。
「――!」
氷柱さんからの攻撃、二本の巨大剣だ。
当たる!
オレは無我夢中で右手を剣の軌道である顔の前に持ってきて――剣が砕け散った。
「な――」
違う。これで終わりじゃない。何となく『わかる』。
オレはフリスビーを投げるように右腕を体の左に回し、振り抜いた。
「――⁉」
光が掌を包み、光の剣となってシンボルスォードを切り裂いた。否、パペットだけではない。ビルも左から右にと切り裂かれて、倒れて砕けて粉塵を撒き散らす。
「そんな――」
シンボルスォードのライフが0に。つまり――
『勝者! 天嬢 宵選手!』
実況の声が高々と上がる。良く響く綺麗な声。
勝った……いやでも……。
ギャラリーも静まっていて歓声がない。彼らは氷柱さんと同じく上を、レベルの表示された空を見上げているみたいで。オレも勝利を実感できない中、上を見る。
あ……。
オレのユーザーレベルが100になっていた。アエルのレベルは100のままだ。両方が100になって新しい力を得た――のか?
「……ふぅ」
一息ついて、氷柱さんがパチパチと手を叩き出した。
「良くわからなかったけど、負けは負けだね。君の方が成長できた。それが敗因かな」
一瞬遅れて波みたいな小さな唸り。そして合唱。会場が歓声に沸いた。
☆――☆
「……はぁ」
A控え室に戻った氷柱。彼はすぐに部屋備え付けの洗面台へと駆け寄って顔を冷水で洗った。汗を流したかったのもあるだろう。しかし、彼は洗面台の前で顔を下にしたまま暫く動かなかった。
その様子を見ていたわたし――ソリイス・卵姫はぽんと彼の背中をひと叩き。
「素晴らしい試合でした」
「……ありがとう」
ぽたぽたと、彼の目から雫が落ちた。
お読みいただきありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。