第35話「ナノマシンが狂って襲ってきたら怖いなぁ……肉食恐竜とかさ」
いらっしゃいませ。
☆――☆
「いっくよよー君!」
「うん!」
オレと涙月は勢いよく飛び出し、後ろの参加ユーザーにもみくちゃにされ、あれよこれよと言う間に二人揃ってぶっ倒れてしまい。
「~~~たぁ! 何の風呂敷!」
「これしきね!」
がばっと起き上がった涙月にツッコみつつ、オレも体を起こす。ギャラリーの視線が痛い……。
「改めて行くぜ!」
「おう!」
気を取り直して、リスタート。
「うへ~、あんなんいるよ」
リスタートして二・三分。辺りをさまよう恐竜に目を奪われる涙月。こそこそと近寄っていき、なんとか尻尾に触れられないかと手を伸ばしている。
相手が草食とはいえ怖くないのかな?
このフィールドはウォーリアドームと同じでナノマシンが重ねられている。だから恐竜にも触れられるし、植物にも触れられる。勿論こちらに攻撃してくるエネミーには実体はないはずだ。それと同じく当然元ある建築物にビジョンを重ねているだけのものもあるわけだけど、区別しろと言われるとちょっと無理な気がする。
「ナノマシンが狂って襲ってきたら怖いなぁ……肉食恐竜とかさ」
「そこは、世界の英知を信じよう――ぜ!」
『ぜ』と一緒にジャンプして尻尾に触れる涙月。
「うし勝った!」
何に?
とその時、ビリビリと地面が――ナノマシンが――揺れた。
地震? ではない。
「涙月!」
「エネミーっすね! どんと来い!」
オレたち二人はパペットを巨大化させ、自分たちも武器を取って臨戦態勢へ。涙月の右手にランスが、左手に盾が装着され、オレは八つの人魂を背後に従える。
揺れはどんどん大きくなり、エネミーが大岩の陰から姿を見せた。
大きい、大きな体。のそっと動く巨大な足。半透明で気泡を浮かばせる体はサイダーの塊にも見え。ゲーム好きなら脚の生えたスライムを彷彿したかも知れない。
「行くよよー君!」
「うん!」
オレはアエルの背を駆け上がり、まずどの程度の攻撃ならエネミーに通用するのかを確かめようと人魂を手にとった。すると人魂は火炎の剣に変わってオレはそれを大きく振りかぶる。アエルの頭部からエネミーに向かって翔び、ひと思いに振り抜く。
剣がエネミーに触れると予想以上にするっとその体が切れた。
いや違う!
これは、水すら凌ぐほどの液体状の体。抵抗がないからあっさりと体をすり抜けて行っているのだ。となると――
「止まらない!」
オレの体は落下のエネルギーをそのままに落ちていく。
このままじゃ叩きつけられる!
その時目の前が真っ暗になった。闇。完全な闇。何が起こったんだろう?
「――ー君! よー君! 無事かい⁉」
涙月の声だ。どこか壁の向こうから聞こえているみたいに感じる。光が差してきて、オレはそっちに向かって手を伸ばした。
「…………」
「…………」
手を伸ばした先に、涙月の胸があった。
あ……女の子の胸って服の上からでも柔らかく感じるんだ……。
「よ~~~~~~~~~~~~君?」
流石の涙月の表情にも血管マークが浮き上がって見えた。感じた事のない女の子の怒り。怖い。
「ごめんなさい!」
「……ふぅ……次からは触りたいって言うんだぜ?」
言えば触って良いのだろうか?
涙月の顔は強がりとは別に紅潮していて、数滴汗が浮き上がっていた。オレもそれを見て改めて何をしてしまったのか理解し、多分耳まで朱くなっていたと思う。二人共にそんな顔を見られたくなくて何となく顔を背け合う。
そんな中で光は強くなって、そこでようやくオレはアエルの口の中にいるのだと気がついた。どうやら咄嗟に落ちるオレを受け止めてくれたらしい。
「ありがとう」
『気にせぬよう』
――と、オレを口に含んでいた『泉王』がそう言葉にする。
オレは岩の上に足を付き、同時に影が差してオレの視界を再び何かが遮った。
「――!」
見るとエネミーが巨大な手で巨大な鎌を振り上げていて。
あれ? ちょっと待った。オレは今なにか重要な事に巻き込まれたような?
違和感の正体に気づけぬまま、エネミーが振り上げる鎌を見続け、それが陽光を反射した時にハッと意識が戻った。
「涙月!」
「うへぃ⁉ どうしたいわりゃ⁉」
それどこの言葉?
涙月はまだ胸を触られた事に頬を朱く染めていたけれど、呼ばれてようやく状況に気づき持っていた西洋盾を頭上に配置させた。
盾で防げる――のかな? どちらにしてもオレは無防備だ。急いで元に戻っていた人魂を手に取って剣に形を変える。鎌が振り上げられ、降ろされた。
剛圧。圧倒的な圧力。それはもう何倍かの重力を味わっているようで手にきた振動が肩に集中し壊れるかと思った。次いで風が巻き上がって、オレと涙月は吹き飛ばされた。
おかしい! そうだ、さっき感じた違和感はこれだ!
オレたちは海に叩きつけられて幾らか海水を飲み込んでしまう。
「ぷは! よー君! 無事かい⁉」
「――はっ! 何とか!」
海水がクッションになってくれて激突のショックはあまりなかった。角度によってはコンクリートの塊に叩きつけられる感覚だっただろうが、運が良い。
オレたちはどちらからともなく手を取り合って砂浜に足を着く。綺麗な白い浜で足を下ろすとサクッと言う綺麗な音がした。そう言えばここの浜は珊瑚のかけらだと聞いた。
「――はぁ」
涙月はその砂浜に倒れこんで一先ずの無事を味わう。オレは気づいた違和感を確かめる為に辺りに目を配ったけれど、テレビ中継用のカメラがふよふよと浮いているだけだった。
中継はちゃんと配信されているのだろうか? だとしたら気づいた人がいるはずだ。きっと電話が入って、どこかにいる実況のお姉さんに話が伝わっていると考えて良いだろう。
そう――
パペットとエネミーに『実体』がある
と言う話が。
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