第42話「仮想災厄(ヴァーチャル・カラミティ)」
いらっしゃいませ。
☆――☆
「予想通りね」
そう言うとアタシ――火球は金平糖のビンの蓋をポチッと押す。起動ボタンにしては大きいコルクが沈み金平糖が光りだす。
街中にばらまかれていた金平糖は輝き、粉の如き光がビルを通り、テントを通り、大気に蔓延する。
電磁パルスの影響が消えていく。
人工の光が再び灯り出し、消えたパペットが顕現する。
☆――☆
「……あれ?」
オレは言葉を漏らすと肩に乗るパペット・アエルをつついた。ピンク色の発光体のおかげ(せい?)で実体化しているアエルは首をつつかれてくすぐったそうに目を細め顔を持ち上げている。
「電磁パルスが消えたよよー君?」
「うん……」
なぜ?
『ママ友頑張った!』
「え?」
懐の小人を見るとバンザーイと両手を挙げている。どうやら『ママ友』とやらが防いでくれたようだけど、それなら『ママ友』は味方と思って良いのだろうか?
あれ? でも。
「そのママ友って今、幽化さんのところにいてどうも邪魔してるっぽかったような?」
『誤解~』
「誤解?」
「五階?」
「いや違うからコリス」
ひとボケついたコリスの代わりにツィオーネが頭を下げている。いやボケてる場合でも謝ってる場合でもないんだけど。
『ママも家族も守られた~』
「パペットをさらったのって誰だっけ?」
と涙月。小人はそれに――
『それもママ友~』
と応えた。
「ママ友はなぜにパペットをさらったのだ?」
『ママに情報を送る赤い紐を付ける為だよいえっさー』
ひょっこり服から顔を出して敬礼ポーズ。
ママ――アマリリスに情報を送る為?
「情報がいるの?」
『ママは子供の状態だから、世界を識らないから、情報が必要~。因みにママから生まれたボクたちも子供~。話してる半分以上理解してなかったり~』
じゃあどうして喋れてるのか。不思議な存在である。
「その割には随分詳しいぜ」
『その場の雰囲気で言ってたり~』
「「雰囲気かい」」
二十一世紀の初め、某外国企業がAIのテストをして誇ってはいけないあれやこれを誇ってしまって強制停止させられたと言う事があった。それは成長の一つではあったが所謂『よろしくない』成長で。
もし、今アマリリスに『よろしくない』情報が送られているとしたら?
「ねぇ、アマリリスが悪い子に育っちゃう可能性は?」
『ママ友が情報は精査してるはず~』
「優秀だねママ友」
『でも敵が~あ・敵が~』
片手を突き出して、もう一方の手を開いた状態で頭の横に。顔を丸を書くみたいにぐるんと回し。
なんで歌舞伎調に言ったんだろう……。
「敵って何?」
『ケンカ相手』
「いや……敵の意味を聞いたんじゃなくて」
『うん。ボケただけ』
…………。物事は冷静に。AIの子供に怒髪天を衝く状態になってもしようがない。しようがない。
オレは一人大きく息を吸って、吐いて。深呼吸。
「で、敵って?」
『好敵手と書いて「ライバル」と読む奴~』
「…………」
オレは自分のお腹を減っこませて、勢いよく膨らませた。
『あうち!』
服とお腹に挟まれて呻く小人だった。
「敵・って・何?」
『「仮想災厄」。
「エレクトロン」が流した、ママ無力化AIプログラム~』
「エレクトロンですと?」
涙月の耳がキーワードに反応してピクピク動く。
エレクトロン――サイバーコンタクトを最初に発売した英国企業だ。それから各国企業も亜流のコンタクトを販売しているけど、市場の六割はエレクトロンが制している。因みにパペット化ソフトを発売しているのは日本の『綺羅星』である。
「アマリリスの無力化……? それってアマリリスは何かできるって言うのが前提条件にある言い方だけど、何かできるの?」
『て言うより~できない方を探した方が早いかも~』
「今はデジタルの時代ですからにゃァ」
その究極であるならば尚更か。
「皆さまアマリリスってお花ですか? コンピュータ関連ですか? 綺麗ですか? 良い蜜取れますか?」
「「あ」」
そう言えばコリスは幽化さんからの情報を知らないんだった。でも今はコリスと喧嘩してる場合でもないし、喧嘩したくなる相手でもないし、オレは「AIだよ、かなり優秀そうな」と伝えた。
と思ったら――
「オバケパペットのマスターユーザーなのだ」
と涙月がばらしてしまった。
……隠せとは言われていないから良いとは思うけど……。
「~~~! あの! いきなり世界中に現れたおっきな奴ですか⁉ パペットだったんですか⁉ マスターいたんですか⁉ アマリリスって言うんですか⁉ 良い匂いするんですか⁉」
勢いアップしたー。
「その小人さんは何なんですか⁉」
見つかっていた。うん、ほとんど隠れてなかったからねこの子。
オレはテントの端っこまで移動して二人を手招き。他の参加者には見えないように角でまとまって小人を服から出した。
『大脱出~』
「この子もパペットですか⁉」
『いいえ~。ボクらはマスターユーザーとママを赤い紐で結ぶ役~』
「え? ちょっとそれは初耳なんだけど」
『と同時に実体化のテスト~してました~』
サラッと言いやがった。
「なぜだい?」
『仮想災厄が~リアルを浸食しているからで~。仮想災厄は実体を与えられているから~ママも実体化する必要があったので~す』
小人はピンクの発光体が入ったままのアエルをツンツンとつつき、小さな両手で抱き上げた。
『味方も欲しいよね~』
「味方はするけど(多分)、アエルはあげないよ?」
『ショック~』
アエルをオレの肩に戻して、頭を抱えるポーズ。あまりショックは受けてなさそうだ。
「そうだ。小人ちゃんの名前を考えようぜ」
と、涙月。
「小人小人じゃ私たちに人間人間言ってるようなもんだしさ」
「ああ……それもそうだね」
確かに名前は欲しいところだ。ん? と言うか。
「小人さん、君、名前はないの?」
『産まれたばかりでよく知らぬ~』
「ではさ、暫定ネームを。う~ん」
サイバーコンタクトでかっこ良い名前を検索する涙月とコリス。漢字にするか横文字にするかで揉めだした。
アマリリスの子供だから花の名前とかどうだろう? と提案してみたが、
「「安直」」
あっさりと却下されてしまった。オレの名前は親と繋がってるんですが……。
『がんばれ~』
自分の事なのに応援に回る小人。君、当事者ですよ?
『ピー』
手で笛を作って鳴らす。オレはそれができないからちょっと羨ましくなった。そんな事を考えていると涙月が、
「『歌詠鳥』でどうだ!」
と案を出した。
「今、鳥みたいに鳴いたからだね?」
「その通り!」
安直ってオレの意見を却下したのに!
「うた――うたみ――歌詠鳥? ってなんですか? 歌手? 詩集? 流しのミュージシャン?」
「ウグイスの別称だよ。鳥の。可愛い声で鳴くんだ」
オレはネットからウグイスの動画をダウンロードしてコリスに観せた。コリスは「お~」と言って、口笛で真似ができるか試し始めた。
「良いんじゃない? 漢字も響きも悪くないよ」
「綺麗な鳴き声です~」
『お決まり?』
「満場一致で、お決まりで~す」
バンザーイと両手を挙げる小人改め歌詠鳥。どうやら気に入って――
『で、それってなんの名前?』
……わかってなかった。
そうだ、歌詠鳥から聞いた内容幽化さんにも教えないと。
お読みいただきありがとうございます。
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