第55話「一応犯罪行為だから、その辺の話は小声で」
いらっしゃいませ。
「1になっても体力が落ちるわけじゃないだろ!」
「そう。体力は削られない。
ただ、これは秘密のルールだ、自分で気づくしかないわけだけど今回は教えようか。
ユーザーライフが減るとパペットとの連絡が鈍くなるんだ」
「――は? それなら自分の意志で動かしゃ良いだろ! 『CBX400F』と『R390 GT1』! それぞれあいつを襲いな!」
「そう――」
目を細める遊。
「そう言う命令もダメだ」
『CBX400F』と『R390 GT1』から光が消え、マスターユーザーである椿を襲った。
「――え?」
ぽかんと口を開けるのは――遊。それもそうだろう。椿を襲う『CBX400F』と『R390 GT1』を止めたのはオレのアエルだったのだから。
「ちょっと待って遊――君!」
「遊で良いよ。でもなんで今?」
「オレたちポイントが足りないかも知れないんだ。だから理由は知らないし助けてくれたのはありがたいんだけど、自分で倒さなきゃ」
「!
そう、そうか。それはごめん。それじゃオレは見てるから。でも君らが敗れそうになったら割って入るよ?」
「うん、ありがとう」
そう言ってオレはアエルを引き寄せると椿に向き直った。オレの横に涙月も並ぶ。
「……あのさぁ……」
顔を下に向けて表情を隠す椿。両の手をギュッと握りこんで少し震えているみたいだ。
「どいつもこいつも! バカにしてくれるね!
アイテムⅡ!」
二人のレースクィーンが旗を大きく振るった。どこかに道ができた――はずだ。オレたちは目を上に下にと動かして光の反射を当てにしてコースを探す。そして見つけた。
オレたちに向かうたった一本のコースが斜め上から伸びていた。
この角度!
「云う事を効かないならこうするだけさ! カーバイン、ルクス! 突貫!」
コースに乗った『CBX400F』と『R390 GT1』が落ちてくる。ノーブレーキ。全速力だ。
オレたちは逃げるか迎え撃つか――迷わなかった。オレは『樹王』の牙を向けて待ち構え、涙月はクラウンジュエルのランスを一度引いて突き出した。
『樹王』に噛み砕かれて『R390 GT1』が前後に両断され、『CBX400F』は回転させて突き出されたランスの風に飲まれて吹き飛び、
「突貫!」
「――!」
両断された『R390 GT1』の前半分だけが『樹王』の喉に直撃した。
ごくん
「あ」
「え?」
『樹王』がついつい『R390 GT1』を飲み込んでしまった。
し、しまった! 『R390 GT1』を殺してしまった⁉
上空に映し出されているライフゲージを確認すると、奇跡的に0.2で止まっていた。両断以外噛まずに丸呑みにしたのが幸いしたらしい。
オレはそれでも慌てて『樹王』を消して『R390 GT1』を胃袋から出すと、『泉王』のジョーカーでその体を再生。
「……はぁ」
ホッとしたような、呆れ混じりのようなため息をつく椿。そして彼女は言った。
「リザイン」
両手を挙げての敗北宣言。
はぁ、なんとか勝てた。
「……一応言っとくけどさ、そいつが横槍入れたから負けたわけじゃないよ」
じろりと遊を睨む椿。
いや、正直『CBX400F』と『R390 GT1』がこれまで通り椿の言う通りに攻撃してきていたら勝敗はわからなかったと思う。
でもそれは多分指摘してはいけない。
「ん~、じゃ、なんで遊は私たちを助けてくれたわけだい?」
クラウンジュエルの姿をSDに戻しながら、涙月。
そうだそれを聞きたかった。
「……幽化さんに聞いたんだ。以前医療機関に忍び込んで停止してた機材を再起動させたのが君だってね」
「それって――」
涙月が瞼を持ち上げる。きっとあれだ。アマリリスのパペットに初めて会った時あらゆる医療機が停止してオレや他の人たちがクラッキングを仕掛けた時。
オレは上を見る。実況お姉さんはいない。でもカメラがある。仕方なかったとはいえ医療機関に忍び込んだのがバレたらまずいと思った。
「遊」
オレは彼を手招きし、二人の間が縮まったのを確認して耳に口を寄せた。……涙月と椿も耳を寄せてきた。喋りづらいんだけど……。
「一応犯罪行為だから、その辺の話は小声で」
「緊急時の助力行為は認められると思うけど」
「オレのこれはね――」
第四世代ウェアラブルコンピュータ【紬―つむぎ―】をピンと指で弾く。
「まだ試用期間だからトラブルになると没収される可能性があるんだ。良い意味のトラブルでも悪い意味でのトラブルでも」
「へぇ、それが『綺羅星』のか」
そう言って椿は【紬―つむぎ―】に手を伸ばし、あれやこれやと触って耳から外し、手に取って走り出した。
「どさくさ紛れに盗むなー!」
靴を脱いでビュンと投げつけてみた。それはパコーンと椿の頭にあたって小気味良い音を出す。
あ、当たっちゃった……。
「てめぇ」
「胸ぐら掴むのやめてくれる君が悪いのに」
「冗談だよジョーダン」
言いつつ耳につけ直してくれる椿。悪乗りしなきゃ良い子だろうに。
「……で、だ。その騒動の時にオレの兄貴も入院しててさ、結果的に宵に助けられたわけ。だからどうにかして恩返ししたかったんだけど、邪魔したなら悪かった」
「ううん。それなら気持ちだけで充分だよ」
「因みに私はファーストキスをあげたぜ」
おおっと!
「ちょ、涙月。なんで顔近づけるの遊」
「あ、いやつい」
「ついで男に迫らない!」
そっちの趣味はありません。
「あははははは」
「笑うな椿」
『お報せします!』
「「「わ」」」
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