第06話「力を見せつけるのは『王さま』か『チンピラ』か」
いらっしゃいませ。
歓声が響いた。まるでドームが震えるかのような大音量。
「可愛いぞー前野選手ー!」
「付き合ってくれー!」
「こっち見てくれー!」
あんたら何見てた。
『さあ次の試合に移る前におさらいしましょう!
今日はLv100について学べましたねー⁉』
そう言えば、これまでアエルを見せるのが恥ずかしくてあまりここに来なかったけど、やっぱりLv100って普段は少ないんだ。
『その前に天嬢選手! オロチを何とかしてください!』
なんとかと言われても……大きくなっちゃったアエルを連れて歩くにはどうしたら良いのか……消すのは可哀想だし。
「30くらいレベルを下げましょう」
壇上でオロオロしていると、繭さんが寄ってきてくれた。
「下げる? どうやって?」
「力の塊としてのアイテムを作るんです。分離といえば良いでしょうか」
「ああ、そう言うのもアリなんだ」
オレはアエルのデータを表示すると、アイテム生成のページを表示した。
アイテムはレベルに応じて絶対数が決まっていて、通常は与えたキーワードを元にパペットがコンタクトをスキャンして自動生成するのだが――
「あたしの『秤』を転送します」
誰かから譲って貰ったりもできる。
オレはアイテム欄に秤が表示されるのを確認して、起動させた。
3Dホログラムとして秤が出現し、一方の皿にお菓子が乗っているのを確認。
もう一方には光の玉が乗っていて、それがアエルの力の塊だ。
「えっと」
「あたしに見えるようにしてください」
「うん」
二・三操作して繭さんのコンタクトにも映るようにする。
「説明するだけですので、操作はご自分でなさってください」
覚えろと言われている。なんか親に数式の解き方を教わっているみたいだな。
オレは説明に従って操作を続け、Lv30分の力をお菓子の方に移した。
アエルの体が光り、手乗りサイズまで小さくなる。
「よし、これでレベルを戻したい時にお菓子を食べさせれば良いんだね――ですね?」
「敬語は必要ありません。あたしたち同い年ですし」
「それを言ったら繭さんはいつも敬語なんだけど……」
「これは癖です。
実家がそれなりに地位があり、大人と話す機会が多かったので」
お兄さんはやたらとフレンドリーだったけれど、ひょっとしたらその反動なんだろうか?
「そうなんだ。大変だね」
「慣れました。
話の続きですが、貴方の言う通り食べさせればOKです」
「ありがとう」
オレは秤をクリックし、彼女の方に戻した。
『よっし作業も終わったところで次の対戦いきまーす』
その言葉でオレたちは慌てて下に降りる。
「かっこ良かった&ちょっと嫉妬したぜい!」
「うわぁ!」
いきなり抱きついてきた高良にオレはあわあわとしながら倒れ込む。
「ブー!」
男性陣のブーイングを受けながら……。
☆――☆
翌日――
「……どうしよう?」
五時くらいに目が覚めたオレは三十分布団の中でボーとして、覚醒し始めてからずっと『どうしよう』と悩んでいた。
お題は
【三条に仕返ししますか?】
オレは負けた。
そしておごりじゃなかったら強くなっている。
その場合痛めつけられた相手を倒すべきだろうか? 放っておくべきだろうか?
「ほっとけーき」
「妹よ、ホットケーキが欲しいのかい?」
「欲しいのだ!」
妹は小さな左手を挙げて応え、右手でフォークを握り締めてホットケーキが出てくるのを今か今かと待っていた。
「仕返しねー」
と言いながら姉はホットケーキの乗ったお皿を持ってくる。
オレは姉と入れ違いに台所に行き、まだ残っていたホットケーキ(のお皿)を持ってテーブルに運ぶ。
「力を見せつけるのは『王さま』か『チンピラ』か。よーちゃんはどっちでもないでしょ。
だから仕返しはやめときなさい」
「……うん」
だよね。
――と思いとどまったのに。
「は~ろ~天嬢~」
「…………」
なんでそっちから来るかな……。
「今日は良いアイテム持ってきたんだ。
ちょっと試させてくんね?」
「そんなの……友達とすれば良いじゃないか」
「友達だろう俺たちさぁ」
なった覚えはない、とはちょっと怖気づいて言えなかった。
それでも足元を踏ん張って、なんとか一歩踏み出し、また一歩踏み出し、三条の横を通ろうとした。
「――!」
だが、三条に足を引っ掛けられて転んでしまう。
「ほらほら起きろやるぞおら」
空間のイメージを変える、三条。
マグマだ。
大小様々な火山があって、オレたちが立つ場所にマグマが流れ込んできていた。
熱さは感じないけど思わずマグマの来ていないところまで下がってしまう。
「怖がんなよ天嬢~。男だろうが」
三条がパペットを呼び出し、自身のアイテムを装備した。金属のホースが体にまとわりついているようなアイテムでパペットの方にも似たものが装備される。
オレは――
「……オイ」
それでも関わらないように歩き出した。
「へいへいちびっこ! 逃げてんじゃねーぞ!」
三条がオレの襟を掴み、強引に体を倒す。
……ぶっ飛ばしてやりたい。でもこれただの喧嘩だ。ただの暴力にパペットを使うのは気が引ける。
のだけど――
「――っ」
胸を踏まれた。靴底が肋骨を圧迫する感じが気持ち悪くて、オレは思わず足を払い除けた。
「お? おお⁉」
払った勢いで三条はバランスを崩し倒れ込む。
息を吐き出し笑う通行人。
それを見た三条は顔を朱くし――
「てめ――」
「はーいそこまでー!」
「あ」
険悪な中に割り込んできた人物は。
「なんだお前⁉」
「前野 誠司! 高ニ! お前はなんだ⁉」
「三条 柚叉! 中二! てめぇこそなんだ⁉」
「この子の保護者代行だ!」
いつから?
「相手ならオレがしよう!」
「ええ⁉ お兄さんがやるならオレが――」
「良いのだ! お前さんはよく耐えた!
そしてこれはオレから三条に与える年上としての教育的指導だ!
さあこい少年!」
誠司さんのパペットが出現し――出現……しゅつ……でかっ。
「灰色の――街?」
まるで欧米の映画にでも出てきそうな様式の街。
それが上空に浮いていた。
「やってやるよくそじじい!
ガルローダ!」
三条のパペットが重い脚を上げる。
ずん ずん と足を進め――灰色の街の下まで来るとホースからマグマを放出する。
「うむ! 悪くないシャワーだ!」
だけれどマグマは街にまでは届かず、残念ながら途中で折れ曲がる。
「てめぇ降りて来いこらぁ!」
「だが! 攻撃とはこう言う物を云うのだ!」
灰色の街が光った。いや、光っているのは街灯か?
眩い光が街の輪郭を映し出して、実に幻想的だ。
「さらば!」
灰色の街の底から撃ち出される砲弾。
まるで雨の如くに降り注ぐ砲弾。砲弾。砲弾。
撃ち出される勢いと落下の勢いが重なって猛スピードで落ちてくるそれはマグマを吹き飛ばし、火山を吹き飛ばし、辺り一帯をクレーターで覆い尽くす。
「嘘だろ……」
三条のパペットはライフを0まで落とし、三条自身のライフも0まで落とした。
強い……。
オレは灰色の街を見上げる。
レベルは99。名前はルフトマハトゥ(空軍)。
あれでLv100になったわけじゃないんだ……。
「さあ三条少年! すっきりしたかな⁉」
「するわけねーだろうが!」
三条が駆け出した。
直接誠司さんを殴る気だ。
「おっとう!」
アイテムを召喚する誠司さん。
煙の人――いや格好を見るに女神か? がバリスタの投擲準備に入る。
「誰かが怒ってる場合その理由を考えなきゃいけないぜ少年」
「――!」
矢に射抜かれ、三条・爆発。
巨大な上に炸裂する矢――か。
「はっ! はぁ!」
「すごい汗だな少年!」
無理もない。例え痛みを感じなくてもサイバーコンタクトは『それ以外の感覚』を再現してしまう。
自分が爆発する感覚など嫌なものでしかないだろう。
「さて、強者に嬲られる感触はわかったかな⁉ 二度としてはいけないぞ!」
「くそっくそっ!
お前! ぜってー後悔させるからな!」
それだけ言うと三条は走り去っていった。
「あ、ありがとうございます」
オレは誠司さんに頭を下げて。
「んん! 気にするな! 学校に遅れるぞ! 共に走ろう!」
「え――ええ?」
その日、大声で笑いながら走る高校生と、その子分の目撃談で学校はちょっと賑わった。
恥ずかしかった……。
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