第58話「……なんですって⁉」
いらっしゃいませ。
盾から放射されたエネルギーの激流に鬼が飲まれた。
そうだ。涙月のジョーカーは吸収と放出。溜め込んだエネルギーを一気に開放したのだ。
『――こ・の』
身動きの取れない滅傷。それだけではない。体のあちらこちらが裂けて粒子状の『血』が出ている。
倒せる!
「やめて!」
「「「――⁉」」」
急に岩陰から出てきた少女がエネルギーの激流に飛び込んだ。それをしたら――
「――あ!」
あっと言う間に少女のライフは0になり、警報音が鳴り響く。いくら仮想の攻撃とは言え五感に訴えるこのバトルにあんな形で飛び込んで大丈夫だろうか?
「涙月! 攻撃を止めて!」
「お、オゥ!」
エネルギーの放出が止まる。傷ついた滅傷と少女がぐったりとした状態で落ちていく。
『警告します』
大地に落ちた滅傷から彼のものとは違う声が。これはマスターユーザーの精神状態がリスクAになった状態に流れる自動警告音声だ。
『マスターユーザーのスピリチュアルダメージ上昇によりパペットに医療用ナノマシンを付加しダメージを一時的に切り離します。このモードはスピリチュアルダメージリスクCによって解除されます。
緊急モード・オン』
『――! 胡桃!』
慌てた滅傷の声。彼は胡桃と呼ばれた少女――飛び込んだ少女だ――に飛びつくとすぐに状態をスキャンし始めた。
オレたちは近づいて様子を見守る。雷神風神を操っていた少女も。
胡桃の呼吸は荒く、顔面は蒼白に染まっている。それを見た涙月がオレの服の袖を掴んでくる。突然だったとは言え自分のせいでこうなったのだから、涙月の性格だとたまらないものがあるに違いなかった。
『ナノマシンを流す』
滅傷が右手を分解し、その粒子――ナノマシンを胡桃の口から体内に入れる。胡桃の体に仄かな光が宿って、二・三分が経過し呼吸が整ってきた。
『スピリチュアルダメージリスクCに低下。緊急モード・オフ』
『胡桃』
滅傷がマスターユーザーの名を呼ぶ。胡桃の顔色は健康的な赤みがかったものに戻っていて、治療は成功したみたいだ。
「……滅傷?」
胡桃の瞼と口が開いた。自分のパペットを見つけた胡桃はまずその名前を口にする。
「滅傷!」
『は、はい!』
「何やられてんのよあんたは!」
……おぅ……ワイルド……。
「苦労とお金をかけてLv100まで持っていったって言うのに負けるなんて恥よ恥! 何の為にアサシンとして育ててきたんだか!」
何かを狙ってパペットを育てるのは可能ではある。関連したファイルやソフトを集めれば良いのだから。でもまさかお金をかけてまでアサシンを狙うとは。女の子の趣味ではないように思えるのだけど?
「これじゃお兄さまにどんな顔を向ければ良いのか……」
親指の爪を噛む胡桃。
お兄さんを目指しているのか。オレも姉に憧れは持っているけど。シスコンじゃないよ?
「あの、君」
「なによちっこいの?」
ちっこいの! 確かに背は小さいが初対面の女の子に言われる筋合いはない!
「君オレより小さいじゃないか!」
「私は心が大きいのよ」
「オレの心が小さいかのように……」
宇宙の如く広いつもりですが何か?
「まあまあよー君。ねぇ、胡桃――さん? なぜにアサシン? もっと女の子っぽいのじゃいけなかったのかい?」
「あら、ナイトだって女の子っぽいとは言えないんじゃなくて?」
「そうかなぁ? ナイトさまには憧れない?」
「私が憧れるのはお兄さまだけよ」
ぷいっと顔をそらす胡桃。頬が可愛らしく膨らんでいる。
「お兄さまって強いの?」
「最強よ最強」
「あの、胡桃さま」
「なによ北音?」
おずおずと挟まれた言葉。それに続きをうながす胡桃さん。
「もうすぐタイムアップなので、もう少しポイントを貯めておいた方が……」
ふむ、雷神風神使いは北音と言うのか。
「そう? じゃこの子たちをぶっ飛ばして――」
「いや、ライフ0になったから退場だよ」
「……なんですって⁉」
元気なお嬢さまだなぁ……。
「今すぐリベンジよ!」
「いえ……勝負のすぐ後のプライベートリベンジは禁止されております……」
「……なんですって⁉」
少しはテンション落ちないかな?
『バトル終了まで一分です。皆さま勝負はついていらっしゃいますでしょうか?』
「……なんですって⁉」
実況の声にも大声を返す胡桃。この子は一昔前のNPCか何かなのだろうか?
『5、4、3、2、1、0!
バトル終了です! 皆さまホームまでお戻りください!』
第一次予選、終了、だ。
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