第50話「皆さま一緒に、このバトルを突破しましょう」
いらっしゃいませ。
色が白いせいで玩具にも見えるメス二つ。しかし切れ味は本物らしく、メスはあっさりと二人の胸に突き刺さる。
『何して――』
「だーい丈夫です。シスター村子にお任せを」
降りてこようとする実況をコリスが両腕を広げて静止させ、隣の岩山で様子を見守っていた聖剣にも笑顔を向けた。今にも剣を飛ばしてきそうな厳しい表情になっていたからだ。御伽君も村子さんの肩を掴んで退かそうとするが村子さんにペちんと手を叩かれてついつい動きを止めた。
そんな皆の眼前で、メスが輪郭を失い黄緑色に輝く光の粉となってオレたちの体の中に入っていった。
オレはメスを刺された時こそ痛かったが粉の侵入で痛みはなくなり、むしろ力強ささえ感じた。粉は高速で体の細胞を通り過ぎ、皮膚に不思議な波紋を生み出す。
綺麗だな……。
なんて思っていると隣の涙月がガバッと体を起こし、両の手を開いたり閉じたりし始めた。オレはそれを見てゆっくりと体を起こし、涙月の真似をしてみる。
治っている――
傷は、細胞は上から下まで正常に動作するようになって、流した血だけが足りない状態にあった。
「血液の量はどうしようもないので、補充されるまで五分くらい待ってね」
と言うと軽く片目を瞑ってみせた村子さん。
「心、トキメク」
「なに言ってんだいよー君。
心、とろける」
「そっちこそ何言ってるんだよ涙月」
そんな会話さえできるようになって、オレたちは元気に立ち上がった。
医療用ナノマシン。メスはその塊だったらしい。
しかしだ。
「なんでこんなの持ってるんだろう?」
オレは単純な疑問を口にした。
医療用ナノマシンは国家資格を持つ医療従事者しか扱いを許されていないもので、そうなっている理由は扱いの難しさからだ。過度な治療は逆に細胞を壊すし、注入箇所を間違えば呼吸が止まる。
それをあんな乱暴に使って、なぜオレと涙月は無事なのだろう?
「【永久裏会】は――」
まるでオレの疑問に応えるタイミングを伺っていたみたいに村子さんが口を開いた。いやひょっとしたらオレの思考が丸読みされていたのかも。彼女はオレと涙月の耳を引っ張って口のすぐ近くまで引き寄せた。
その様子に実況お姉さんや聖剣は少し機嫌の悪くなったさまを表情に投影したが近づこうとはしなかった。と言うかオレにも聞きたくない気持ちがあった。だってこの展開、絶対聞いてしまったら厄介事に巻き込まれる気がしたから。
「元々国際機関なのですよ。
ただ真っ当なそれではなく、【裏会政府】と言う【表会政府】認定非社会政府の」
ああ……やっぱり聞きたくないかもこれ。
「そこに【医療永久裏会】ができて、医療を行っている風には見えない事から医療のふた文字は消えて、でわたしたちは裏会から命令厳守と一部の自由を与えられ、標的に罰と治癒を与えるようになりました。魔法処女会に属したのはその後。
貴方と貴女を治療するのはコリスに優しくしてくれたお礼と、とある裏会出身者からの要請です」
裏会出身者? オレたちの知り合いにそんな近づいたら斬られるみたいな人がいると言うのだろうか?
「今頃どこかで微笑んでいるでしょうね、貴方のお姉さん」
「お姉ちゃん⁉」
初耳だ。
「ま」
と言いながら村子さんはオレたちから一歩離れる。
「善行なのでOKでしょ?」
片目を瞑る村子さん。心、とろける。真似をしてコリスも片目を瞑った。うん、えっと、心、トキメク?
「ほっ」
ぴょんと跳ねる涙月。医療用の椅子から降りて、何回も跳ね続けている。別にウサギになったわけでもカンガルーになったわけでもない。人間に生まれて人間として生きている中学生の女の子である。
「よー君。体動くよ」
「うん」
動けるようになったのが嬉しいらしく、飛んだり跳ねたりなぜか転がったりしているのだが、バック転しようとした時に頭から屋上に激突していた。流石にその時は焦ったけど幸い頭のネジは飛ばなかったらしくその後も飛んだり跳ねたりを繰り返している。
オレも屈伸運動をしたり腕を空に向けて伸びをしてみたりしたけど異常は特になし。
「――良し。村子さん、ありがとうございます」
「ありがとうございます!」
オレに続いて涙月も少し遠くから(跳ねて離れてしまった)お礼を言って頭を下げた。
「いいえいいえ。でもどうしてもと言うならお礼を受け取るのはやぶさかではありません」
うん? 受け取る?
「こんなもんでいかがでしょう?」
と言って彼女は一枚の電子ノートを見せてきた。そこに綺麗な字で書き綴られていたものは――
『○○店 ○○パフェ一ヶ月食べ放題。
××店 ××アイス一ヶ月食べ放題。
☆☆店 ☆☆かき氷一ヶ月食べ放題。
□□店 □□和菓子一ヶ月食べ放題。
△△店 △△パンケーキ一ヶ月食べ放題。
尚、これらが履行されない場合世界で最も有名なねずみのランド一年フリーパスを要求しちゃいます』
無理だ。
「中学生のお小遣いを舐めてもらっては困ります!」
「やだなぁ冗談ですよ」
「じょ――」
冗談――なんだ?
その隙に涙月もこちらに戻ってきて、電子ノートを覗き込んで「あらまぁ」と言葉を漏らしていた。反応がおばちゃんだ。
「実際はこちらです」
電子ノートの上で指をスライドさせてページをめくる村子さん。そこに綺麗な字で書き綴られていたものは――
『天嬢 宵。
高良 涙月。
佐久間 御伽。
地衣 氷柱。
以上四名、一ヶ月魔法処女会への仮入会を要請する』
「「「…………」」」
いやいやいや。
現場に残っていた御伽君と氷柱さんは共に目を合わせ、一粒の汗をかきながら村子さんに目を向けた。
「あの、ちょっと良いかな?」
「ダメデース」
氷柱さんの言葉をあっさりと退けて、村子さんはにっこり笑う。氷柱さんからしてみればオレたちの心配をしていたからずっと残っていただけなのであって、特に裏会に頼ったわけではないのだ。
「俺も?」
「貴方の尻拭いだったはずですが? 御伽さん」
「う」
「ですので」
村子さんは両手を胸の前で合わせる。パンッと言う小気味良い音が鳴り、
「皆さま一緒に、このバトルを突破しましょう」
にっこりと笑うのだった。
お読みいただきありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。




