第330話「涙月は残れ」
いらっしゃいませ。
是非に読んでいってください。
切縁・ヴェールの言葉に応えたのかはわからない。オレの体を抱きしめる黒炎の女神――“閉ざす人”は大きく口を開けて、
アッ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――!
と叫ぶ幻聴を聴かせる程に透明な言葉を吐き出した。世界を固定しているエネルギーに干渉する為に。
集合的無意識に奔る幾何学模様の光。まるで桜の花が散るかのように集合的無意識が崩れて行く。
「最高管理!」
<高良星冠卿、失礼します>
「え?」
<貴女の意識に避難させて頂きたく>
「OK!」
次の瞬間集合的無意識が破滅的に崩れて、この場にいた全員が元の地球へと強制的に帰還させられた。
だが。
「ここも……」
折れた腕をもう一方の腕で支えながら、アマリリスは絶望を見た。
地球も既に崩れ逝く途上にあったのだ。いや、恐らく地球だけではない。この世界全てが。
「さて、私めはもう貴様たちに用はない」
「待って!」
「涙月、私めを気にかける前に宵を気遣え。
まあ、戻れるかどうかは知らないが」
言われてオレを見るも、そこにいたのは相も変わらず叫び続ける“閉ざす人”とそれに抱きしめられているオレで。
黒炎は尚も猛り続け、火の粉の代わりに黒の数式を吐き出し続けている。
「低度AI共――戴くぞ」
ジャンヌ・カーラに集まっていた低度AIたちから魂が抜けて切縁・ヴェールの手の内に集まって逝く。
「まずはこれを起点に高度AI共の魂を得る」
「――! パフパフ!」
どこにいるかわからないアンドロイドのクィーン・パフパフに向けて叫ぶ涙月。通信を試みるが何かに阻害されて繋がらないようだ。それは世界と共に理も常識も閉ざされて行っているからだろう。
集まった低度AIの魂が太陽の如く眩く輝く。その輝きが極大になると虹色の炎を纏った。高度AIの魂だ。
「次いで集合的無意識に自我を」
<もう崩れたはず>
「知っていよう、人の、生命の無意識は存在している限り流れ出てくるものだ。星冠最高管理、一度剥がれたゆえに殺されずに済んだな」
AIの魂が姿を消した。
「完了、過去と未来を望む究極の自我の誕生だ」
であるならば次は。
「プールを雛型に“産まれの灯”を以て過去と未来を創造する。星章のグランドクロスが起こっている今こそ」
<高良星冠卿! お逃げなさい!>
「もう遅い。先程用はないと言ったはずだ」
「え?」
気づいた時には“産まれの灯”は鳥籠に捕われていて。
「なっ……?」
「では見せよう、私めのアイテムを」
世界を閉ざす幾何学模様とは別の模様が世界に奔る。
「『宇宙の設計図』だ」
鳥籠の中の“産まれの灯”を囲むようにパペット・イエルが姿を見せた。
「イエル、ジョーカー――記憶の操作を。世界の記憶を操作し『現在』を生きている『双子がいる』と錯覚させる。
“産まれの灯”と宇宙の設計図で幻影を固定」
本当の世界は最早八割が閉ざされている。
そんな時に鳴る、銃声一つ。
「ムダだ」
切縁・ヴェールの側頭部に当たる銃弾。幽化さんの銃弾だ。しかしそれも虚しく弾けた。
「ちっ」
舌を打つ幽化さん。気づけば生き残った皆が切縁・ヴェールを囲んでいた。打つ手なしの状況で。
「現在の創造を完了。過去と未来の創造を――」
【門―ゲート―】が一つ現れる。
「心配するな。約束通り涙月はじきに双子世界へと移動させてやる。宵の存在を忘れた上でな。それまで友と共に閉ざされ逝くこの世界を見ていると良い。己の故郷となるこの世界を」
そう言いながら切縁・ヴェールは【門―ゲート―】を潜り、消えた。
「宵――いや、“閉ざす人”は最早止まらないか」
切縁・ヴェールをただ何もできずに見送って、まずは幽化さんが声を上げた。閉ざされ逝くこの世界を憂う様子はない。本音はどうあるかわからないが今そんな暇はないと行動するのだろう。
空に浮かんで“閉ざす人”に抱きしめられているオレの意識は実はまだあった。しかし世界が見えると言うだけで声が出ない。四肢も動かせない。オレの意識は真っ暗なところにあって必死に叫んでいるのにだ。そのサマは映画館のスクリーンに縋りついて叫んでいる風にも見えただろう。
オレがこの“閉ざす人”を止められれば……。
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………………………………………………………………………………いっそ自殺してみるか?
スクリーンから離れて自分の胸を見る。切縁・ヴェールに突かれた傷は塞がっている。“閉ざす人”がその能力で傷を閉ざしたからだ。それはつまりオレに死なれては困ると言う事の表れ。
右腕に力を篭める。ライオンの爪の灯を宿して――
コクリ
一つ喉を鳴らす。
やれ。“閉ざす人”を閉ざす為に。
右腕を心臓に向けて―――――――――――――――――――――――突いた。
――!
が、右腕は、ライオンの鋭利な爪は胸の前でぴたりと止まった。オレが止めたのではない。オレの胸と爪、その間に蛍火にも似た蒼く弱々しくも眩い光が灯っている。それが爪を止めたのだ。
これは……切縁・ヴェールを護った兄の力と同じ。オレを思う誰かの心がオレを護ってくれた。
……死ぬなと……言うのか。こんな事になっても生きろと。
腕を降ろして歯を噛みしめる。悔しさで泣きそうになったけれど涙している場合ではない。
生きる事が望まれているのなら、オレはその人たちの為に応えなければ――や、応えたい。
その為にはまず“閉ざす人”から体の主導権を奪い返さなくてはならない。けどどうしたら?
「最高管理」
を呼ぶ幽化さんの声。
<何でしょう?>
「星冠から【門―ゲート―】の開閉に長けたものを選んで双子世界とやらへの道を開かせろ」
切縁・ヴェールを追う気か?
<追撃ですか?>
「それもあるがメインは違う。この星に産まれたもの全てを向こうに移動させる」
「「「――!」」」
つまり。
<この世界は放棄すると?>
「そうだ。あの女が世界を創ると言うならそれが最も適当だろう」
「ちょい待ち幽化さん! よー君は⁉」
「“閉ざす人”が役目を終えれば力が途絶える。それを待って切り離す」
その瞬間を逃さずに。しかしそんな事が?
「できるんすか?」
「さあな。今の状態で奴の力を吸収できるか? 恐らく否。世界そのものに干渉できる力に対抗できるとまで自分の力を過大評価はしていない。
オレのコラプサーを上回る奴がこの場にいるか?」
その問いに対して首を縦に振る人は、誰もいない。
「ならばそれぞれ【門―ゲート―】を開いて世界に散れ。一人・一匹でも多くの生物をここから脱出させろ」
「「「はい!」」」
「涙月は残れ」
「へ?」
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