第56話『ごめんね殺しちゃって』
いらっしゃいませ。
突然の大声にオレたちは揃って耳を塞いだ。と言っても実況中継の声は耳から入るのと同時にコンタクトや【紬―つむぎ―】を通して直接頭に響くのだけど。
この声は実況本部のお姉さんのものだ。
『ゲーム終了まで残り五分です! 皆さま最後まで良きファイトを!』
五分か……。結構ポイント稼いだけどここ現在の順位が見られないから必要充分かどうかわからないな。十人の方はどうだろう? 残り十人なら勝ち抜けるわけだけど、まだまだ十人以上いそうだ。
「さて、私は負けたわけだからそろそろ去らせてもらうよ」
と、椿。
「次リベンジすっから、ゲームスタートと同時に攻撃させてもらうよ」
「できれば不意打ちはなしで」
「気がノったらな」
片目を瞑って去っていく椿。
次までにユーザーもパペットも成長しているだろうから、いきなり要注意人物ができてしまった。
「オレも行くよ。時間の融通がきけばもうちょっとユーザーを倒しておく」
「うん」
言って立ち去ろうとする遊。
では、オレたちはどうするか。
「私らもバトルしに行こっか」
「そうだね」
「あたしは三人でも良いけどどうする?」
「「「――!」」」
上を振り仰いだ。声がしたのがそちらだったから。けどそこには空が広がっているだけで誰もいない。
「おんや?」
「――!」
足元で音がした。間違いなく土を踏みしめる音だった。と言う事はこの相手は――。
オレはすぐに涙月と遊に手を伸ばして肩を掴むと少し乱暴になる形で後ろに引いた。けど反動でオレの体が前に出てしまい。
「――!」
何かがオレの左半身を切り刻んだ。
仮想の血である白い液状ホログラムが溢れ出る。
「よー君!」
しまった。大会中は一度減ったライフはランダム配置されている回復ドリンクでしか戻せない。一度しかそれを見ていないのは他のユーザーが既に持ち去った後だからで、一つはもう使用している。回復できない。0になったら敗北となってしまう。
オレはライフゲージを確認する。残り12。満100だったライフが椿とのバトル後確認した時には39だった。随分ごっそり持って行かれたものである。
……待てよ。
オレは魔法処女会に貰ったアイテムを起動する。するとライフが50まで回復した。
助かった……。
「フォーマルハウト!」
ユニコーンの角が光り、光が矢となって降り注ぐ。
「――っつ!」
彼女はオレのすぐ傍で血を流した。どうやらオレは第二撃目を受ける直前だったらしい。彼女は人の足の移動とは思えないほど俊敏に下がると姿を見せた。ちょっと凶暴そうな表情で、髪は雑にポニーテールに束ねられている。
「透明化?」
「みたいだね」
「それがわかったからってあたしを倒せるわけじゃないけどね!」
彼女は宙空を掌で叩いた。すると波紋が広がって彼女の姿を隠してしまう。
「けど透明人間の弱点は!」
オレは仮想血を手につけると周囲にばら撒いた。出血量が多くて良かった。血は彼女のどこかに当たったらしく空中に染みが浮く。
「クラウン!」
『あいよ!』
クラウンジュエルはランスを構えると超速でそれを突いて。
「この!」
透明少女の言葉。空間にノイズが走って彼女が姿を見せる。ランスは彼女の腰のあたりに刺さっている。
行ける!
「『闇王』!」
「フォーマルハウト!」
闇王の牙とユニコーンの光の攻撃。それが同時に彼女を襲い、しかし稲妻が彼女を守った。
「雷神『雷叫』! 電撃範囲を広げな! 風神『風吠』! 風の刃を更に五十追加!」
雷神風神、それが彼女のパペットか。
オレたちは電撃が届く前に急いでその場を離れ――たところで全員体のどこかを斬られた。
「風の刃って奴だ!」
フォーマルハウトから光の矢が降ってくる。一つ、また一つと風の刃が消えていき――
「――⁉」
オレは言いようのない寒気を感じて三人を闇王の口の中に隠した。
重い、何かが闇王の黒い鎧を打つ音。二人目の敵の攻撃だ。それが止んだ瞬間に闇王を消して周囲を確認する。すると、思ったより近くに黒マントのパペットが立っていた。頭からマントが被せられていて表情が見えない。いや、この角度でも見えないのはひょっとしたら顔がないのか?
そのマントマンは手をマントの中から出す。大量のナイフを握って。
寒い。凄い冷気だ。いや本当はそんなものないのだろうがそう感じたのだ。それ程までにマントマンが放つ気配は冷たくて――目がある位置から緑色の液体が流れた。
泣いた? 何に?
『ごめんね殺しちゃって』
そこに泣くんかい!
ナイフが放たれた。オレはアエルを出している時間がなく、なんとかナイフの放出範囲からプールに飛び込むように体を踊らせ、涙月はクラウンジュエルのマントでそれを防ぎ、遊はユニコーンが体を呈して庇っていた。
体を起こそうとするオレは確かに見た。このパペットの名称と、そのレベルを。
【パペット名「滅傷」。Lv――100】
Lv100――
考えてみたら当たり前の話だ。Lv100に達している人がオレたち以外にもいるなんて事は。
「100? 99までじゃないのか?」
それに驚いたらしく、遊が静かに呟いた。遊のパペットのレベルは92。ユーザーレベルも同じく92。文句のつけようのない高レベルプレイヤーだ。でもLv100と言う存在には気づいていなかったらしい。
「あのね遊、オレの知り合いには100も超えてる人がいるんだ」
「な」
「私らも100になれるぜい」
「どうやって⁉」
途端に目を輝かせる遊。新しい玩具を与えられたらきっとこんな顔になるのだろう。
しかし「どうやって」と聞かれると……。
「その場の勢いで」
グッと親指を立てる涙月。
「アバウト!」
「来るよ!」
お読みいただきありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。




