第54話「ちょっと事情があってな。宵君を助けさせてもらうよ」
いらっしゃいませ。
「うわぉ!」
迫り来る『それ』を前に、オレはなす術なく飛び退いて。しかし『それ』は尚もオレを追撃するべく頭を回転させる。
『R390 GT1』――伝説のスポーツカーをベースにカスタムされたそいつが超スピードで迫り来る。
「そう言うのは!」
「――⁉」
車の軌道の正面に立つオレは今度こそ怯まず言い放つ。
「オリジナルだから良いんだろ!」
「いいや伝説を改造する時の興奮ときたらもう!」
オレの言葉に言い返すのは筋肉隆々の女性だ。中学生の部に出ているのだから無免許なのは間違いないが風貌はベテラン運転手のそれで。
「お子さまにはわかんないかね!」
「変わっても一つ二つの歳の差だろ!」
「…………」
黙ってしまった。義務教育にも関わらず留年でもしたのだろうか?
「突貫!」
「誤魔化した!」
『R390 GT1』が豪音を響かせながらタイヤを回転させる。ひと思いに獲物を仕留めるべく飛び出した凶器はオレを喰う為に一気に距離を詰め――
「――え⁉」
崩れた大地に頭から突っ伏した。
「落とし穴⁉ そんな原始的なものいつ用意した⁉」
「君がよー君と追いかけっこしてる隙に私が掘りまくったんだぜ!」
ババーンと岩の上に姿を見せた涙月。ずっと隠れていたからか溜まった鬱憤を晴らすかのような目立ち方だ。
「二人いたのかい。ふん、だけどこっちのアイテムはね!」
「「――⁉」」
「『CBX400F』ファミリー!」
伝説のバイクが、何台も大盤振る舞いに現れる。
「って――」
穴に落ちる――はず。涙月が掘っていた落とし穴は一つではない。
しかし『CBX400F』は穴が崩れ車体が落ちる前にその上を突破し、落ちず周回する。
「やば――」
「突貫再!」
中央に――つまりオレと涙月に向けて突貫する『CBX400F』。オレは涙月を抱えて大きく飛び、なんとかそれをやり過ごし。
「甘い!」
そこに『R390 GT1』が穴をものともせずに突っ込んできた。
さっきは落ちたのに!
オレと涙月を(ホログラム上)撥ねていく『R390 GT1』。大幅にライフを減らされたオレたちは体勢を整えられずに。
「アイテムⅡ! レースクィーン!」
「「は⁉」」
グラつく体を押して見ればユーザーの両脇には二人のレースクィーンが立っていて、大きく旗を振り仰いでいた。
「この子たちは! あらゆるところにコースを作り出すのさ!」
つまり。
オレはアエルを出そうとする意思を止めて、代わりに八つの人魂を出して光力を最大にした。キラキラと、光を反射して輝く透明なコースが宙空に走っていた。
「じっとしてればすぐ終わるからさ!」
『CBX400F』だけでなく『R390 GT1』も透明なコースに陣取りアクセルを吹かす。今にも「突貫」の一言で飛びかかってきそうだ。
「とっか――」
しかし。
「――⁉ 何事⁉」
突然降ってきた光の雨に『CBX400F』と『R390 GT1』が貫かれて声であるエンジン音を沈黙させる。
「……カーバイン、ルクス」
女性はぼそりと呟くと、『CBX400F』と『R390 GT1』を手元に呼び寄せ触れた。機体の故障箇所が治っていく。ただしライフは戻ってはいない。見た目だけの治療だ。
カーバイン、ルクス――それは二台の愛称だろうか。
「誰さ?」
女性は空に向けて言葉を放つとキッと睨んだ。その先には真っ白いユニコーンが。銀色の一角が太陽光を反射して幻想的に輝いている。
「良く言われるだろう? 人に名を聞く時は?」
「……ふん、椿。風和 椿」
「前の第4位だね。知ってるよ」
「じゃ聞くなよ!」
確かに。
と思いつつもオレと涙月は透明なコースの下に潜り込んだ。ここなら気が変わった椿が奇襲をかけてこれないだろう。……コースの裏側を走るなんて裏技でも持っていない限り。
オレたちは揃ってユニコーンに目を移し、目にかかる汗を一つぬぐった。
「オレは遊。遊佐 遊」
そう言って、彼は岩の裏から姿を見せる。
遊佐 遊――前大会の中学生準優勝者。氷柱さんに敗れはしたもののその実力は間違いなく氷柱さんを追い詰めた程の本物だ。
「ちょっと事情があってな。宵君を助けさせてもらうよ」
事情?
涙月がオレの顔を覗き込んでくる。好奇心に満ち溢れた表情だ。……いや、この顔はオレと遊の「あっちな関係」を望んでいる表情だ。ないから。今のとこ。
オレが改めて遊を見ると、彼はこちらを見てちょっと顔を赤らめてそっぽを向いた。何その反応グウの音も出ない。
「とにかく、君は倒させてもらうよ」
「準優勝が第4位に勝てると思ったら大間違いだよ! 『CBX400F』ファミリー!」
透明な見えないコースを走って『CBX400F』が遊に迫る。
「フォーマルハウト」
遊の前にユニコーンが陣取る。一角が輝き、流星が落ちた。
「「「――!」」」
光の矢が何百と降り注ぎ『CBX400F』を砕いて砕いて破壊する。
「光明」
一角から一枚のガラスのような光が降り注ぎ――
「――!」
椿を両断した。
ライフを削られる椿。その残存ライフ、1。
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