第61話「よー君、はっぴ~ば~す~でー!」
いらっしゃいませ。
「か~め~〇~め~波ー!」
シュボボボボボ
涙月の重ね開かれた両の手から気が放出され――るわけはない。火薬式花火のスティックから火花が散っているのだ。器用に腕に挟んでいるのだけど熱くないのだろうか?
「いや~熱い熱い」
あ、熱いんだ。
「そして臭うね!」
「そうだね。火薬って結構臭うんだね」
だがどこか心を湧き立てる匂いだ。バトル的に。本物の銃を撃ったらこんな感じだろうか?
「でわでわも一つ。よー君、はっぴ~ば~す~でー!」
「え?」
突然のお祝いに顔を向けると、皆が花火の明かりで大きなろうそくを描いていた。
ハッピーバースデー。……あ、そう言えば八月一日――オレの誕生日だ――過ぎてるや。
「……あ、ありがと」
「あははははは。ようやくおんなじ十四歳ですなぁ」
因みに涙月の誕生日は四月一日である。
パペットウォーリアに一生懸命でオレ自身含め皆に忘れられていると思っていたけど……どうもです……。
「よし、よし、よし、よし――」
と言って打ち上げ花火に火を点けて回る繭。表情にはあまり出ていないけれど多分結構楽しんでいる。
ぽぽぽぽぽと打ち上がる火の玉。空高く上がってパァーン! と弾けて広がる大輪の火の花。赤に、緑に、黄色と色鮮やかなそれは道行く人たちの足を止めさせ魅了して、儚くも消えていく。そのさまを人の一生に例える作家も少なくなく、オレの一生は果たして輝く時が来るのだろうか? いやさ自身の意思で輝かせるのか。と少し考えさせられる。
まあそれも一瞬ですぐに目の前の楽しさに心奪われるのだけど。
「ほらよーちゃん、最後の火薬式」
と言ってお姉ちゃんが渡してきたのは――なんだろうこれ? 凄く細い紐だけど? 涙月も同じものを受け取って、その先端を「???」と眺めている。
「説明書によると先端に火を点けるらしいよ」
紐花火の入った袋の裏面を見せてくるお姉ちゃん。
ふむ。とオレはロウソクの火を紐花火に移す。するとパチパチと火花が散って橙色の小さな火の玉がぶら下がった。線香花火、と言うらしいそれは夜の闇にささやかな明かりとなってやがて静かに落ちていった。
儚い……。でもなんだろう?
「ほっこりしますなぁ」
「うん」
「良し、火薬式は撃ち尽くしたな。ではデジタルに移行しよう!」
火花のエフェクトの出るデジタル式は昔からのやり方を踏襲して電子的なロウソクの先端に二・三秒つける事で『着火』する。熱・煙はなく火薬の匂いこそしないけれどバリエーションは火薬式の比ではなく。
そして派手に、派手に火花を散らすようにプログラムされている。一般家庭用の花火では限界があるが花火大会になると海上や川は火薬式以上に明るく火の花が咲き、熱がないゆえに間近でそれを見ようとするボートで溢れる。
線香花火と言うあれは途絶えているがやってみた感想としては是非とも復活して欲しい。
「ラストだ! でかいの一万連発行くぞぉ!」
因みに、デジタル式は一つの筒からバッテリーの続く限り何発でも打てる。
この夜、小型の太陽かのように街を照らす大型花火が打ち上げられ、いつの間にか増えていたギャラリーから拍手をもらってお開きとなった。
女性陣はパジャマパーティーか。オレはゆっくり寝よう。寝る子は育つ、そのことわざを信じて。
☆――☆
朝七時、部屋の外から花火の音が聞こえた。数は三発。オレはその音で目を覚ます。
「ん……」
ホテルのベッドの上で身じろぎし、いつの間にか床に落ちていた布団を引っ張り上げた。
先程の花火は今日大会が問題なく行われる事を報せるものだ。同時に大会参加者にはウェアラブル端末――オレで言えばベッドの脇に置いている【紬―つむぎ―】――にも連絡は来ているはず。
ぼ~とする意識の中で何とか体を起こし、【紬―つむぎ―】を耳につける。
『おはよう』
早速アエルが口を揃えて挨拶を一言。オレも「おはよう」と挨拶を返す。
それが終わるとオレは手帳ツールを開き、今日見た夢を書き記し、【紬―つむぎ―】を通じて脳から映像を記録する。何年か前にTVでこうするといつか夢を操れるようになると聞いたから実践しているのだけど効果はついぞ現れない。ムダなのかな?
そう言えばサイバーコンタクトのトップ開発社『エレクトロン』と【紬―つむぎ―】の開発社『綺羅星』が夢を繋げて作る新型ネットワールドとそこに行く為のサイバーカプセルベッドを開発中と言う話があった。順調に行けば来年春には発売開始と報道されていたけど、どうなったかな?
さて、ここまでの流れを終えるとトイレに行って用を足し、洗面台で手を洗って、顔を洗う。ここまで来るとぼ~としていた頭も冴えてくる。大人になったらこの辺りでヒゲを剃る作業も入ってくるのだろう。今のオレからは声変わりをした姿も想像できないけれど。
と、お決まりの流れを終えたところでメールのチェック。やはり大会運営からメールが来ていた。
そして読み終えたタイミングで鳴る通信のコール。通話ONにすると、
『おはよ、よー君』
涙月との映像通信が繋がった。
「おはよう涙月」
『うんふぁぁ~』
と、大きなあくび。
「眠そうだね? パーティーは盛り上がったの?」
『うん。一時まで喋ってたよ』
「起きたのは?」
『七時』
つまりオレと同じ時間に起きたわけだ。
「睡眠六時間? 大丈夫?」
『問題ナッシング! わたしゃ五時間睡眠の時だってあるんだぜ?』
「で授業中に寝るわけだ」
そして怒られる。
『いや~先生の話し声って下手な子守唄より効くよねぇ?』
「あ~それはわかる」
睡魔に襲われるのは実はわりとある。
『宵』
「ん?」
言葉を挟んできたのは、アエルだ。正確に言うとそのリーダー『覇王』。黒い鱗に桜色の大きな一つ目の首だ。
『「アニマホーム」へ行ってくる』
「ああ、うん。行っておいで」
『うむ』
『あ、うちのクラウンももう行ってるからよろしくね』
『うむ。ではまた会おう』
そう言ってアエルの姿が消えた。
『アニマホーム』 ―― 一言で表すならパペットたちの憩いの場。人間なしのネット空間で、監視もない為パペットの息抜きの場である。アエルやクラウンは朝起きたらそこに行くのが恒例行事で他のパペットと挨拶を交わしあっていると言う。
『さ、ご飯行こうぜい。朝はビュッフェだってさ』
「へぇ、半熟目玉焼きあるかな?」
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