第48話「彼らのパペット、返してもらえるかな?」
いらっしゃいませ。
「続けていくぜい! 足!」
クラウンジュエルが右の鉄靴ソールレットに力を込めると空気が吸い込まれていき、左の鉄靴ソールレットから吐き出され――クラウンジュエルが超速で足を大きく振るった。蹴りの形にだ。
「――!」
空気は刃となって少年を襲う。彼は慌てて逃げようとするも後ろに何かあるのか退かず隠れもせず風の刃を受けた。
「あ……あ」
勿論人間である少年には一切の傷がなく、悪くてもちょっと風が怖くなったくらいだろうと思っていたのだが、白いロングコートがクルンと丸くなって銀色の狐に化けた。いやひょっとしたら狐姿の方が本来の姿かも。
「銀子!」
少年は力なくぐったりしている狐を両手で受け止めると狐をギュッと抱きしめた。
「成程、銀色だから銀子。どストレートだな!」
「うっさい!」
涙月の名前へのツッコミに少年はずっと上から吠えた。
あぶな……オレも涙月と同じの言いかけた。
オレは気を取り直す為に一度大きく息を吸って、吐く。
「そこの人! オレたちを狙ったのは偶然⁉ なんか怒ってる風にも見えたけど!」
「……それは――」
少年は外にはねるくせっ毛な髪を耳にかからないよう手で押さえて、下を――オレたちを覗き込む格好で何かを言いかけ、口をつぐんだ。それは『何かある』と自己主張しているようなものだ。
「ちょっと待ってて! 涙月ついて来て」
「あいよ」
オレは砕かれてゴロゴロと転がる岩の塊を避けながらあるものを探して走り回る。手を横に伸ばしてビルの側面を確かめるのも忘れずに。
「あった、このビルの入口」
岩山が崩れてビルは衝突防止の為に薄らと視認できるようになっているが窓ガラスとガラスドアの区別は今一つわからない。だから手で自動ドアが開いていくのを確かめなければいけなかった。
「よー君、見えない設定になってるビルに入って良いの?」
「それは少年が緊急事態ならOK出ると祈りながら無視します」
「よー君が不良に!」
「そこまでオーバーにしないで⁉」
オレたちはビルの中に入るともう一度手をついて走り回り、今度はエレベーターを見つけた。階段でも良かったけどこっちの方が良いかな。二人してエレベーターに乗り込み、屋上へのボタンを押した。はたから見ればオレたちは何もない空間を登っていく奇妙な人間に見えるだろう。
エレベーターはすぐ屋上にたどり着き、オレたちの視線は岩が崩れて宙に浮かぶ少年と、その後ろにいる蒼いロボットに向いた。
「あれ……実体あるよね?」
「パペットの反応はないよ、よー君。あれは本物のロボット」
上半身だけの大きな翼を持ったロボットの姿を見つけてオレたちは思わず足を止めている。あれは警戒した方が良いのだろうか? それとも味方?
「そこの――えっと、名前は?」
少年に向けて問うオレ。彼は顔をこちらに向けると。
「御伽――佐久間 御伽」
と応えてくれた。
「御伽君、このロボットは?」
「……監視」
「君の? 誰かに付けられたの?」
「――あ」
「――!」
御伽君が何か言いかけたその時、ロボットが動いて腕に大きな銃を装着する。いや、大きさからもう大砲と言った方が良いかも。どんな弾が出るのかわからないそれが少年に狙いをつけているのは明らかで、三人が共に冷や汗を流した。
今のは、名前を言おうとして阻止された?
「ごめん、言えない……」
御伽君はそう言うと顔を背けてしまった。怒っているような、憔悴しているかのような表情。どうやらオレたちに対して怒っていたのではなさそうだ。
「……よー君、あのロボット何とかできるかな?」
「何とかしたいけどものほんのロボット相手にできる事はないと思う……しかも――」
実体を持ったロボットはさして珍しいわけではない。今では警備ロボットがほとんどの有名企業で導入されているし、ビジネスサポート、ライフサポートとしても使われる。悪いのか良いのか愛玩用としても発売されているくらいだ。
だけど、それらは全てロボット三原則に縛られている。
人に危害を加えられないロボットはこの蒼いロボットのように大砲を人に向けるはずがないのだ。
「――しかも、人に危害を加えられるロボットなら尚更だよ……『電王』」
「よー君」
アエルの中の首一つ、電王だけが姿を見せる。黒い鎧の如き鱗を纏っていて、口には鋭い牙が並んでいる。
「ちょっとだけでも注意引くから、その間に御伽君のところまで走って逃げて」
「嫌です」
「……そんな即答しなくっても」
「私がよー君をおとりにするとかないから」
真面目な顔で、涙月。
「……ごめん、私のせいでよー君は目的達せられない」
「……うん」
『わかった』、と言おうとした矢先。
「二人とも!」
御伽君の声が上がった。
オレたちは互いに向けていた視線を御伽君に向けようとし、できなかった。
「そんな⁉」
蒼いロボットが電王を殴ってその巨躯をずらしたからだ。
「パペットに触れる⁉」
こいつは――現実と仮想、両方の世界に干渉できるって言うのか!
そんな心境を無視してロボットは大砲をオレの方に向け――撃った。
「「――!」」
ロボットから放たれた『弾』――圧縮された『音』の塊がオレと涙月を襲う。
オレたちは咄嗟に耳を手で隠すが音は手と言う防御壁を悠々と超えて脳にまで侵入してきた。頭蓋骨と言う狭い場所で脳が揺れる。そのせいでオレたちは平衡感覚を始めあらゆる器官が悲鳴を上げその場に崩れ落ちた。
洒落にならない……こんなの兵器じゃないか!
「やめろハウス・ドッグ! 今回収する!」
……回収?
オレは鈍ったままの脳で必死に声を聞く。吐き気がしたが今はそんな場合ではない。本当に殺されるかも知れないのだから、吐いて楽になるならむしろ吐いてしまいたかった。でも喉をうまく使えないからそれもできない。
御伽君はそんなオレたちの傍まで寄ってくると、大きな本を取り出した。現実の本ではない。仮想の物だ。
「すまないな、二人共」
そう言って本を開き、ペラペラとめくって呪文のような言葉を発し始めた。
「……?」
どうやらまずはオレが標的らしい。オレの上に鳥籠が出現したのだ。その中に――アエルを捕らえて。
「やめ……ろ」
必死にオレは声を出す。正しく発声できたかもわからないまま。
次いで彼は涙月の方に向き直る。同じ事をしようとしているのだろう。呪文を発し、倒れる涙月の上に鳥籠が現れた。クラウンジュエルを捕らえられてしまう。
「クラウン……おっきくなって……」
『××××!』
クラウンジュエルが何かを叫んでいる。しかし邪魔されているのか言葉にならなかった。
Lv100にも成れないのか……。
「ごめん、許してくれなくても良いから。これで良いだろ? ハウス・ドッグ?」
ハウス・ドッグと呼ばれたロボットは二つの鳥籠を受け取ると中を確認してどこからともなく召喚した布をかけて、鳥籠を消した。
その時――
「――⁉」
何かの衝撃がハウス・ドッグを襲って顔が180度回転した。
なに? 何が起きた?
「彼らのパペット、返してもらえるかな?」
混乱する心に応えるように、綺麗な男の声が流れた。
ハウス・ドッグが顔を元の位置に戻しながら、彼を見やる。
隣の岩山に立っていて、巨大なエネルギーソードを担ぐ彼は――
『救援を呼びましたけど良かったでしょうかぁ?』
おどおどとした口で話す実況担当のお姉さん。いないと思ったら助けを求めに行っていたのか……ぐっじょぶ。
「あんた――」
御伽君の声。憤りを孕んだ声。でもどこかホッとしている声に思えた。
「地衣――氷柱」
その名は、前大会日本中学生の部トップユーザーの名であった。
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