第63話「ぼくが目の前にいるのに浮気は良くないなぁ」
いらっしゃいませ。
シンボルスォードは高く高く飛び上がって、急降下。鋭い刃を持つ全身での超速攻撃。けどあのスピードなら!
オレはアエルと一緒に前進する。あのスピードで落下ポイントを変えるのは難しいと思うからだ。読みは当たったようで顔からまともに地面に突っ込むシンボルスォード。
動き、止まるか?
否。シンボルスォードは地面を潜って下からオレたちを襲ってきた。いくら全身刃と言っても土の中をこうも簡単に!
アエルの首の一つを狙ったシンボルスォードの攻撃から炎のブレスを吐く反動で逃れる。その時に黒い鱗に刃が触れて削られた。どうやらあの刃、超速振動しているらしい。ではアエルが噛み砕く為に牙に挟んでしまったら牙の方がヤバイ。攻撃手段の一つが存在だけで消された。だけど攻撃手段はあと二つ。炎のブレスとジョーカーだ。
その時シンボルスォードの全身がダブって見えた。ジョーカー発動の現象だ。何が来る? シンボルスォードの刃が伸びて来て、途中でその先が消えた。間を置かずに消えた刃が上を向くアエルの死角から現れた。
空間を超えた! これがジョーカーか!
刃の数本がアエルの首に刺さる。ん? 傷口が大きい! 剣圧で削られた! その時別の場所から現れた刃が最初の傷の端に突き刺さる。それを何度も続けられて――首を落とす気だ。
「アエル! 止まっちゃダメだ!」
オレの言葉を受けてアエルは八つの首を動かし続ける。四つはシンボルスォードを攻め続け、四つは動き回るオレをガードする。
まずいまずい防戦一方だ。
刃はあっちこっちから現れては消えて現れては消えてを繰り返し、しかしアエルのブレスがシンボルスォードを捉えた。シンボルスォードの全身がブレスに包まれて、消えた。え? 焼き消した? その考えは甘く、アエルの首の後ろ――人間で言うならうなじあたり――に彼は現れた。自分ごと空間跳躍ができるのか。
シンボルスォードはドラゴンの顎を大きく開き、アエルの首に噛み付いた。
だが――
『――⁉』
アエルの硬い鱗に阻まれて逆にドラゴンの牙が砕けた。速さは向こうが優位、でも硬さではこちらが優位! それなら!
オレの意思を汲み取ってアエルが首をしならせる。縄のように首を動かし、シンボルスォードを縛り上げる。だがすぐに転移して、そこで『泉王』のジョーカーが発動する。時間逆流の力でシンボルスォードがアエルに縛られていた位置まで戻り、『冥王』ジョーカー発動。紫の炎が灯り、シンボルスォードの全身が老いていく。現在の時間崩壊――それが冥王の能力。しかしシンボルスォードの全身から冥王のジョーカーに括られている証拠であった紫の光が消えた。まさか⁉ その読みはあたってアエルの――『血王』に紫の光が灯った。オレは慌てて光を消すよう念じた。
能力の空間跳躍! そんなのまでできるのか!
「それだけじゃないよ」
「――⁉」
声は凄く耳元近くで聞こえた。気づいたら氷柱さんがオレの背後に。まさか――
「うんユーザーも転移させられるんだ」
それもはや超能力ですから!
いや待って。空間移動に関する技術は今世界中で研究されている。協力企業の中にはエレクトロンと綺羅星もいた。
そしてドームやこの大会会場ではナノマシンが限定的に大気中にも散布されていたはず。『空間座標』を繋げれば移動可能と言う話だったが、ナノマシンを使っての空間移動の技術がテストされている――と?
「それじゃ、ヤろうか」
「何を⁉」
氷柱さんの妙な色気にぞわわと鳥肌が立ったものの、彼はオレの問いには応えずオレの肩を両手で押さえつけた。
女性ギャラリーから黄色い声が沸いた。何期待してんの?
オレが目をぱちくりしていると。
「――!」
オレの体を無数の刃が貫いた。
「な――」
剣はすぐに消えて仮想の血が吹き出る。痛みはない。けれど思わず動きを止めてしまい、アエルへの指示が遅れてしまった。だからアエルはオレのピンチを見てシンボルスォードに背を向け氷柱さんを襲いに来た。
「アエル後ろ!」
『――!』
振り向いた時にはもう遅く、アエルの首――『電王』の首が落とされた。光の粒子になって散っていく首一つ。まだだ、ライフ0にならない限り回復はできる。試合後にスキャンをかけて修復ツールを使う必要があるのだけど、このフィールドにはアイテムがランダム配置されているはずだ。第一次予選では他のユーザーに持って行かれたらしくわずかしか見つけられなかったけど、今は一対一。なら回復アイテムを見つけられるはず。
「ぼくが目の前にいるのに浮気は良くないなぁ」
「――⁉」
氷柱さんの顔から剣が伸びてきた。いや正確に言うと氷柱さんの顔の前から。オレは危険を感じて反射的に体を反らせた。その鼻先をかすめていく剣。
「オオ良く避けたね」
だけど今度はオレの顔の前に剣が現れて――それをアエルの尖った尻尾が砕いた。ナイス! と思ったけれど今度はオレの全身を囲むように剣が現れる。
氷柱さんのユーザーアイテム。圧倒的な攻撃性。これが『聖剣』とまで呼ばれる彼の実力なのか。
オレは八つの人魂、その姿を解いて体の周りを大気流の如く纏わせ剣を弾く。
「やるじゃないか!」
「どうも!」
今度はオレが人魂を八つの剣に変えて氷柱さんを攻撃。頭と首と両肩と掌、足首を狙って放った。しかし氷柱さんの剣がそれを砕く。まだ! 人魂は炎の塊だ。剣の一撃じゃ消えない。もう一度人魂は剣の形をとり氷柱さんを狙う。
『氷柱!』
シンボルスォードと爆風。ドラゴンの羽ばたきに散らされる人魂。隙ができた!
「アエル!」
アエルの牙がシンボルスォードを捉える。
『ぐぅ!』
シンボルスォードの苦悶の声。アエルに片翼を噛みちぎられたからだ。が、振動する剣を咬み切った事でアエルの牙も精度が下がってしまう。
落ちるドラゴン。しかし二つの脚はしっかりと大地を踏みしめる。
「アエル! 間を置かずに!」
大地を踏みしめても顔まではアエルに向いていない。それを逃さずに次の攻撃を!
「宵! 危ない!」
「え?」
氷柱さんに名前を呼ばれて振り返るオレとアエル。しかし。
「何でもない!」
「卑怯!」
こんな手も使うのかこの人……。
『おおおおおおおお!』
『――⁉』
シンボルスォードが吠える。アエルがこちらを向いているうちに顔をアエルに向けていた。
『はぁ!』
吸い込んだ空気を一気に吐く。ドラゴンブレスと言うほどの攻撃ではないものの空気が大暴風になってアエルの首を仰け反らせる。
「無防備だよ宵!」
「そんな事!」
ないのだ。
「――!」
氷柱さんの真下からアエルの尖った尻尾が飛び出てきた。
「くっ⁉」
バックステップでかわそうとする氷柱さん。その腹から胸を尻尾が切り裂いて仮想の傷が付く。
『氷柱!』
『シンボルスォード!』
『――⁉』
炎のブレス。アエルから放たれたそれがシンボルスォードの顔を焼く。
「シンボルスォード!」
『く!』
氷柱さんとシンボルスォードが空間を超えて消えていく。オレは見逃さなかった。開いた空間跳躍先の光景が都市内部であるのを。
「追うよ!」
『おう!』
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